予言少女との至福の一時とウッキーの罠
「ユウくん」
「レナ……」
その室内は、狭くも広くもなかった。
調度品と言ったら部屋西壁面にくっ付くように天蓋ベッドが一つ。
天井にシャンデリア、東壁面に変な絵が一枚。
その絵というのが……、あれは絵なのだろうか?
電波の受信状態が悪いテレビ画面みたいに、四角い額縁の中で赤や黄、緑や青のカラーの複線が、ざああああっと動いていて。
他には特になかった。
フロア一面を占有しているにしてはつつましいほど。
外観から城の上方が円錐形に見えていたから、きっとその辺りなのだと思う。
変わったところと言えば、その天蓋ベッドの上にレナがぽつんと座っているところだった。
レナがいたこと自体は、特に変じゃない。仮にも、『神鳥麗那の部屋』と張り紙にもあったわけだから。
変だったのは、彼女の服装だ。
僕らの前からいなくなった時同様、彼女はスカートを履き例の透明ローブをかぶっていた。
が、ローブの下に服を着ていなかったのだ。ブラすらしていなかった。つまり上半身裸だった。
この状況って……。
僕は、学園でのあのおかしな予言を思い出さずにはいられなかった。
……ここであのシチュエーションまでもが実現するのか……?
レナ自身あれだけこんな予言はありえないって言っていたのに、今になって、本人が動じることなく、そんな姿となり僕の前にいた。
……いなくなったこの短時間に、彼女の身にいったい何があったのかは知らない。僕は、こんな姿を見ていていいのだろうか?
スレンダーな彼女の胸は、魔王のように決して大きくはなかった。
けど、その白くまろうやかな膨らみは、ひどく形のいい曲線を描いていて。
美のマシュマロのようなものがベールの下から透けて見え、僕は目のやり場に困っていた。
彼女はそれを隠そうともしていなかった。
隠す必要もない、自然が生み出した奇跡のような盛り上がりだった。
しかし、だからと言って、それを見られていいのは大事な人の前だけというのが、普通の女の子だと思ったし。
横目で僕を見ながら、レナが言ってきた。
「拙者、しちゃったよ」「し……ちゃった……?」
突然、何言い出すんだ予言者? 僕らの前から消えていた理由も、今のこの状態も説明せずに。
視線を伏せた彼女が続ける。
「ウッキーにね、いろいろ……されちゃったの……」
「いろいろ……?」
さらわれてから今まで数時間程度だ。
地上と地下じゃ、時間の流れが違うのかもしれないけれど、それほど長い時間は経ってないはず。口調は深刻だけど、何かリアリティが感じられない話だ。
「ユウくん、こっちに来て」「あ。うん」
別に拒否する理由もなかったので、言われるままに、レナが座る天蓋ベッドのそばまで行くと。
「座って」と言い、自分の隣脇のベッドを叩いてきた。
僕はそこに腰を下ろした。
と、レナが何も言わずに腰を上げ、こっちの膝の上に跨ってきて。
……な、何を!?
「んはあ。んふああっ」
息を荒げ、僕の首にしがみついてきたのだ。
な、なんだ!? そんな唐突すぎる行動って。
レナってこんなやつだったっけ? いや、違うよな。
自分であの予言を否定していたくらいなんだから。
雲隠れしている間に、彼女の性格を急変させる何かでもあったのだろうか?
彼女の息遣いがダイレクトに耳元で聞こえてくる。熱い息が耳に当たっているのまで分かった。彼女の 衝撃的な展開に固まり、身動き一つ取れなくなっていた僕は、「れ、レナ、どうしたんだよ?」と聞き返すのが精一杯で。
……危険だ。誘惑的すぎる。
本当に柔らかい、手の平サイズのその胸の膨らみが僕の胸に当たるのがとても温かだけど、なんだかとても切なくて。どうしたらいいんだ僕は。レナ、きみが魔王にさらわれて何をされたかは知らないけど、こんなのって良くないよ。僕らて恋人同士でもないし、何か特別な関係でもないし。
「拙者、ユウくんと仲良くしてるジュノに軽く嫉妬してたんだ。本当にユウくんのことを想い始めている拙者の気持ちになんで気付かないのかなって」
……え? そうだったのか!?
転校二日目にしてさっき知り合ったばかりの二人だ。
僕ってそんなモテテたのか!? 前にいた学校じゃ、女友達すらロクにいなかった天パーが?
