2.動き始めた歯車
その場に佇むプレイヤーの群れ。
煌く日輪とその光を受けて煌く黒曜石。されど、美しくも幻想的な光景に心を動かす者はもうこの場には居なかった。
延べ三万人。全てのプレイヤーが残酷な現実と直面する。
浮かぶウィンドウから陽炎のように姿を消したログアウトの文字。確かにあった、どのVRMMORPGでも当たり前のように存在していたその文字はない。
その意味を改めて理解した時、レインは動き始めた。
いや、レインだけでない。数こそ少ないものの幾許か、隙間を縫うように走りだす影がある。そのどれもが絶望の暗闇を瞳に宿すのではなく、肉食動物のような好戦的な光があった。
その瞳は言外に告げていた――その挑戦、しかと受け取った……と。
この時、即座に動いたプレイヤーは総人口の二割である約五千人強。内、最初の攻略組――俗に戦闘系のプレイヤーであり、最前線のダンジョンを攻略するプレイヤーの総称――の数はその内の八割の約四千人弱。結果、全体の約一五%のプレイヤーが即座に攻略に乗り出した計算になる。
また、次々と他のプレイヤーも放心する身体に活を入れ、衝撃的な事実を告げられようとも一週間を過ぎる頃には殆どのプレイヤーが攻略の準備に勤しみ始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
レインは兎にも角にも道具屋を目指す。
残された時間はこのヴァルハラオンラインの仮想空間内で三年。真綿で首を絞められるようにじっくりと、それでいて確実にそれはレインの身体を蝕んで行くだろう。
三年という期間は傍目から長い。あぁ、そうだろう。時間にしても二六二八〇時間。途方も無く長い時間だ。
しかし、それは極上の蜜毒。油断すればあっさりと死に至る。
レインと同じく即座に動き出したプレイヤーの大半は楽しみつつもこの閉鎖空間を攻略しようという腹積もりだろう。勿論、レインの心にも幾らかはそのような想いが満ちているのは過言ではない。それだけこのゲームは魅力に満ち溢れているのだ。タイムリミットが設定されていなければ、下手すれば現実世界の進行時間で数年は遊び尽くしたかも知れないと思う程である。
だが、いや――
「この命をくれてやっても構わないかもな……
けど、あそこまで挑発されて逃げるほど落ちぶれても無いってのも事実、か」
だからこそ、レインはクリアを目指す。
自分の生命の安全故でなく、あの神のようにプレイヤーを見下した享楽雅を打ち負かすが為に。
<城塞都市ガーランド>の中央は商業区間として整備され、道具屋の他にも武器屋や鍛冶屋、裁縫屋、装飾屋など数々の店が軒並みを見せている。
その一角にある<道具屋ホロウス>の看板が掛かる戸を勢い良く開き、そのままカウンター越しに佇むNPCに売買を持ち掛けた。NPCとの売買もプレイヤー同士のやり取りも基本はトレードシステムを用いて行う。
表示されたウィンドウにはNPCとの売買特有の画面が表示されており、アイテムの横にそのアイテムの名前と効果、それに金額が表示されている。それらを脇目も振らず、レインはトレードウィンドウに手持ちのマナポーション(小)はドラッグ&ドロップし、即座に売却のコマンドを指で叩いた。
マナポーション一つに付き二〇〇ガルドで合計一〇〇〇ガルド。まだ話しかけようとしてくるNPCを無視し、向かいにある<武器屋クラウン>に突撃。
道具屋と同じように店主の話はすっ飛ばし、そのままトレードウィンドウを出現させ、お目当ての物の名前が表示されるまでウィンドウをスクロールする。
武器にはレア度という物が存在し、レア度は七段階で表記され、コモン、アンコモン、レア、ユニーク、プラチナ、レジェンド、ゴッドに分かれる。無論、上に行けばいくほど珍しく、ゴッドなどヴァルハラオンラインにも各装備やアイテムに一つ二つしか存在しないらしい。というよりも、プラチナ以上はそうそうお目に掛かることなど出来なく、鍛冶スキルを上限まで育てたプレイヤーですらプラチナクラスまでの武器しか作成する事は出来ないのだ。
それ以上の武器を手に入れようとするならば、ダンジョンの奥深くから自らの手で入手する他に術はない。
武器:サイズ
レア度:コモン
物理攻撃力:50
魔法攻撃力:15
アビリティ:断罪(クリティカル率を二倍)
装備条件:STR(20)、DEX(10)、INT(0)、LUC(0)
ピタっと止まるレインの腕。鷹の眼がそれを捉えた刹那、目線は金額に注がれる。その場所に示された金額は一〇〇〇ガルド。
