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やっと異界に来た

 ぴっからあああああ。

 光が一層強まっていく。

「「「うああああ……!!」」」

 経験したことはないが、ロケットが大気圏に突入する瞬間や光の速さを超えて移動する瞬間など、通常生活でありえないことが起きた時に、人はそうなるのかもしれない。

 僕ら三人は固まっていた。

 猛烈な光の中、あんぐりと口を開け、衝撃を受けた顔そのままで。

 動画の再生中に一時停止でもされたかのように、目を開けたまま眠っているような状態で。

 その時の記憶が定かじゃなくて、眠ってるの同然だったけど。


 ――僕らが固まっているその間。

 現れた時と逆の展開を辿るように、今回もいかなる仕組みでそうなるかは不明だったが、三人を乗せたUMA(ユーマ)がその場で収縮していった。

 にゅむむと全体で高さ三十センチサイズくらいになっていき、ミニチュア化した三人とUMA(ユーマ)が、ふわり宙に浮き上がった。

 コンクリから一メートルくらい上で数回転して、すううう。

 吸い込まれていくように、光を発する源へと、岩の中へと飛び込んでいった。

 そして、そのミニチュアが岩に衝突もせずに。

 ぬぷぬぷとその内部へ、硬質な岩が生クリームか何か柔らかいものであるかのように侵入していき、UMA(ユーマ)と三人が高台から消えたのだ。

 その後、光は次第に弱まっていき、元のごとくただの煌びやかな貴石に戻ってしまい。

 もわわーん。大岩の上に、新たな絵が一つ出現していた。

 鳥の頭をし鹿の胴と羽を持つキメラに、三人の男女が乗っている古代壁画のような絵が。


「ここって?」

 暗い、何もかもが闇に包まれたような空間だった。

 そこで意識が戻った僕は、UMA(ユーマ)の背上で後ろの魔王に聞いていた。

 僕と同じように一瞬失った意識を取り戻した魔王が、こう答えてくる。

「我々は今、三千世界の狭間にいるのだ。世界と世界をつなぐその境界に。狭間には何物も存在しない。 ただ闇だけが広がっている。世界が有であり(しき)であるとしたら、境界は無であり無色(むしき)。何も生み出さないし滅することもない。そういう場所なのだ」

 あの大岩の前でブレイク・ダウンした僕らが、気付いたら元いた高台とまったく違うところにいた。

 天も地もない。上下左右をどこまでも暗き闇が支配する空間を、ふぁさふぁさと羽ばたくUMA(ユーマ)に乗って飛んでいて。

「本当に何もない。闇だけだけだ。けど、誰もいないかと言えばそうではなく、むしろいっぱいいるんだが」

 彼女が言うとおり、空間それ自体は無だった。

 けど、その無の中に浮かぶ存在が数多くいたのだ。僕らみたいにUMA(ユーマ)に乗って飛ぶ連中が、あちらこちらに。


「ぶしゅっ、ぶしゅるるっ」

 と奇声を発しながら、前方からキメラに乗った異様なものが僕らを横ぎっていく。

「今のナメクジキモすぎぃぃ!!」

 魔王が言った。

 グロテスクな生物だった。一糸まとわぬ巨大ナメクジの姿をして、カタツムリのようにくねった二本の 角を持ち、全身がぬめりてかっている。そんなのがUMA(ユーマ)に乗って、飛んでいたのだ。

 白虎相手にあれだけの猛者振りを見せた魔王も、これ系はかなりの苦手なようで。

 僕の腹にぎゅっとしがみつき、こっちの背中にその胸をさらに密着させてきて。

「くっ、苦しいっ。魔王、腕にあまり力をいれないでくれっ」

 怪力魔王が力を込めると、本人はちょっとのつもりでもこっちは大ダメージだ。

 軽く生命の危機すら感じる。

「ユウくん、死ぬ時は一緒だからねっ(ぎゅぎゅぎゅっ)」

「なんだよその覚悟? ナメクジ見たくらいで死なないから安心しろ」

「ユウくんって頼もしいぃぃ(ぎゅぅぅぅっ)!!」

「げぼっ。げぼぼっ」

 キャラ百八十度変わってんじゃない魔王!!

