ギャル姉が界族賞金稼ぎ
「なんだ、あの手は!? うわ。どんどん延びてこっちに来るぞ」
「拙者は知ってるぞ。あれって一部異界の砂漠に生息する希少種、魔・植物の一種、器用な指先なんだぞ。うちの故郷のユーフォルビア界にもいるぞ」
少年な少女の声で変にマニアックな解説してきて。
「魔・植物ぅ? 器用な指先ぅ? あいつって植物なのか?」
「ああやって身の丈二、三メートルもありそうなやつだって地上に見えているのは手だけで、胴や顔はない。本体は地中奥深くに眠る塊根であって」
魔王まで信じがたきグロ生態報告してきて。
「なんだよ、その怪物」
「普通の植物の根から腕が生えている、そんなイメージだ。腕が幹や枝で、手が葉っぱだと思えばいい」
「思えばいいって、そんなの思いたくないわっ」
「植物と言っても、魔・植物。魔物の一種なんだぞ♥」
「そうなのか魔王。あいつらの正体は分かったけど、僕ら、こんな風に呑気に話してる場合なのか!? 話している間にも触手たちがわらわら近づいてきて、僕らがいるUMAの周りにうわわわわ……!!」
「「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
空気を破るような少女たちの絶叫が、周囲に響き渡って。
……二人とも今頃気付いたのかよ。
指をくねらせ何かを求めるような動きを見せる手、手、手、手、手の大群だ!!
それら触手の一本が、うにゅむ、にゅにゅむむと上に伸びてきて。
「うおっ。何をする!?」
白い手が僕の方まで来て、やにわに胸倉を掴んできた。
抗おうとするこっちに構わず、ぐいいっと持ち上げてまできた。
……なんて力だ。細くて蝋人形みたいな腕からは想像も付かないこの筋力。
「やめろぉっ。離せぇっ!!」
触手に宙吊りにされ、両足を交互にバタつかせながら喚く僕。
けど、感情などといったものはまず持ち合わせていないであろう手が、言うことを聞いてくれるはずもなくて。
ぶうんっ。
「ぐぼあええ!!」
器用な指先が僕を投げ飛ばしたのだ。
ぼむぼむぼむぼむっ。
無数の手が群がる上に放り飛ばされたから、好都合にも彼らがクッションとなり怪我せずに済んだが、その上を弾んでいくのは決していい気分ではないどころかひどく気色悪い弾力で。
さらに、砂漠から伸び出た他の二本の手が、まだキメラの背に乗っていた二人の少女へも触手を伸ばしていて。
むわっ、むわわっと彼女たちの胸倉を掴み抱え上げると。
「何するの、いやらしい手ぇ!!」
「あたしを三千世界の魔王と知っての狼藉かぁぁ!!」
口々に喚く彼女たちにも構わず、ぽーんぽーんと投げ飛ばしてはぼむぼむぼむぼむっ。
触手絨毯の上を弾ませていって。
「ぶわっ。やめぃっ。そこを触るんじゃない!!」
「いやああん!! 変態ぃぃ!!」
挙句、絨毯の上に投げ出された僕らを、触手たちがその手でくすぐってきて。
こちょこちょこちょこちょ~。
砂漠上、UMA周辺で無数の触手たちが蠢き出したのだ。
その姿は、もはやそれ自体が千の手を持つ一匹の魔物のようでもあった。
「痴漢植物ぅぅ!! 変なとこ触ってこないでよぉぉ!!」と叫ぶ予言者に
「ちょ、マジやめてぇっ。そ、そんなレナにすら触られたことがないところに手ぇ伸ばすとかひどすぎるぅぅ!!」と泣きそうなアニ声魔王に
「やめれぇっ!! 服の中まで手ぇ入れてくるとか、男相手にそんなことして楽しいのかおまえらぁっ」と僕まで絶叫し出す散々な状況で。
「この変態触手たちっていったい何をやりたいんだぁぁ?」
やつらの攻撃に耐えつつ僕が叫べば
「食糧よっ。あたしたちを食糧にするつもりなのよ。……ひ、やめてぇっ!!」
魔王も悶えながらそう答えてきて。
「エサかよ!?」
触手も肉食魔王と一緒かよ?
