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4.英雄たちの邂逅

 <ハイオーク>、レベル一五。

 燃えるような赤い毛並みを纏い、<オーク>よりも一回り巨大な体躯と木の幹のようなかいな。ずっしりと地面に根を下ろす両足は、鈍重な身体をしっかり支えてもお釣りが来るだろう。そしてレインが何よりも眼を見張ったのは、その両腕に掴まれた二本の長槍であった。

 ズドン、と双槍が大地へと穿たれる。それは自らの鼓舞であると共に敵対者への威圧。雄叫びのような喊声は空気をビリビリと振動させレインの少しだけ身体を竦みあがらせる。スキル<鬨の声>だ。

 ヴァルハラオンラインに於いて、一部のモンスターはプレイヤーが用いるスキルやモンスター固有のスキルを使用することがある。


 <委縮>というバッドステータスは攻撃力を減少させるものであり、近接戦闘を行うプレイヤーにとっては甚だ面倒なものである。効果自体は一割減というところであるが、その一割が明暗を分けることも少なくなく、レインはそれを振り払うよう丹田に力を込め、口角を吊り上げながらスキル<挑発>を発動。

 本来の使い方とは些か違うものの、バッドステータスを打ち消すにはもってこいだろう。<委縮>などのバッドステータスはプレイヤーの精神に依存しており、本来ならば現実世界に於ける身体の心拍数等の神経信号の変動から発生するもので、ヴァルハラオンラインでもそれは変わらない。

 そして、それを打ち消すのに必要なのは現実の身体の変動した部分を正常値へと戻すことなのだ。システム的ではなく、完全なる精神面の問題。それは如何にレベルが高い値であろうとも覆せない結果であり、その人間が持つ本来の可能性を研磨し研鑽し、ゲームシステムを凌駕する必要がある。

 それこそ、恐怖など些細な問題なのだ、と笑い飛ばせるくらいに。


「踊り狂おうぜ? 

 ――なんてなっ!」


 ガキン、と大鎌と長槍が金属音を奏でながら噛み合う。

 即座に<ハイオーク>はもう一本の長槍を軽々と振り回して上空からレインの頭蓋骨へ叩きつけるように撃ち落とした。レインは焦らず手首を回して大鎌の柄を降ろされる槍に合わせ、滑らせるように流して身体を反転。叩きつけるように<シックル>を放つが二本の長槍に受け止められ、ミリ単位でしか<ハイオーク>のHPバーを削るにしか至らなかった。

 舌打ち零し、レインは後方へ跳躍。それと同時に<エアスラッシュ>を放つが、合わせるように槍が穿たれて空間に穴が開いたように一部だけ<エアスラッシュ>の不可視の刃が削り取られ、ノーダメージでやり過ごされた。

 跳躍中にスキルの硬直時間は消化され、地面へ着地と同時にレインは真横に飛び込む。その刹那の後、ダンプカーのように突進して来た<ハイオーク>がレインの脹脛を抉り取って落葉を撒き散らしながら走り抜け、停止する。


「槍系の突進スキル<スピアタックル>だったか……?

 というか、スキル多用し過ぎだろうがっ!?」


 レインはこの時に漸く自己の間違いに気付く。


「……もしかして、<ハイオーク>ってレアモンスター扱いじゃなくてボスモンスター扱いか?」


 冷や汗を垂らしながら、自分の頭の中でカチッと歯車が噛み合うような納得感が襲う。

 通りでレベル設定も<オーク>より六も高いはずである。そもそもが<オーク>自体レアモンスター扱いだったのだ。

 そうなると、些かレイン一人での攻略は難しくなって来る。VRMMORPGの性質上、ボスモンスターという一種のユニークモンスターは一般モンスターより遥か強力に設定されており、その攻撃力や防御力は勿論の事、非常に高いHPとボスモンスター固有のスキルが非常に厄介なのだ。