 つうか、腹痛いから頼むから腕に力入れるのはやめてくれ。

 

 そして次に、ナメクジに続きひらひらひらひらぁと。

「何あれ、蝶? 蛾? 全身が光ってるよ♪」

 そう言ったのは予言者だった。

 蝶のような羽――透明でありながら紫の筋が入ったそれ――を持ち、それを羽ばたかせ、光を放ちながら飛ぶ生物だ。

「蝶の(バタフライ・ガール)?」

 自らが飛空能力を持つその少女は、キメラに乗らずに飛んでいた。

 背中から羽が生えているが、その体は人間の女性のようだ。人間なら、十代か二十代に見えるほどの少女なのだが、頭には絹のような白髪がなびいていて。

 何も着てないから裸だった。

 胸からお尻まで、その雪肌を惜し気もなく晒していた。

 その羽から、黄色い蛍光色の鱗粉を撒き散らしていた。

 彼女が飛んだ後に砂粒のごとき光子が舞い、そのせいで全身が光っているように見えていた。

「ここって、いろんな異界人が行き交うところなんだな」

「ああ。みんな世界と世界の間を横断する旅人、界族(かいぞく)だな」

「ジュノ。僕らはどこに向かってるんだ?」

 UMA(ユーマ)背上の先頭で、こっちが素朴な疑問を呟くなり

経絡(チャンネル)三十九だよっ」

 すかさずそう返してくれる魔王だったが、僕が知りたいことはそんなことじゃなくて。

「それは分かってる。だから、どうやって行くんだよ、こんな暗黒領域からその三十九とやらに。それが知りたい」

「んなこと、きみの周りを見れば分かるでしょ!?」

 語気を荒め呆れ気味に返してくるから、こっちも周囲を見回してみれば。


 ぽこっ。ぬぷぷぷう。ぽこっ。ぬぷぷうっ。


 闇の向こう側――といっても、そこに何かがあるわけではなかったが――その何もないところから、水面から顔でも出すように現れたキメラに乗った何者かが、ふぁさふぁさと闇の中を飛び、ある程度行くと ぬぷぷぷぅ。今度は闇の外へと――やはり何もないところへ――体を埋めていき、向こう側へと消えていく。

 そんな奇妙な光景が展開していたのだ。

 闇の中の至るところで、(トリップ)が繰り広げられていた。

「ここって窓も扉もないけど、あらゆるところが入口で出口なんだよ♪」

 少年な少女の声も後ろでそう言っていて。

「なるほど。ってことは、僕らも今からどこからかここを抜け出し、三十九に辿り着くってこと?」

「そういうこと。ほらっ!」

 と予言者が言った時には、UMA(ユーマ)がすでにその首を半分ほど闇の中に突っ込んでいて。

この狭間から抜け出そうとしていたのだ。

「あそこから向こうが三十九だ。みんなしっかりつかまってろよ」

 魔王がそう言えば、むぎゅぎゅぎゅう。

キメラ背上で三人が密着し合い、押しくら饅頭どころか団子状態になっていて。

「だから苦しいって魔王!!」

「四の五の言うな、ユウくん!! きみはあたしの片腕なんだから、この際、片腕らしく自己犠牲精神を発揮してだな……」

 一緒に死んでくれるって話はどうなったんだ魔王!?

「あとレナ。今は緊急事態だから許すが、向こうに着いたらその手を放すようにっ」

 って、またやってるのか。

 と、三人が騒いでいるうちに、UMA(ユーマ)はもう、首を丸ごと外へ出していて。 

 その刹那、びっかあああああ!! 