即決で支払い、トレードウィンドウから送られてきたサイズを即装備。背中に背負うように出現した大鎌は思ったよりもフィットし、レインは満足から数度頷いた。早く振りまわしてみた気持ちを抑えながら、駆け足で<城塞都市ガーランド>の西門へと向かう。そこは<始まりの平原>へと繋がっており、適正レベルが一から三までと、初心者が戦闘の練習するにはもってこいの場所なのである。
重厚な、城砦都市の名に恥じない大門を潜り抜け、レインは目の前に広がる大草原に感嘆とした息を零した。眼を凝らせば小さな村々が見えたり、身体を撫でる風は本物と判断が付かない。
仮想でありながら現実。その謳い文句通りの出来栄えに、レインは内心舌を巻いた。
それと同時にやはりというべきか、レインと同じように出発の準備を整えたプレイヤーや既に出発し始めたプレイヤーが至る所で発見出来る。
彼らに遅れまいと、レインは背負う大鎌を手にして二度、三度その場で振るった。鎌系の武器は装備条件にSTRを求められるが多く、今回もそれに漏れなかった。故にレインは最初のボーナスポイントの全てをSTRに振り分けたというわけだ。ただ、鎌の攻撃力に関するステータスはDEXである。故に、装備条件を達成する為に調整してSTRにボーナスポイントを割り振らなければないならない。
片手で扱うには現実では出来ないそれも、この世界ではそれを実現する。振るう大鎌が静々と揺れる葉っぱを切り裂き、手首を返して一閃。鎌は力で振るのではなくて流れで振るう。レインは他のVRMMORPGでも鎌系の武器を主武器とし、扱い方を熟知していた。
「<シックル>!」
詠唱方式によりスキルが発動する。レインの握りしめる大鎌が青白く発光し、上段から振り落とされた一撃が大地に傷を付ける。
スキルの発動には先程のレインのようにスキル名を発声して発動する詠唱方式と、頭の中でスキルの効果などを明確に想像して発動する想像方式の二つがある。詠唱方式は誰にでも発動できるが、声を発する為に奇襲などが行えなく高度なPvP(対人戦闘)では致命傷となる。
反して想像方式は頭の中で想像するだけなので相手に読ませることなくスキルを発動できるが、高速な戦闘や乱戦の最中にそこまで明確な想像するのは難しい。それだけでなく、緊張等により想像力は格段と落ちる。その状況下で想像方式でスキルを発動できるかが上級者に近い中級者と本当の上級者を分け隔てる限りなく高い壁なのだ。
勿論、まだ始めたばかりのレインも想像方式によりスキルを発動する事が出来るはずもない。
「次はっと……
『闇の矢よ、相手を穿て<ダークアロー>!』」
大鎌の先から迸るように一筋の黒い光が突き抜ける。遠隔操作は出来ないのか、弧を描くことも無く一直線に飛び、一五メートルほど離れた地面に着弾した。
魔法もスキルの一種で発動には詠唱方式と想像方式に分かれ、詠唱方式は先程のレインのように各魔法に設定された呪文を詠唱することにより発動される。詠唱の長さは高位の魔法になればなるだけ長くなり複雑怪奇になるのだ。そして想像方式の場合は、詠唱方式の時に唱える呪文を頭の中で暗唱し、且つ魔法が発動する姿とそれによって発生する効果を明確に想像する必要がある。
「どっちにしろ早い段階で想像方式をマスターしないとな。
……ま、今どう足掻いても無理だし、レベ上げでも勤しむかっ!」
◇◆◇◆◇◆◇
緑色の豚<ゴブリン>が鈍重な腕を振り上げ、右手に握った丸太のような樫の棍棒で殴りつけてくる。
それをレインは正中線を隠した半身のまま自身の大鎌で軽く流した。まさか攻撃が当たったにも関わらずダメージを与えられなかったことに驚いたのか、〇と一のデータの集まりであるはずの<ゴブリン>は本当の生き物のように狼狽して醜い声を挙げる。
振り降ろされた棍棒は大鎌を滑り大地を凹ませ<ゴブリン>の身体は宙に泳いでいる。それをレインが見逃すはずも無く、下段から鋭い一閃を放って右手を切り飛ばした。ギギャ、という喚き声が聞こえる前に上段へと振り上げられた大鎌と、その流れに乗ってレインは身体を捻りながら少しだけ宙へと飛ぶ。
「<シックル>!」
青白く発光する大鎌を尻目に、レインはそのまま<ゴブリン>の脳天を叩き割るようにスキルを放った。ゼリーにスプーンを入れるように、少しの抵抗感も無く頭蓋骨から股下まで一刀両断。血が吹き出るなどという描写は禁止されているのか、<ゴブリン>は〇と一のデータの粒子のなって爆散する。
軽快なポップ音と共に経験値バーが右に少しだけ上昇する。それに伴いドロップアイテムの確認。収穫は零。
解っていたことだが若干気落ちしつつも、レインは次の獲物を探そうとした直後、ガサッという草を切る音がレインの耳に届く。<索敵>のスキルによってウィンドウのマップに簡易アイコンで敵モンスターが表示された。