 一般的なVRMMORPGに於いてボスモンスターを攻略する場合、大抵は三人から四人から構成されるパーティーを基本に、パーティー二組で構成されるユニオンとされる。極一部の超大型モンスターや特殊モンスターの場合はギルド単位で攻略に乗り出す連合で攻略されることもある。


「これは完全にしくじったか?」


 レイン自身、己のプレイヤースキルはヴァルハラオンラインを攻略しているプレイヤーの中でも上位に食い込むどころか五指に入ると自負しているが、現在のレベルを顧みてもボスモンスターを単騎で攻略出来ると盲信するほど自惚れてもいなかった。

 二合、三合と己の獲物をぶつけ合い火花を散らせるがレインは自身の不利を悟る。このまま戦闘が長引けば負けるのは自分だと冷酷なまでな裁決を下す。

 だが、退くという選択肢もレインの中では存在しなかった。


 既にレインのHPバーは先の攻撃に加え、受け切れなかった攻撃が蓄積されて六割を切っている。対する<ハイオーク>はまだ八割以上を残しており、優劣の是非は明らか。

 流れる汗で鎌を零しそうになるのを改めて握り直すことで防ぎ、点で穿たれる双槍を線で薙ぎ払う。

 距離を取れば厄介だが、さりとて超近接戦闘では分が悪い。距離を取りたいのと取りたくない板挟みの状況に苛まれつつも、レインは早唱により闇の矢を射て<ハイオーク>を牽制する。単純ながらも疾走する魔法の矢は防ぎ辛いのか<ハイオーク>の脚部へと突き刺さり、蠢くような呻き声が上がった。

 体勢を崩す<ハイオーク>へ追撃に<シックル>を袈裟に切り上げ、連撃で首を薙ぐように振るう。赤いエフェクトを撒き散らすが、それで<ハイオーク>のHPバーを一割の半分程度しか削れない。

 反撃とばかりに抉られる槍の穂先を紙一重で躱すが、急激に<ハイオーク>の二本の長槍が青白く発光し、レインが不味いと思った時にはもう遅かった。

 槍系の連撃スキル<五月雨突き>。二本の槍は幾重にも枝分かれし、まるで数十本もの槍が穿たれたと幻視するほどの速度で暴虐の限りを突き付けられる。

 初撃、二撃、三撃と類い稀なる反射神経や鷹の眼、これまで培ってきたVRMMORPGの経験などレインが持てる力全てを総動員して守勢に回るが捉えきれない。四撃と五撃を諸に喰らい、レインの身体は大きく後ろへ吹き飛ばされた。

 ガリガリとHPバーは色を無くして行き、その量を二割手前になる所で漸くその動きを止める。


「……不味ったな。

 今回ばかりは分が悪過ぎる……」


 レインは呻きながら、それでも戦意を衰えらせるわけでもなく立ち上がった。


「単騎じゃ流石に隙が少なすぎるって……。

 せめて二人、いやタンクが一人でも居てくれれば」

「――助力が必要か?」


 レインの声が天に届いたのか、まるで運命の邂逅のように一つの声が森の中で響く。

 それは人を安心させるような深みのある声で、不思議とレインはその存在を疑わなかった。

 ガサッ、と落ち葉を踏みしめる音が聞こえ、<ハイオーク>は警戒してかその場を動かない。

 一歩一歩近づく足の音。そしてその存在の影がレインの横へ到達し顔を上げた時、二人の視線は交錯する。


 片方は"黒"。

 闇夜を纏ったかのような全てを呑み込むかのような深淵。されど、そこには温かさがある。


 もう片方は"白"。

 始まりのその色は、全てを包み込む温かさがある。


 それがヴァルハラオンラインの四英雄、死神タナトス聖騎士パラディンとの邂逅だった。


◇◆◇◆◇◆◇


 その存在はレインよりも少しだけ一回り大きな体躯を純白のアーマーで包み、右手に直剣ロングソード、左手に大盾を構えていた。

 温和そうな瞳はレインを労わるように向けられ、目尻は少しだけ下がっている。肩まで伸ばされた髪は風にそよぎ、まるで女性と見間違うほどの流麗さを備えていたが、その存在は疑いようも無く男性で、その声音も男性のそれである。