いろいろと考えてしまうけど、僕にとって一番大切なのは、隣の席の喩子さんだからな。
「ウッキーに汚された拙者を癒して欲しいの。拙者はユウくんと……きみとこそ相思相愛になりたかったんだから!!」
が~~ん!! そうか、そうだったのか。
今さらそんな告白されても、僕には喩子さんしかないんだ。でも、その喩子さんが僕のことどう思ってるのか、その辺分からないし。あんなに優しいけど、単に転校生への自然な好意からかもしれないし。
「ユウくん。だから、拙者をもっと感じて」
「って、”え、何する気!?」
つ、ついに、彼女の方からやってきたのだ。
自分のベールをまくり、それを僕の頭の上からかぶせてきた。
雪崩のような急展開だった。呼吸すら止まりそうだった僕は、成されるがままベールの中にすっぽり覆われていて。
ぎゅうううう!! ベール内側に入った僕を、レナが腕で締め付けていて。
いきおい、彼女のおっぱい谷間に顔を埋める格好になっていて。
……あの妄想予言が適中してしまった。
熱いよ。それにこの柔らかく弾力がありつつも、芯があってぎゅぎゅぎゅって僕の頬を押し付けてくる感じ……。
僕の初めてのいおっぱい体験なんだが、なぜ今こんなことになってるんだ?
ほとんどレナの一方的なペースでこうなってしまったわけで、その理由はさっぱりだったけど、はっきりしていたのはその芳醇すぎるおっぱいの感覚で。
むぎゅむぎゅぎゅぅ~!!
「く、苦しいっ!! レナ、そんな締め付けないでくれっ」
「ふふ。そうなの、苦しいの? ならもっとやってあげるわ♥」
「…………!?」
ただでさえ息が詰まりそうな僕を、レナの腕がぎゅっと締め付けてきた。
「や・め・ろ~」
呻くこっちにも関わらず、その締め付けをさらに強めてきて。
魔王ほどではなかったが、異界の住人ならではだ? 彼女の膂力も、普通の女子の数段上だった。ほとんど鯖折り(相手の胴を抱いて締め付け、背骨から肋骨までをも圧迫するプロレス技)に近いほどの。
飛んだ勘違いをしていたらしい。
彼女がてっきり僕を抱擁してきたと思い、おっぱいの感触に痴れていたなんて。
「レナ、きみってなんだんだ!? 失踪前と性格もやることも違いすぎるぞ!! こんなことして何が望みなんだ!?」
と憤る僕に彼女は。
「レナって、と~っても締まる女の子なんだよぉ♪」
「な……。何わけ分かんないこと言ってるんだぁぁ!?」
手加減することなく、ぎゅうううううううう!! と両腕で絞めてきて。
「うっげええええええええ!!」
耐え切れなくなった僕がその呻き声を上げた時、部屋のドアがバターンと開き。
「女人禁制とか言って、クォラ~~~~~~~~!! 何やってやがるぅぅぅ!! このアマぁぁぁぁ!! それにこのエロガキぃぃぃぃ!!」
あのアニ声が叫んできて。
「ジュノぉぉぉ!!」と叫ぶレナに
「エロガキって!?」ベールの中で顔を上げて言う僕。
「おまえだ、エロドジョウ!! 一人で入っていったから何をやってるのかと思えば、二人でこんなことをぉぉ!! マカリー、あんなの見たら目が腐るから絶対見ちゃだめだぞっ」
「はいっ。樹乃生様!! はっきり見えてますけど!!」
いや、見なくていいから、きみ。
「だから違う~~っ!! レナのやつが勝手に迫ってきて、襲ってきやがったんだあああ!!」
「レナ? ユウくん、きみ何を言ってるんだ。きみが相手にしてるのはレナじゃないぞ!!」
レナじゃない? 魔王こそ、何言ってるんだ?
ジュノ出現によりレナが気を取られて緩んだ腕の中から、僕はついに抜け出した。
ベールの中から顔を出すと、レナと正面で目が合って。
レナ……ってきみ。あれ? 誰だこいつ?
何その大きな目と半開きの唇に下駄みたいな出っ歯って。
鼻が突き出て耳が丸でかくてその周りに髭六本とか。
きみって……、ネズミぃ!?
女の子のネズミってっことは、あのウッキーとカップルのウキキー・マウスぅ!?