 またしても光のシャワーが炸裂したのだ。

 この闇の世界を抜けて明るいところに出るんだな、と予測はできたが、「「「「わああああああああああああ!!」」」その眩さにみんなで歓声を上げていて。

 そういう仕組みであるかのように、僕はさっきみたいにその光の中でぷつっと意識が途絶えてしまい。


「どこだここ?」「異界三十九だ」

 キメラの背上で魔王はそう言ったのだが、僕は今一つ実感が湧かなかった。

 というのも、今僕らがいるところは……。

 砂漠だった。見晴るかす限りの砂だった。

 建築物は見えない。洞窟や丘もない。

 ぼうぼうと砂埃を立てる砂漠だけが、延々と続いている。

 そんな殺風景なところだった。

 あ。そばに大岩がぽつんとある。

 あの赤や黄、緑色に輝く貴石、旅人の(トリッパーズ・ストーン)だ。

 闇一色の三千世界の狭間を抜け、この岩を経由してここに来たのだ。

 おそらく岩表面に二次元絵画として張り付いていた僕らが、そこから遊離して三次元になって?

 学園の高台から来た時同様、狭間から出てくる時も意識が朧になってしまったから、何があったか正確に記憶していないのだ。

 憶測でそう言ってるだけで、実際どうなっていたのか分からない。

 が、結果として確かに僕らはそこにいた。

 そこ――異界経絡(チャンネル)三十九である砂漠に。

 UMA(ユーマ)の背上で目を細めてみても、大パノラマに広がる砂漠が変わるはずもなかった。

「ほんとに異界に来ちゃったんだ。けど、こんな不毛なところで僕ら何をしたらいい?」

 頭上から、日差しがかんかんに照りつけていた。

 水もない。食料もない。

 このままここにいたら、飢えと渇きでみんなが干からびる危険性すらある。

 けど、何か方策があるわけでもなく、これから目指すべきあてがあるわけでもなく。

 あ。あそこに柱サボテンが。

 数メートル先にある僕の背丈ほどもありそうなサボテンが、いやみなくらいに巨大な、こっちの顔ほどもある赤い花を咲かせていた。

「取り合えずだな」「取り合えず?」

「街でも目指すか」「街なんかどこにも見えないんだが」「……」

 以上、魔王との会話終了。

 バトンタッチするように、予言者が言い出す。

「拙者が予言してみるよっ」

「予言? 今からなんのために?」

「将来の拙者たちの行動が分かれば、これから拙者たちが何をしたらいいのかも未来から逆に推測できるじゃない? だからだよっ」

 なるほど。いいアイディアかもそれ。でもさ。

「あのガラス玉、学園に置いてきちゃったじゃん?」「ガラス玉じゃなくてペテログロマだからっ」「なんでもいいけど、どうすんだよ?」「あれがなくても予言できるからぁ!!」

 え? どういうこと?

「って、じゃあ、あのガラス玉はいらなかったってこと? なら、なんで、あんな大きくて重そうなの持ち歩いてたんだ?」

「あれがないと、予言者らしさが出ないじゃん?」

「って、ほんとに小道具だった!? 」

 厨二疑惑は晴れても、インチキ臭さはぬぐえない妄想予言者なりと。

「今回はこれを使うわ」

と彼女が言って、スカートポケットから取り出したものは、四角く縦に長く、角が丸味を帯び手の平サイズに収まる赤い物体だった。

「ってスマホかよ!? 僕なんかいまだにDOKYUMOのガラケーなのに。って、んなことはどうでもいい!! それ使って何すんだよ?」

「見てなさいぃ♪」

 彼女がそう言って、真剣な顔でスマホアイコンをいじったり画面をスクロールさせていると、カシャカシャッとシャッター音がして。

 こんなところで何を撮影? といぶかる僕に「ほら見て」と、彼女が指差した砂の上に。

「それって、カメラじゃなかったのか!?」

「カメラ機能もあるんだけど、拙者のスマホにはペテログロマ振動子が内臓されてるの」

「はああ?」

 なんだ、その厨二要素ばっちりなハイスペックスマホは。

 異界のスマホって、そんな第七世代ガラパゴスなのか?

