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拉致された予言者にアリジゴクにはまる僕ら

「だけど、見付からないのよ、あのネズミたち」

 手持ち無沙汰に右手で鞭をぷらぷらさせながら、ギャル姉が言った。

「見付からない?」

「うん。ここって、見ての通り一面の砂漠でしょ。キメラに乗って何時間移動しても同じなのよ。ずっと砂漠が続いて他になんにもなくって」

「建物や街も?」

「うん、なんにも。延々と砂漠」

 砂漠オンリーかよ。だから、僕らも行き場が見付からなかったのか。街が見えないのは近場だけじゃなくて、ずっとか。

 しかし、こんなところに本当に喩子さんがいるのだろうか? いたとしても、ウッキーたちすら見付からないのにどうやって発見したらいいんだ?

「砂漠以外に何一つないのか?」

「うーん。ぜんぜんないわけでもないけど、あるのは、巨大マダラ蟻地獄くらい?」

「なんだよそれ? 巨大マダラの蟻地獄って」

「マダラの蟻地獄じゃなくてマダラ蟻の地獄だよ!!」

 姉ちゃん、そんな叱ってくるような言い方してるけど、どっちもあまり変わらない気がするぞ。つうか、巨大アリジゴクって……あのバトル予言の……なんか、またいやな予感が物凄ーくするなあ。

「砂漠に巨大マダラの蟻でもいるのか? パンダみたいなアリジゴクが」

「その通り。マダラ蟻の地獄なら、そこら中にあるわよ。砂漠にぽっかり穴を開けて獲物が落ちて来るのを待ち構えているから」

「砂漠最大の害虫かよ」

 巨大アリジゴクのマダラねえ。

 普通のアリジゴクですら気分悪いのに、それがでかくて斑入り? できればお会いしたくないタイプだな。

「他の世界の賞金稼ぎ仲間に聞いた話なんだけど。この砂漠にもかつては街がいっぱいあって人も住んでたんだって。だけど、それらが全てウッキーに支配された触手たちに襲われ、地下に沈められたらしい。砂漠から消えてなくなり、住人は皆餌食にされたんだとか」

「恐ろしい話だ。ウッキーって何者なんだ?」

「ずばり、この世界の魔王ね」

「ずばり……?」

 姉ちゃんがそう言った瞬間、僕らの魔王ジュノがこっちを向いてぎらり睨んでいたけど、姉ちゃんはその気配に気付かなかったようで、顔色一つ変えてなかった。

「あのネズミが魔王かよ!? あいつって、デズネーのバッタもんじゃないのか?」

「違うわ。本当のウッキーは、そんなB級なやつじゃない。あのイラストを最初に描いた絵師は、おそらく異界を知る者だったの。彼が描いたのは、二次作やパロディではなく、現実に異界に存在するキャラクターたちだったの。それらが、たまたまデズネー・キャラに似てただけで。あれは、私たちへのメッセージだったのよ。異界に恐るべき魔王がいるっていう」

 そうだよな。出来は悪いけど、オリジナルを汚してるってファンから非難されてもおかしくないキャラたちだったのに、そういうこともなかったし。元々別の種類のキャラだったと考えれば、そういう事情も納得いくな。

 にしても。

「……姉ちゃん、大丈夫か?」

 デスネーが実在キャラでウッキーが魔王だって?