「手短に……助力は必要か?」

「手伝って――いや、これは愚問か。

 スマン、少し手伝ってくれ。俺はレインだ」

「クロウと言う。役割は見れば解る通りタンクだ。

 パーティー申請を送ってくれるか? それまで私がアイツを抑えていよう……!」


 そう言い残し、クロウは<ハイオーク>に怯むことなく突貫して行く。

 成人男性の身体の半分を覆い隠すほどの巨大な大盾をクロウは事も無げに構え、<ハイオーク>から繰り出される刺突の嵐を難なく受け切っていた。

 そんな光景に感嘆とした声を上げるレインだが、すぐに気持ちを切り替えシステムウィンドウを開く。表示されたウィンドウをスライドさせ、パーティーの申請画面を開いてクロウの名前をタッチ。数秒後の自分をリーダーとするパーティーにクロウの名前が加わり、問題なくパーティーが結成された。


 これで準備は整い、スイッチを切り替えたようにレインとクロウの立ち位置が入れ替わる。

 相談など一つもしていないが阿吽の呼吸が如く互いの行動を読みとり、最善の行動へと移す。

 突如入れ替わった敵対者に困惑を浮かべる<ハイオーク>。そこへ容赦なくレインの魂刈り取る大鎌が襲いかかる。青白く発光するそれはスキルが発動されている証で、赤いエフェクトと共に<ハイオーク>の右腕に直撃。

 苛立たしげに無事な左手で迎撃しようとするが、そこへクロウの直剣系単発スキル<ストライク>が突き刺さる。

 休む暇を与えない怒涛の攻撃。それにより<ハイオーク>のHPは終に五割を切り、そろそろ四割へ届くという所。

 そして四割を切った時、<ハイオーク>に変化が生じた。


「……膨張?」

「というよりは巨大化、というのが正しいところだろう。

 動きは遅くなりそうだが、先より攻守ともに桁が変わりそうだな?」

「おいおい勘弁してくれよ……」

「ならば降参するか?」

「勿論――ブチ倒すに決まってんだろ」

「ならば良し」


 軽口を叩く二人の前に、赤色の化物は先程の姿形から二倍ほどの巨躯へと変えていた。

 見上げるようなそれはまるで山のような圧迫感があり、レインやクロウを捻り潰す程度は簡単に出来るだろう。

 しかし、二人は逃げない、恐れない。

 一人は口角を吊り上げ、一人は無表情のままその山を見つめ、そして駆けだす。


 レインは牽制兼初撃に<アイスアロー>を放ち、<ハイオーク>の出鼻を挫く。踏み込みに躊躇った<ハイオーク>は一歩だけ踏鞴を踏み、その隙にタンクであるクロウがその前に張り付きながら直剣ロングソードで追撃を加えた。

 振り下ろしからの振り上げ。直剣系連続スキル<ダブルスラッシュ>が炸裂し、巨躯を震わせる。

 その動きが止まった隙を見計らってレインは飛び込み<エアスラッシュ>、<シックル>、そして先程システムウィンドウを開いた時に新たに覚えた鎌系単発スキル<ブレイク>を疑似的連続攻撃として叩き込んだ。

 擬似的三連撃は全てクリティカルが発生し、それに伴い赤色のエフェクトが火花を散らすように迸る。<ハイオーク>は堪え切ることが出来なかったのか、堪らず絶叫を上げた。


 山のような巨躯はふら付き始め、悠々と表示されていたHPバーも今では二割を切り風前の灯火だ。ダメージの蓄積故か、それともシステムの構成故か解らないが、錯乱したように<ハイオーク>は暴れ始める。

 両手に持つ二本の槍が乱舞されるが、その全てをクロウは左手で抱える大盾で的確に防いでいくのだが、あまりに暴れるせいでダメージディーラーであるレインは攻撃する隙を見出せないでいた。

 ならば、とレインは一つの作戦を即座に組み立て声を張り上げた。


「おらデカブツッ!