「ほら、砂漠って土壌悪いし、降雨量も少ないじゃん? たまには動物性蛋白質と体液でも吸って水分補給&栄養付けなきゃっていう……きゃうぁぁぁっ、そんなとこに指入れてこないでよぉ!!」
ど、どこに入れられてんだ魔王。のことだから、心配する必要もないとは思うが。
「僕ら動物かよ!? 肉と液を吸収するって、口もないのに、やつらどうやって食うんだ?」
「地下に引きずりこむのよ。コチョコチョして弱ったあたしたちを砂の中に!!」
「コチョコチョで弱るって、この程度じゃ食われるまでダメージ受けないだろ。……あぐあぁっ。脇腹ぞわぞわとかやめれぇっ」
「でもユウくん、こんなのが半日も続いたらどうなると思う? ひあああん!! 後ろからとか卑猥すぎるぅっ」
と予言者が割り込んできて。
「半日――!? そんなの失神するだろっ」
「その弱り切ったところをずるずる地中に引っ張られて、そこで数週間経ち腐乱死体になったところをやつらの根が血や体液や養分を吸ってくるって展開よっ」
と魔王がしめて。
「最悪な終わり方だな、それ。ってうわわっ、今度は何すんだ!?」
「「きゃああああ!! これって……意外と楽しいかも~~!!」」
器用な指先たちが、くすぐるだけでなく僕ら三人をワッショイワッショイ!! ぽんぽんと宙に跳ね飛ばし始めた。
「うわあああああ」
「「きゃああ、超最高~!! バンジーより大迫力ぅ!!」」
僕の方はこんなんの勘弁って感じだったけど、魔王と予言者は歓声まで上げていて。
……このまま行けば、僕ら三人、身悶え一つできなくなるまでくすぐられてワッショイされて、頭空っぽになって浮かれているうちに異界の地中で触手のエサになる!?
不意に僕の頭をそんな不安がよぎって。
……そんなのご免だよ。
僕はまだ十代で普通の高校生なんだ。
現世でやっていない、やっておきたいことがいっぱいあるんだ。
まだ喩子さんと少ししか話してないし、喩子さんとメール交換もしていない。デートだってしてないし、手もつないでないし。
そう言えば。
この異界に来たのって、喩子さんを助けるためだったんじゃなかったっけ?
そうだ。一刻も早くこの状況を抜け出し、彼女を救いに行かないといけないんだ。
何をやってるんだ、僕らは。
こんなとこでポンポンされてる場合じゃない。
「高い高い~っ!! もっと高くぅぅ!!」
「きゃあああああああ!!」
……ここに遊びに来たのかよ、他二名は(魔王と予言者)。
僕ら三人がぽおんと浮かんで落ちてきたところにずううん。
触手たちが地に付くように腕を曲げると。
落下してきた僕らを抱えて、その反動でびいいいんと伸ばして。
ぼ~~~~~~~~ん!
「「「…………」」」
触手絨毯から飛び上がった三人は、今までよりも一際高く、数十メートル上空まで飛び上がったのだ。その高さのあまり絶叫するどころか、瞬きもせず声も発せずに、白目が拡大し瞳孔が小さくなって絶句しているうちに。
七、八秒近くまで及ぶその跳躍後、ぴゅううううううう。ぼむぼむぼむっ。
ああ。触手絨毯の上に落ちてきて一安心(?)。
あの高さから落ちてきても、なんのかすり傷もダメージもなかったから。
なんて、しょうもないことを思ったのも束の間、わらわらわらわらわらわらわら。
触手勢がその身を伸ばし寄ってたかって、僕らの体に絡んできたのだ。
「うげ。なんだ、この手ぇぇ!! 口まで入ってきやがった!! おげげっ」
ついに口を封じられ発声不能になってしまう僕。
「いやん、ダメぇっ!! そんなあっ!! 誰か助けえてぇぇ!! むぐぐぐぐぅ……!!」
「彼らもうあたし達をもう地中に引っ張りこもうしてるみたいだよ!! こんな一斉に襲ってくるってぇ……むぎゅぎゅぅ」
セーラー服の中までうねうねと触手を突っ込まれ、僕同様に口も塞がれた魔王と予言者。
三人とも全身びっしりと触手に覆われ、逃げることも助けを呼ぶこともかなわず。ひたすらその場で悶えていたのだ。
半日もコチョコチョせずに、勝機と見て向こうが総攻撃に出てきたらしく。
……異界に来た途端、これかよ。
魔王もろとも食人触手の餌食になって終わり!?