 やつが異界に現実に存在していて、そのせいで、この砂漠の街がすべて滅ぼされたって? その住人と一緒に。

 一度話を鵜呑みにした僕だったが、やはりこんな話を信じるのは難しい。

「ま、信じられないならそれでいいんだけど」

 そう言って姉ちゃん、自分のUMA(ユーマ)に跨るとさっと身を翻して。

「もう帰っちゃうのか!?」

「これから五限の授業があるから」

「授業の合間に異界に来てたのかよ!! 専門のどこかにも、旅人の(トリッパーズ・ストーン)があるのか?」

 と僕が聞くのとほぼ同時に、姉ちゃんの答えが戻ってくるその前に、ぴっかあああああ!! 岩から強烈な光が炸裂して。

 その中でむぐぐぐぅ。三十センチほどのミニチュアと化した姉ちゃんとキメラが、岩の中に吸い込まれていくのが見えて。

 消えちゃたよ……。

 なんだよ。姉ちゃんの話、ちゃんと聞けなかったじゃん。

 姉ちゃんがいなくなった後、派手な岩はその光を落ち着かせ、元のように宝石質の煌めきだけを残していた。

 そして、その表面に、新たにキメラに乗ったズボンの女性の姿が現れていたのだ。


「あれ!? レナがいない!!」

 と先に気付いたのは魔王だった。

「あれほんとだ、いない。レナ~、どこに行った~?」

 僕と姉ちゃんが話している間に、予言者の姿が見えなくなっていた。

 返事も返ってこない。日差しが照り付ける砂漠に、僕の声が空しく消えていく。

「自分からどっかに行ったならあたしに声をかけていっただろうに、そんな声も聞こえなかったし」

「辺りは砂漠しかないからどこに行こうが目に付くはずなのに、彼女の姿はどこにも見えない。一寸辺りを探してみようか」

「そうね」

 炎天下の下、僕と魔王とキメラが三人(三匹?)で、砂漠を歩き始めた。

 姉ちゃんもここは砂ばかりで何もないって言っていたし僕もそう思うけど、仲間が一人雲隠れしたからには何かをしないとって気になって。

 こういう時って、体を動かさずに頭だけ使ってると一番辛かったりするから。

 しかし、五分経ち、十分経ち、三十分経ち……。

「ユウく~ん。おんぶして~♥」

「きっぱりと断る。キメラに乗せてもらえ」

 案の定、歩けど歩けども周囲の景色が変わることはなく。

「こんな調子で歩き続けたところで何か見付かるかなあ?」

「見付かる気が……ぜんぜんしない」

 二人とUMA(ユーマ)が彼方まで続く茫漠たる砂漠を眺め、全員でなんだかやる瀬ない気持ちになっていた。

「「…………」」

 結局、僕と魔王で出た結論は。

「レナって、誘拐されたんじゃないかなあ?」

「誘拐? って誰に?」

 UMA(ユーマ)の背上でそう言う魔王に、歩きながら問い返す僕。

「そこはあたしにも分からないけど、レナの話じゃ、喩子(ゆず)ちゃんもウッキーにさらわれたんでしょ?」

「いや、それはどうか分からないぞ。彼女がそう言ってただけの話だから。もしかしたら、自分からウッキーに近づいたのかもしれない。ウッキーが魔王だってことを知らずに、彼女ってデスネーファンだから」

 いや、その可能性もないだろう。

 いくらファンだって異界まで追いかけてく道理がないし。行き方だって知らないだろうし。

 僕自身心の中でそう思いながらも、心とは裏腹なことを言っていて。

「なら、なんでレナの占いで彼女がウッキーになぶり者にされそうになっていたの? 誘拐犯でもなきゃあんなことはしないわ」

「な、なぶり者……」

 このKY(心が汚れている)魔王、どこまで人の気持ちをえぐるんだよ。そんなキラキラお目目のアニ声で。

「あ。喩子(ゆず)ちゃんってユウくんの愛しの人だったね。ご免、言い方が悪かった。なぶり者はひどいね。『あいにく凌辱されそうになっていた彼女』くらいに変えてあげるぅ♥」

もっとひどくなってるぞ魔王。誰かこいつの口をもう一度塞いでくれ。

「で、レナはどうなったんだよ?」

「だから、魔王ウッキーの配下の誰かに誘拐されたんじゃないかって。きみがお姉ちゃんとの話に熱中していてあたしたちが気付かない間に」

「誘拐ってなんのために? 身代金要求とかそんなんじゃないし、彼女を誘拐してウッキーが何か得するのか?」

 実際レナはどこにもいないし、誘拐されたってのは突飛ながらもそれなりの説得力があるとは思うけど。

「それもそうね。なんの得にもならないかも……あ、分かった!!」

 と言って、魔王が目を見開いて。

「何が分かった?」

「ハーレムよ、ハーレム!! ウッキーはハーレムを作ってるのよ。女の子ばかり誘拐するのは、きっとそのせいよ。うああん、あわやレナもウッキーの魔の手にぃ!?」

「って、なんで、そこでめっちゃ嬉しそうな顔してんだよ!?」

 あんな仲がいい友達なのに、魔王不謹慎だぞ。

「うふふ。レナの身が本当に心配だわ」

「笑ってる笑ってる……」

 照り付ける日差しに汗を浮かべる額に金髪をぺたり貼り付け、暑さのせいか目をとろんとさせ口は半開き。緩み切った顔をし、こんなことを魔王は口走る。

「人の幸せはあたしのもの。人の不幸はあたしの幸せ♥ だからね」

「親友まで、その言葉のターゲット!?」

 