「このスマホを持ってるのはユーフォルビア界でも拙者だけだけど♪ この機能って本体に多大なエネルギー&負荷をかけて製品寿命を縮めちゃうから、本当はあまり使いたくない機能なんだ」

 特注品なのか?

 省エネ&本体保守のために、ガラス玉を持ち歩いていたってこと?

 ということで、スマホがガラス玉代わりになっていた。

 彼女のスマホカメラからレーザー光が放たれ、砂上に立体像が現われていて。

 砂の上の映像の中にいる像は、今回も二者だった。

 一者はやはり少年。天パーでイケメンでもブサメンでもない、つまり僕だった。

 案の定、、というかもうお約束的に、その僕が今回もトンデモないことになっていた。

「あのもう一人は誰~!?」

 少年のすぐそばに一人の女性がいた。

 花柄シャツ&Gパンというカジュアルな格好に茶髪ロング、豊かな胸の膨らみ。

 垂れ目に青いアイシャドー、アヒル唇に緋色の口紅をし、なぜか黒い皮製の鞭を持っているややケバい彼女は……。

「ね、姉ちゃんんんっ。うちのギャル姉じゃん!!」

 なんで、ギャル姉が鞭持って僕のそばにいるんだよっ。

 しかも、鞭、超似合ってるし(泣)。

「ここって異界だろ? ギャル姉イン異界ってありえないぞ。今日は平日で、姉ちゃん学校行ってるはずだから。また予言者が変な妄想したな。迷惑だから、もうはずれ予言するなよ!!」

「はずれじゃないからぁ!! 絶対当たるからぁぁ!!」

 睫毛ふるふる、釣り目つり上げて。

「こんな奇跡的にも起こりえないことなんて、予言でもなんでもねーよ」

 などと僕と予言者でやり合ってるところに、アニ声魔王まで「ユウくんのお姉ちゃん怖すぎぃぃ!!」と割り込んできて。

「怖すぎって何が?」

 僕が砂上の映像に目を移せば。

 びしぃっ、びしびしびしぃっ!!

 無論音はないけど、そんな雰囲気で、ギャル姉が僕に向かって上下斜め左右に鞭を振り回していた。僕の方ときたら、その攻撃から飛んだり跳ねたりぴょこぴょこと逃げ回っていて。

「なんだ、この情けない僕って……なんで姉ちゃんから拷問されてんだ?」

「マジで当たるからぁぁ!!」

 もうこんなインチキ占い師は無視。

 当事者として証言するに、僕と姉ちゃんでは圧倒的に向うが強い。僕の方が毎度やられる側だ。それは事実だけど。

 しかし、こんなSMって今まであったことがないしありえない。

 姉ちゃんが僕に鞭を振るうなんて。バカだけど変態じゃないからうちのギャル姉。

「未来を占って今後の行動を予測するとか言ってたけど、今ので何か分かったのかよ?」

こっちが聞けば、予言者がはきはきと。

「うん!! 近い将来、ユウくんがお姉ちゃんに鞭でしばかれるってことは判明したけど、それ以外はな~んにも分からなかった♪」

「そのまんまじゃないか。どうすりゃいいんだ、僕ら?」

「どうしたらいいかなあ?」

 そこでハモられても、こっちもハモり返すしかないんだが。

「どうしたらいい? お得意の予言投げっぱかよ? この期に及んで責めるつもりはないけどな」

 そんな風に二人で途方に暮れていたら。

「ひいいいいいいいいいいいい!!」

 と、突如、しばし我々の会話に加わらず沈黙を守っていたアニ声魔王の悲鳴がして。

「ど、どうした!?」「ジュノ、どうしたのぉ!?」

 両手で口を押え大きな両目を見開き、魔王が声も出せずに震えながら(あれ……あれ見て)という風に視線で差していたのは。


「「手ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」


 うにょ~うにょうにょ~。

 砂漠の中から、白い人間の手らしきものが何本も生えていたのだ。

 それらが植物のように伸び、僕らが乗っているキメラ周辺にうわうわと寄ってくる、そんな底気味悪い光景が展開していて。


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