僕はまだ死にたくないんだ!!
魔王仲間の一員としてやりたいことがいっぱいあるんだ!!
いや違うっ。そんなことは一つもないが、喩子さんを救わなくちゃいけないんだ!!
漫画やゲームでよくあるサービスシーン的な触手(男の僕まで襲われているのはちょっと珍しいけど)だったが、当事者はこんな深刻な気分に陥っていて。
マジで逃げられない……攻略法もない……。
僕が半ば観念したその時。
ぴしゅう!! びしゅるるるるぅ!!
何処からか空気を切り裂くような音がしたのだ。
びしぃっ!! びしいっ!! びしゅしぃっ!!
そして、触手たちに何かが痛烈に当たる音がして。
ぎにゃああああ!! 途端に、やつらが震え出すような不穏な気配までしてきて。
……な、何が始まった?
目まぐるしく千変万化な状況にうろたえた僕が、触手隙間から外部状況を垣間見たちょうどその時。
びしししししししししぃっ!! と目の前で何かが炸裂した。
そして、その激しく打たれた触手が、ふらふらっと僕の顔からはずれ、萎れるように倒れ縮んでいき、うむぐうと元いた地中に戻っていって。
「ね、姉ちゃん!!」
そうである。触手から解放された僕の視界に入ったものは。
白地に赤や黄、紫の花柄がプリントされたロンT&Gパン。
茶髪ロングに服の上からもはっきりと分かる豊かな胸の膨らみ。
垂れ気味な目に青いアイシャドー、緋色のアヒル唇。
ギャル姉だ!! うちの姉ちゃんがなぜか異界に現れた!?
鳥の頭をして鹿の銅をしたキメラに跨りながら、右手で黒い皮鞭をひゅんひゅんと回していて。
……な、なんで姉ちゃんがここにいるんだ? どっから現れたんだ?
ギャル姉がUMAからすたんと飛び降りてきて。
「あんたたちを助けてあげるわっ」
なんか、姉ちゃんかっこいいぞ!!
なんで姉ちゃんが正義の味方になってんだ? ここで何してんだ?
その辺謎すぎる。けど、この状況から彼女が僕らを救ってくれたのは事実で、今それ以上を考えても意味はない。現況を打開することが第一だ。
姉ちゃんが頭を振り茶髪ロングを揺らすと、ひゅんひゅんひゅひゅん。
頭上で鞭を回転させ一呼吸置いてから一閃!!
びししししぃっ。触手たちをなぎ払うように振り回して。
さらにびしゅるん!! それが勢い余って僕のところまできて。びししぃっ。右上腕に鞭が当たってYシャツが破け、その襲撃され赤く腫れたところをさすりながら「ってえ……!!」とこっちが舌打ちすれば。
「ご免ユウぅぅっ!!」と向こうからあやまってきて。
「やっぱ姉ちゃんだっ」「あんたもユウだよねっ」
そうやって、二人で互いの存在を確認し合って。
「そうだよ。姉ちゃん、ご免じゃなくて、こんなとこで何してんだよ!? なんで、んなもん振り回してんだよっ。ターゲットはずすなよ!!」
「うん、ユウ。触手始末してからいろいろ話すよ。次こそ、ちゃんと狙うから、ちょっと待ってて!!」
ひゅんひゅひゅうんと、姉ちゃんがまたも頭上で鞭を回してから、びっしいいいい!! 慌てふためく触手たちを直撃して。
うぐにゃあと、やつらがぐにゃり出したところに、追い打ちをかけるようにびっししいいい!!
反対方向に鞭が振り回されてびゅううん!!
今度はなぜか真正面からこっちに襲いかかってきて(”え!?)。
咄嗟に頭を下げた僕は、頭上を鞭が飛び去っていくのを確認してから「姉ちゃんどこ狙ってんだよ!?」
「ご免。またはずれちゃったぁ」と反省の色などなく姉ちゃん口だけでそう言ってから、間髪入れずにびゅううん!! 次々と触手にクリーンヒットしたものの、最後の一閃がまたも("えええ!?)。
「ヤベえっ!!」
すでに多くの触手が地中へと退避していたため、触手絨毯から砂漠上に降り立っていた僕は、その場で体を斜めにし鞭をかわしていて。
「姉ちゃん、マジ危険だぞっ」
「ごめ~~ん、ユウ!! 今度コロ・コーラのペットボトル奢るからあ!!」
なんだそれ。コロ一本と鞭で打たれるの釣り合うのかよ?