 ほとんど徒労とも思える砂漠廻りをしているうちに、果たせるかな。

 ず、ずずずず!! 僕らはそこに足を踏み入れてしまったのだ。

「わっ、なんだ。砂が……砂が足元からこぼれ落ちていく。地滑りが起きた!?」

「くるぁあ!! くるああん!!」

 ざざざざと周囲で流砂現象が起き、キメラもその恐竜のような足を滑らせ体勢を崩したところに。

「KT、大丈夫ぅ!?」

その背上で魔王が心配していて。

 ずしゃしゃあっと、僕らの足元の砂がさらに崩れ落ち、それらがロートにでも吸い込まれるように逆円錐状に穴を形成していき。

「ここって、姉ちゃんが言ってたマダラ蟻地獄の巣!?」「うん、多分そう!!」

 予言者は見付からずにこんなものに遭遇するって、文字通り墓穴堀ったな。

「マジでっ。じゃあ、あの穴の最後にマダラ蟻が待ち構えてるってことか? そいつに捕食されかねないってこと!?」

「されかねないじゃなくてあそこぉ!!」

 滑り落ちそうになる四本足で必死にもがき、どうにか流されまいとするキメラの上で、金髪魔王が指差していた。

 砂を掻き分けて、ずしゃしゃっと穴中央から顔を出した魔物が、巨大クワガタみたいに大顎をくわわと開いている姿を。

「ど、どうすんだ!?」

 すでに穴の半分辺りまで滑り落ちている自分の体で登っていこうと、足の裏に力を込め歩を進めるも、 ずるっ、ずるるっ。不可抗力のごとく滑り、後退していくだけで。

 魔王を乗せたUMA(ユーマ)も似たような状況だった。

 四本足で懸命に砂を蹴り散らしながらも、ずるると僕と同じ辺りまで下がっていて。

「ジュノ、このままじゃ三人ともあいつに食われるぞ!!」

 その魔物、巨大アリジゴクは、元の世界にいるアリジゴクが数千倍サイズになったような生き物だった。その黄土色の体に白い斑紋が無数にあって、白黒でこそなかったけど、白と黄土色でマダラを成していて。

「食われる側になっては負けよ。常にこちらが食う側じゃないと。人の食糧(エサ)は自分の物、自分の食糧(エサ)はもちろん自分のもの♪ これが魔王流だから。あたしの食糧(エサ)(つまり僕のこと?)を横取りなんて、あのアリジゴク絶対に許せないからぁ!!」

「そんなこと言ってる場合かよっ。きみ自身も食われるかもしれないんだぞ」

 僕がそう言っても、魔王はすました顔で。

「我が片腕よ。剣を取るのだ」

 滑る砂の上で苦闘するUMA(ユーマ)の上で、そんなこと言ってきて。

「剣!?」

「ほら、あれだ。さっき学校であたしがきみにあげたやつ。きみがベルトのとこにさしてるやつ」

 あの刀身がなくなったやつのことかよ。

「あんなものがなんの役に立つ?」

「質問はいいから握るんだ!!」

「なんだか知らないけど、強要するような言い方だな。分かったよ。握る」

 滑り落ちそうになる両足の爪先に力を込め、その場に踏み留まりつつ、ベルトから剣の柄を抜く。

 刀身が消えたまま柄しかないその剣は、そうなってはいても、柄の形が先が尖った大きなネジの形をしているから見栄えがよくて。

「ジュノ、こんなんで何したらいいんだよ!? アリジゴクから身を守るのに、こんな柄だけじゃ時間稼ぎにもならないぞ!! と……うあっ、ヤベっ……」

 と言ってるその間に、ず、ずずず、ずしゃしゃ、ずしゃしゃしゃぁっ!!

「うああああああああああああ!!」

 流砂に足を取られ、僕は一気に底へと滑り落ちていって。


 

 ずしゃっ、ずしゃしゃしゃ~っ。

 ひたむきに砂を蹴る。

 こっちを巣穴に引っ張り込もうとする流砂に必死に抵抗するが、その勢いが急すぎる。

 逆行できずに、蟻地獄に落ちていく。

 そんな僕の視界に、底で待ち受けるマダラ蟻の姿がはっきり見えて。

 白目がなく黒紫色に乾いたその複眼が……巨大ながらも昆虫特有の無感情さでこっちを睨んで……ぐわ わっと限界まで開かれたその大顎が……今かとばかりに待ち構えていたのだ……。