そのマップを確認した後に視認。五時の方向、距離六〇メートルというところ。レインは振り返り詠唱を開始する。
「『氷の矢よ、相手を穿て――」
今度の敵は狼のモンスターである<ウルフ>だ。日本狼を品種改良でもしたのか、日本人が知識として知っている狼を二回りほど大きくし、大きな牙と口から滴らせる唾液が特徴的なモンスターである。
<ウルフ>もレインの存在を発見したのか、先程までゆったりとした歩みで草原を闊歩していたのが一転、風邪を切るよう此方へ一直線に疾走してくる。即座に両者の距離は〇へと近付いていく。が、その距離が二〇メートルを切った辺りでレインは準備していた魔法を発動する。
「<アイスアロー>!」
空気中の水分を凝固させて顕現された氷矢はそんじょそこらの武器よりも鋭利だ。それを同一直線状から疾走してくる<ウルフ>へ射出。MPの残存量を示す青色のバーが<アイスアロー>の使用魔力量分だけ減少し、その域は三分の一まで達していた。
ヴァルハラオンラインのMPは、この世界での一分間の時間経過により一だけ回復する。低レベル帯ならばそれで回復は追いつく場合が多いが高レベルになるとそうはいかない。そうなった場合は初期アイテムにもあったマナポーション(小)などの回復アイテムによって回復する。それはHPも同様だ。
「ほらよ、追加だ――<シックル>!」
氷の矢によって地面へと縫い止められた<ウルフ>に情け容赦なく一閃。薙ぎ払いにより爆散、そして右方へ身を投げ出して転がる。すかさず振り下ろされた棍棒が脇腹を掠めた。ピリっとした痛みにレインは顔を顰めつつも体勢を立て直す。
仮想空間内での五感は幾つか制限が掛かっており、その最たるものが痛覚だ。現実通りの痛覚を再現しようものなら、VRMMORPGのゲームやFPSなどのゲームは気楽にプレイする事が出来ない。だからこそ、専用のインターフェイスにより子供が我慢出来る程度の痛みが限界と定められ、制限されていた。
フゴフゴと人語の話せない<ゴブリン>は鼻息荒くレインを睨む。先程のダメージにより赤色のHPバーが微かに減少していた。だが、戦闘に支障をきたすレベルでもなく、即座に回復を要するレベルでもない。レインは些細なダメージを気にすることなく、右手で掴む大鎌をサイドスローのように振り回す。そんなレインに注意を払わず<ゴブリン>は突撃を敢行。無謀な蛮勇は後一歩でレインに届くまで詰めたが、赤いエフェクトが煌いた直後<ゴブリン>の首が飛ぶ。赤いエフェクトはクリティカル攻撃が発生した証である。<ゴブリン>の視界から消失した大鎌は<ゴブリン>の後ろに達した瞬間、レインはそのまま勢い良く引き戻したのだ。障害物も何もなく、突然の強襲に反応出来るはずもない<ゴブリン>は抵抗らしい抵抗を見せる間もなく消え失せた。
「スキル上げの為に魔法を使うってのも面倒だな……。ま、やらないことには新しいスキルも覚えられないし、頑張るか……
『祝福の光よ、癒しを与え給え<ヒール>』!」
白い光がレインの身を包みんでMPバーは底を付き、その代わりにHPバーは先程減少した空白を埋めるように赤色がゲージ満タンまで回復する。
「そろそろ次の狩り場でも行くか?
んー……、次レベルが上がったら少し奥まで進んでみるかね」
レインは自身の経験値バーに目をやる。既に九割近くが埋まっており、レベルアップのSEが鳴り響くのもかなり間近だ。
「うし、もう少し頑張るか!」
Name:レイン
Lv:4
<ステータス>
HP:120
MP:45
STR:25
DEX:21
INT:10
LUC:10
<スキル>
鎌:27/1000
索敵:13/1000
隠蔽:6/1000
シックル:11/100
ダークアロー:6/100
アイスアロー:3/100
ヒール:2/100
<装備>
武器:サイズ
レア度:コモン
物理攻撃力:50
魔法攻撃力:15
アビリティ:断罪(クリティカル率を二倍)
装備条件:STR(20)、DEX(10)、INT(0)、LUC(0)
頭:なし
腕:なし
胴:旅人の服
レア度:コモン
物理防御力:5
魔法防御力:3
ボーナスステータス:なし
アビリティ:なし
装備条件:STR(0)、DEX(0)、INT(0)、LUC(0)
腰:旅人のズボン
レア度:コモン
物理防御力:5
魔法防御力:2
ボーナスステータス:なし
アビリティ:なし
装備条件:STR(0)、DEX(0)、INT(0)、LUC(0)
足:旅人の靴
レア度:コモン
物理防御力:2
魔法防御力:1
ボーナスステータス:なし
アビリティ:なし
装備条件:STR(0)、DEX(0)、INT(0)、LUC(0)
装飾品:なし