……やっぱダメだ、このギャル姉。
あいつって、イカは川に住んでてタコは海に住んでるって本気で信じてるバカギャルだからな。現実の 世界にいる時はろくに使ったこともないであろう鞭を異世界で当てる方が土台無理な話で。
が、姉ちゃんのことはいいとして、あの妄想予言が寸分の違いもなく実現してるんだが……。
信じたくないが、現状がこうだと認めざるを得ないよな。
あの予言がこんなことだなんて想像もしてなかったけど。
その後、姉ちゃんがびしぃっ、びしびしいっ。魔王や予言者周辺の触手もなぎ払っていき。
「お姉ちゃん、ありがと~!!」
「ありがと~っ。ユウくんよりずっと女前だしカッコいい!!」
予言者、その一言は余計すぎだ。
「姉ちゃん、今日は学校に行ってるんじゃなかったのかよ?」
触手から完全解放されてそう聞く僕に、姉ちゃんはあっけらかんと言った。
「ユウには言ってなかったわね。あたしって界族なのよ」「へ?」
前振りもなく界族とか……そんなこと言われてもめちゃ困るんだけど姉ちゃん。
「しかも異界での賞金稼ぎを生業とする」
などと、さらに困惑ものの台詞を続けてきて。
「はああ? 異界での賞金稼ぎぃ? 姉ちゃんがなんでそんなのやってんだ。つうか、姉ちゃんいつから異界に出入りしてるんだ?」
と聞けば、帰ってきた答えは実にギャル姉らしいというかカジュアルなもので。
「割と新顔、三か月前からだよ。一緒の専門の彼氏が異界人でぇ。三か月前から付き合ってるんだけど、彼も賞金稼ぎでぇ」
なんだよ、その彼氏。人間なのかよ、そいつ。異界人の彼氏って。
カエルみたいなのとか三葉虫みたいなやつじゃないだろうな?
プライベートなことだから、そこは深く詮索しないけど。
「そんな成り行きで界族になるやつも珍しい気がするけど。僕もあそこにいる魔王少女に誘われて今日初めて来ただけだけしな。でも姉ちゃん、賞金稼ぎって、ここで稼いでも僕らの世界では使えないだろ?」
「うん使えないよ。けどね……」「けど?」
異界で賞金稼ぎなんて非生産的だよ。
ゲームの世界でどんだけ経験値上げてゴールド稼いでも現実とあまり関係ないのと一緒で。
「こういう物だったらどうかしら?」
と言って、姉ちゃんがこれ見よがしに右手で持ち上げてきたのは、胸元のゴールドネックレスだった。
「それ、異界で買ったのか?」「ううん、お尋ね者倒した時の褒章品♪」「へええ」「換金もできるしね」
そういうこと。その方法なら、物質同士をお金に換えられるのを利用すれば、僕らの世界で稼ぐより儲かるかもな。現実にリッチになれるわけなら。
「姉ちゃんって、バイトもしてないのにいつも金持ってるから不思議だったよ。で、賞金稼ぎのギャル姉は、ここで誰を探してるんだ? この砂漠にどんなお尋ね者がいるんだ?」
と聞けば、「こいつぅ」と言って、姉ちゃんがGパンポケットから丸まった一枚のポスターを広げ、僕に見せてくれて。
「これって……」
そのポスター、おそらく姉ちゃんがいつも部屋に貼っていたやつだ。
やつらが描かれてるポスターだった。
やつらというのは――目と耳と出っ歯が不細工に大きく、棘付き大木槌を持つ二匹のネズミ。
「ウッキー・マウス&ウキキー・マウスじゃん!? 姉ちゃんが大ファンの」
「別にファンじゃないわよ。今、あたしが狙ってるのはこの二匹なの」
「へえ、そうなのか? だから、姉ちゃん部屋にこいつらのポスター貼ってたのか!! ファンじゃなくてWANTEDってことで」
「ぴんぽ~ん♪」
と言って姉ちゃんは、垂れ目を光らせながら茶髪をふぁさりかき上げた。