 砂の中から、顔と体の一部、前脚だけをのぞかせ、円形にカビでも生えているかのような斑な体表面を見せながら。

「ジュノぉ!!  やっぱり、こんな剣、使い物にならないって!!」

 砂上を滑りながら絶叫する僕に、魔王は他人事然とあっさり。

「ふう。相変わらず、ユウくんは何も分かっていないな。魔剣・炎龍(エンロン)を使うには、きみの(アートマン)が必要なんだよっ」

 ずしゃっ、ずしゃしゃっ。

「な、なんだよ、あーとまんって。こんなピンチに、そんな説明なんの役にも立たないぞ……ってうがあ!! マダラ蟻がもうそこにぃっ!!」

「ユウくん、魔王心からアドバイスしてやる。もう一度剣を構えなおすんだ。きみは普通の高校生じゃない。あくまでも魔王仲間(パーティ)の一人、最強界族(かいぞく)となることを運命付けられた存在なのだから」

 けしかけるようにまた無理を言ってきて。

「何を悠長なこと言ってるんだ。僕って何者だよ!? 変身シーンが不必要に長いヒーローかよ!? 今まで だってまともにバトってないし、訓練だってしてない。結局変身前にやられるヘボ高校生じゃないか?」

 ずずぅ、ずしゃしゃしゃ。穴底に引きこまれつつ。

「ええい、うるさいっ。今こそユウくんが、ヘボ高校生から強者へと変貌すべき時なのだ。何を自分の殻に閉じこもっているのだ。じゃないと、これから異界で生きていけないぞ。芋虫だって長い時間をかけて蝶になるんだ。蝶になれなきゃずっと芋虫なんだ。だからきみだって」

「この状況、他に手段があるわけでもなし……?」

「そうだ!! その魔剣こそがきみの新たな道を切り開く永遠の霊器(エターナル・インストルメント)だと思って握るのだ。そういう思いこそが、魔剣の炎属性を発動させ、それを実現するのだ」

 永遠の霊器(エターナル・インストルメント)? 魔剣の炎属性?

 魔王の口から突如言い放たれたその用語(ターム)は、僕には漫画やゲームの定番ワードにしか思えずなんのインパクトもなかったけど、かくなる上はもうヤケクソだ?

 ……アリジゴクはもうそこだ。いざとなったら、自爆覚悟でこのネジ先でも武器にして!?

 悲壮な決意を決めた僕が、魔王が言う「思い」など込める余裕などはなかったけど、ただもう切羽詰った心情で、正面で両手に剣を構えなおしたその時に。


ぶしゅしし、しゅおおおおうっ!!


(……………………!!) な、なぜ!?

 予想だにしなかった変化が起こったのだ。

 す、すげえっ……!! 

 僕の目の前で、両手に握った魔剣の柄から赤くて青白き炎が、立ち上っていた。それがすぐにメラメラと燃え広がり、瞬きする間もなくその輪郭を硬質化させていき。

 ぎらりーん!! 炎を象ったあの黒光りする刀身となったのだ。

「ふふん。魔剣を我が物とするとは、ユウくん、見込みどおりの逸材だな。あの学園に、まだ目覚めていない最強異能者が一転校生として現れるというレナの予言は、真実だったのだ」

 砂流に呑まれまいと四本足を踏ん張るUMA(ユーマ)の背上で、悦に入ったようにそんなこと言い出す魔王に

「あの妄想占い師がそんな予言してたのか!?」

 こっちの許可も取らずに、勝手な未来予測しやがって。

 僕が軽く立腹して言えば。

「そうだ。その転校生が、彼女いない歴十六年で、そのいない歴はさらに更新されていくであろう、そんなことまで予言されておる」

 ずる、ずしゃぁぁ……。

 砂流のせいだけではなく、心情的にもコケそうになる我が身を支えつつ。

「なんだよそれ。そんな予言は当たらなくていいぞ!! てか、予言するな。僕には、喩子(ゆず)さんって大切な想いの人がいて将来的には彼女と……って、ぎゃああああ!! アリジゴクの大顎があああっ!!」

 みなまで決意表明する前に、マダラ蟻がぐわんっ、ぐわうわん!! 

 捕食準備万端とでも言いたげに、音を立て両顎を開け閉めしていて。

 その様子が、もはやすぐ眼前にまで迫っていた。やつが両顎を開いたところ、その中まで突入し、あわや、向こうがその顎を閉じようとしてきたその時、僕も覚悟を決めたのだ。

 ずっぐああああああん!!