「ウキキキキ~~!!:」
僕の眼前で出っ歯を剥いたネズミが、目をまん丸くさせて叫んでいて。
「だ、騙されてたのか!? こんなやつに!! レナに化けてたウキキーにぃ!!」
「やはり罠であったか。にしても、まんまとハメられるエロガキが。喩子ちゃんが一番大事とかなんとか抜かしてたくせに、この有様だ。一番可哀想なのは、こんなやつに惚れられた喩子ちゃんだ。こんな糞みたいなエロガキ、ネズミと一緒に成敗してやる」
「成敗~~!?」
とその時。今までレナの振りをし僕に跨っていたウキキーが、だっと膝から跳ね上がった。
ジャンプするや否や、魔王がいるドア方向とは反対にぴゅ~~っと部屋を突っ切って走って行って。部屋の奥まで行き、そこにある窓を開けてぴゅぅぅん!! 外に飛び出した。
「「逃げた~~っ!!」」
ネズミだから、あの高さから落ちることはおそらくないだろう。
外壁を辿って別の部屋、それこそウッキーがいるところにでも逃げていったのではあるまいか?
室内に残された僕と魔王とマカリー三人が、顔を合わせて「やれやれ」という表情を作り、部屋入り口付近でUMAと白犬が揃ってあくびしていた。
「あいつ、どこに行ったの?」
魔王がぽつんとそう言って
「さあね。それが分かるくらいならこの城を全部攻略できそうな気もするけど」
僕もぽつんと答え返した。
「「は~~~~!!」」と深く溜息を付く魔王と召使い(メイド)。
「きみのエロガキ振りは見物だったぞ。あんなネズミの胸にむしゃぶりついて」
「るせーよ。被害者は僕だったんだぞ」
「被害者? 何、いい子ぶってんだ。あんなエロガキはやられて当然だ。さしたるダメージも受けずに今生きていることにせいぜい感謝するんだな。向こうはきみを締め殺す気だったぞ」
と、もぞ、もぞもぞ。
「あのベッド、布団が動いてる。毛布の下に誰かいるんじゃ?」
と、その地味な異変に真っ先に気付いたのは、魔王だった。
魔王のその言葉につられ、僕もベッドを見ると。
もぞもぞもぞもぞもぞ。「ほんとだ。誰かいる」
三人で近寄っていって、僕が天蓋ベッド上の毛布を剥がした。
すると「むぐっ、むぐぐぅっ」そこには、全身を縄で縛られ額にびっしりと汗をかき、猿ぐつわをはめられたセーラー服の少女がいた。そしてその少女は。
「「「レナ~~~~~~!!」」」驚嘆の声を上げる三人だった。
「大丈夫か?」すかさず僕が、彼女の猿ぐつわを外してあげて。
「ぷっはあああ!!」
息を吐き出した彼女が、まくし立ててきた。
「はあはあ。あんたたちが目を離した隙に、あの触手野郎が拙者を砂の下に引っ張りこみ、地中に隠れ待ち構えていたネズミに拉致されてここに軟禁されてたのよぉぉ!!」
その釣り目をひくつかせながら、少年の少女の声で。
「地中で待ち構えてた? 魔王のくせに行動は丸きりネズミなんだな。軟禁? ってなんでそんなことを?」
天蓋ベッドの外からレナを見下ろし、そう聞く僕に彼女が。
「あんたたちをおびき寄せるためよ」
と一言言うと、合わせて魔王も言ってきた。
「ふ。すべて罠だったってことだな。エロガキがはまるように仕組まれた」
「ジュノに言わせればそうね」
予言者再登場により一段と肩身の狭くなっていく自分を感じつつ、僕は言う。
「そうだったのか。まんまと一杯食わされたんだな。今さら言い訳もしないが。で、レナがさらわれたのは罠だったにしても、喩子さんが誘拐されたのはなぜなんだ? それが、僕をこの異界に引き込むきっかけにはなったけど、魔王や予言者には直接関係ないことだろ? 彼ら、何が狙いなんだ?」
「「それもそうね」」
魔王ウッキーの動機不明な行動に、僕らの魔王と召使い(メイド)と予言者まで思案に暮れ始めたその時。
びびびびび.。どこからか耳をくすぐるような、電子音のノイズが聞こえてきて。
「あ、あの絵。あの波線カラーを見て!!」
マカリーがそう言って、みんなが室内東壁面に飾られたその絵に注目すると。
赤や黄、緑などの原色系カラー線がうわうわとその波の起伏を激しくさせていて。
何が始まるのかと思っていたら、てってけてんてん、てってけてけてけ♪ とバック・ミュージックまでかかり出して。
そのカラーウェーブの前に、下方からひょこんと何者かが現れたのだ。
あ、あれは……!?