 テメェの相手はこの俺だっ!」


 スキル<挑発>。

 敵モンスターの敵対値ヘイトを一時的に上昇させ、攻撃目標を強制的に変更させるスキルをレインは使用した。

 その効果故に、眼の前に居たクロウを歯牙に掛けることなく自らの後ろに居たレインへと矛先を変える。

 レインの作戦の意図を即座に理解したクロウは、すぐさま連撃を叩き込む。作戦は単純明快、レインが引き付けクロウが攻撃する。今までの役割を反転させたものだった。

 幾ら攻撃されようとも強制的に敵対値ヘイトの上書きをされた<ハイオーク>はクロウを攻撃対象にする事が出来ず、クロウの攻撃にもされるがままに受けるしか出来ないでおり、その甲斐あって残りHPも一割を切ろうとしていた。


「最後はお前が決めろ、レインッ!」


 変わるようにクロウも同様<挑発>を使用し、攻撃対象をレインから己へと移し替える。

 というのも、次の攻撃で上書きされた敵対値ヘイトを上回り、どちらにしろ自らへと攻撃対象を引き戻されることを見抜いたクロウは最後の舞台を整える為にそのスキルを放つ。

 ギギギ、と鈍重ながら振り向く<ハイオーク>。油を切らした機械のようにその動きには活発さが無く、最早半死半生という有様だったが、レインは情け容赦なく後顧の憂いを断つよう全力で最後の攻撃を仕掛ける。それが<ハイオーク>に対する礼儀だともレインは思っていた。


 擬似的連撃。

 不可視の斬撃を放つ<エアスラッシュ>。

 単発ながら威力の高い<シックル>。

 そして――


「――<ブレイク>ッ!」


 上段から振り降ろされた全身全霊の一撃が<ハイオーク>を襲う。

 青い軌跡が赤い光を伴って一筋の線となり、その線へ追随するかのように<ハイオーク>の身体はずれて行き光の粒子へと変わった。

 それと同時にレベルアップを報せるファンファーレとクエスト完了を報せるポップ音が鳴り響き、漸く長かった戦いに決着がついたことをレインは理解した。

Name:レイン

Lv:10


<ステータス>

HP:300

MP:80

STR:30

DEX:41

INT:10

LUC:10


<スキル>

鎌:156/1000

索敵サーチング:70/1000

隠蔽ハイディング:43/1000

シックル:100/100

エアスラッシュ:67/100

ブレイク:9/100

ダークアロー:46/100

アイスアロー:42/100

ヒール:31/100


<スキル紹介>

スキル名:挑発

モンスターを挑発し、敵対値ヘイトを一時的に上昇させるスキル。

初期熟練度では対象モンスターの数は一体だが、徐々にその数を増やし、マスターすれば視界全域のモンスターをは対象に含められる。また、対象とするモンスターを選択する事も出来る。


スキル名:鬨の声

相手を喊声により威嚇し、<委縮>のバッドステータスを付与する。


スキル名:ブレイク

サイズを使った複数攻撃攻撃。大振りの単発攻撃で、相手をノックバックする。大型モンスターには効果はない。

威力補正二三〇%、クリティカル補正一・五倍、再使用時間リキャストは七秒、硬直時間は三秒。


スキル名:ストライク

直剣ロングソードを使った単発攻撃。

威力補正一二五%、クリティカル補正なし、再使用時間リキャストは三秒、硬直時間はなし。


スキル名:ダブルスラッシュ

直剣ロングソードを使った連続攻撃。攻撃回数は二回

威力補正一一五%、クリティカル補正なし、再使用時間リキャストは三秒、硬直時間はなし。


スキル名:スピアタックル

ランスを使った突進攻撃。

威力補正一五〇%、クリティカル補正なし、再使用時間リキャストは七秒、硬直時間は五秒。


スキル名:五月雨突き

ランスを使った連続攻撃。攻撃回数は五回。

威力補正一一〇%、クリティカル補正なし、再使用時間リキャストは五秒、硬直時間は三秒。

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