 剣を振るまでは、躊躇や不安もないではなかった。

 が、それを振り下ろした時には、ほとんど無と言っていい状態。

 何も考えずに、体が動き始めていた。

 ごびゅびしゃあぁっ!! 

 真ん中辺りで魔剣に絶たれたギザギザしたアリの大顎が、宙を舞った。

 巣穴を超えてどすんっ。砂漠の上に、縦に鋭く突き刺さった。

 な、なんでこんな……!! 

 それを振るった僕自身が、事態を認められないほどの凄まじいほどの破壊力。

 今日初めて剣を握った僕が、やむにやまれて振り回してここまでとは……!!

 さらに、それだけでは終わらない。

 僕自身、半無意識で蟻の左顎にも一閃!! ごびゅあんっと切断された大顎が、またも巣穴から舞い上がって、どすすんっと砂漠に突き刺さって。

「…………!!」

 キメラの背に乗った魔王も、ここまでの僕の変貌は予想外だったようだ。

 目を瞠り口に手を当て言葉を失っていた。

 ぐぐわっ、ぐわぐぐっ。切断面から白い血液を流し、半分ほどになった大顎を魔物がぎこちなく動かしていて。

 そのまま半覚醒状態で僕は魔剣を振り上げて。

 砂の足場を踏みしめ、ずっぐおおおおん!! 

 マダラ蟻の頭上から地に食いこんでいくほどに剣を振り下ろしていた。

「ぎねぎゅあぼぼおん!!」

 断末魔を上げる魔物を、びゅががあんと一斬。

 その直後になんと!! ぼふあっと砂塵を上げ、魔物の巨体が宙に浮かび上がった。

 茹で上がった伊勢海老にも似た、内向きに反り左右二つに切断されたマダラ蟻の体が中空に。 

「げっ、なんだこれ!?」

 僕の肩に、鳩のフンに似た白い粘液が落ちてきた。

 解体されたアリジゴクが、僕の頭上から、白い血をぽたっ、ぽたたっと砂の上に降らしていたのだ。

 炎の剣は、その役割を終えるなり、刀身がゆらゆらとその形を崩しまた温度のない火となり縮んでいき、果ては……消えた。

 再び柄だけに戻ったそれを、ベルトとズボンの間に挟んでいると、そこに、キメラに乗った魔王が砂を滑りながら下りてきて。

「ジュノ、勝負付いたぞ。なぜか僕、恐ろしく強かったぞ」

 こっちに来る彼女に向かって、僕は言った。

 ……なんでだよ。また妄想予言的中してるし。

「ずっと見てたぞ。まあ、これまであたしが見込んでいたように、ユウくんはただ者じゃないのだ。きみには元々その潜在性(ポテンシャル)があったのに、あっちの世界(現実の世界のこと?)ではそれを眠らせていたのだ。異界に来ればこの通りだ。見事だぞ、魔王仲間。でも、その武力は異界だけで発揮できる異能だからな。現実に戻ったらただのヘボ高校生のまま。そこんとこ注意しろよ」

 ……そ、そうだったのか。異界限定異能って、褒められてもぜんぜんうれしくないぞそれ。

「あたしは食糧(エサ)をいただきたいっ。あとゴールドな」

「エサって。あんなでかい白虎食べたばっかなのに、きみ、もうハングリーなのか……?」

 と青ざめる僕に気遣う様子もなく、魔王が猫みたいな目を煌めかせて「ごくり……」唾を飲み込み。

「んあ~~~~ん♥」

 上を向き大口を開け、妖怪のごとくににゅおおと腕を伸ばしてきて。

 二つに分かれたマダラ蟻のなれの果てを、ぐっと口元に引き寄せると。

 うごっ、うごうごうごうご。

 白虎ほどではないが、魔王の口よりも数十倍サイズのマダラ蟻を、ゼリーのように軟体化させ、飲み込んでいった。炎天下の下、魔物が魔王の異次元胃袋に吸い込まれていく。立ちくらみがするほど幻惑的(ファンタジック)な光景が……。

 アリジゴクの頭部から胴部は魔王がスムーズに平らげ、残された六本の足まで飲み込んでしまうと。

「まっず~~~~ぅっ」 

 目をしかめ、顔をしわくちゃにした魔王が、アニ声でそう言い放ったのだ。

 ……まずかったなら全部食うなよ魔王。

「あ。これはなんだ?」

 マダラ蟻が消え流砂状態も止めた穏やかな砂上に布袋が一つ転がっていた。

 僕はそれを拾う。やや重量がある。ジャラジャラと音がする。

 袋を開け中を覗こうとすると、中からぱっと金色の光が溢れてきた。

「ゴールドだな。あたしに寄こせっ」「魔王、独り占めする気か?」「後で山分けにするから安心しろっ。今のところ、きみには必要ないだろ。あたしが預かってやる」「そ、それもそうだな」

 体よく丸め込まれた気もするが、金貨がいくらか入った革袋を僕は魔王に投げた。

「さんきゅ♥」

 と、魔王がそれを受け取ったはいいものの。


 しゅりゅりゅりゅりゅりゅう!!


「んんん? なんだ」

 そのかすかな変化に魔王が反応したのだ。

 静かながらも音を立て、辺りの空気にさざ波を立てる程度の変化に。

「動いてる?」「ねっ」

 僕らの足元で、砂がまた動き出していた。ゆっくりと渦を描くように、砂時計のように。

 砂粒が回転しながら砂底に落ち始めていた。

「マダラ蟻消えたのに……?」

 さっきに比べ、はるかに静謐な動き。

 足元を見れば、こちらを動かすほどの勢いはなく、靴の回りをするすると砂が移動していくような状態で。

「まだ何かいるのか?」

「んー。それはないんじゃないかなあ? 近くに生命の気配が感じられいから。でもね」

 UMA(ユーマ)の上で、魔王にしてはらしからぬ不安な顔を作って続けた。

「でも?」「ほら、この状態……何か怪しくない?」「”え?」

 ぶしゅりゅりゅぅ……、砂流がまた勢いを増していたのだ。

 僕らが話しているごく数秒のうちに、天候でも悪化したかのように、その速度が速まり砂塵を吹き上げ始めていて。

「わおっ。足が持ってかれる……!?」

 その瞬刻の状況変化に対応できず、砂に足を取られよろけながら口走る僕に

「この砂流……う、うああっ、こっちも……!! 何かすごい……悪意的なものを感じるほどの……!!」

UMA(ユーマ)もよたり始めて、揺らぐ背上でその首にしがみつきながら叫ぶ魔王に

「悪意的なものって!?」

 と、こっちが聞けば。

「うんと……レナがいなくなったのとこの砂流、何かがつながってる気がしない? ほら、魔王の陰謀のようなのが」

「ウッキーが何かを企んでるってこと?」

 ずしゃしゃしゃ。前のめりに倒れつつ、僕がさらにそう聞けば

「あたしたちをおびき寄せようとしてるんじゃないかなって」

 眉根を寄せてそう言う魔王。

「あいつって、ハーレム作りが目的じゃなかったのか?」

「それもありそうだけど、それだけじゃなくて。あたしも魔王だから感じるの。他の魔王が、どんな悪意を持っているのか、その臭いをぷんぷんと。魔王って、誰しも罠だらけ(クリエイティブ)だから、その危険を」 

 と話しているうちにも、ずしゃりゅりゅりゅりゅぅ!!

 乱気流のごとく砂流が激しくなっていて。

「ダメだ~~っ!! 足が持ってかれる!!」

「こ、こっちもだよ……!! ちょ、キメラぁっ、もう少しガンバって~~!!」

 二人喚きながら流砂に引っ張られていくうちに、ぶふおっと激しい風が吹いてきて、砂塵が舞い上がり。

「弱り目にたたり目!?」「砂が目に入るぅ!?」

 凄まじい砂塵だった。

 さっきまでの足元を辺りを触る程度ではない。嵐みたいに砂穴一帯に吹雪くやつだ。

 その砂嵐の中で視界が茫々として、完全に砂流に捕まった僕らは。

「「ああああああああああああああああああああ!!」」

 何が起こってるんだ? うん、何かが起こってる。

 事態が進行していることははっきり意識していたが、目が見えず状況を把握できない。そばにいる互いのことすら把握できない有様で。なんとなく、砂流に翻弄されぐるぐると穴底に落ちていくような感じはしていて。

「ユウくううううん!!」「ジュノおおおおお!!」

 叫びあい互いの存在を確認しあう二人だったが。

 ずささささささ――っ!

 今までの回転とはレベルが違う。

 完全に下へと向かう、それも奈落の底まで落ちていくようなこの底なしな感覚。

 僕と魔王とキメラ、三者が、ずさささーっと落ちていく砂と一緒に、穴底のさらに深いその奥、黒い、闇だけが広がる空間の中を落下していたのだ。


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