夢 見る華
日向 葵は、いつも 道端で歌を歌っている少女。
両親は、幼い頃 事故で死亡。
一応 親戚は、いたが 両親は、互いに婚約者がいたものの 駆け落ちしてしまったらしい。
両親の死後 誰も、葵を引き取る親戚が、名乗り上げなかったのだから 今でも 許されていないようだ。
けれど 葵は、両親の愛が嘘とは思わなかった。
子供の自分から見ても 父も母も、幸せそうだったのだから。
だから 何を言われようが 自分の知る 両親を信じている。
葵は、施設で いつも 笑顔を絶やさず 歌が大好きな女の子だった。
喧嘩ばかりする 子供達がいれば 仲裁に入り 暴力を振るわれようが 動じない 強い心を持っていた。
18才でお世話になった施設を出て 現在は、ビルの清掃会社のアルバイト。
そして 夜 自分で作詞作曲した 曲を行きかう人々に歌っていた。
有名になりたいわけじゃなく ただ 歌が好きだから。
歌が、葵に 多くの勇気をくれたから 歌い続けている。
自分の歌が、他のみんなにも 元気があげられるように。
「葵ちゃん………コレ 良かったら 持って帰りなよ。上の娘のお古で悪いんだけどさぁ?」
そう言って 紙袋を渡してくれたのは、清掃のお仕事の先輩のおばさん。
彼女は、お子さんの切れなくなった 古い服や簡単な食事を、タッパーに詰めて くれる。
アルバイトの賃金だけで暮らしているので 服代や食費が浮くのは、嬉しいこと。
「ありがとうございますッ!すっごく 嬉しいです。大切にしますね?」
葵は、嬉しそうに 紙袋を受け取る。すると 他のおばちゃんが、ニコニコしながら 駆け寄ってきた。
「葵ちゃん?今日も、あそこで 歌うのかい?」
その問いかけに 葵は、頷き返す。
「一応 知り合いのおまわりさんにも、許可をもらっているんです。迷惑にならないように。最近 あたしが、到着する前に 待ってくれている人もいて」
「ああ……うちの孫が、上手だなぁ………って 褒めていたのよ?いっそのこと どこかのオーディションでも、受けちゃえばいいのに」
葵は、その言葉に ドキリとする。
「お金がありませんから。それに あたしは、未成年ですから 保護者の同意書が必要になるんです」葵は、悲しげに呟く。
「あら………そんなことだったら 私が、書いてあげるわよ?」
おばさんの提案に 葵は、目を見開いてしまう。
「そんな………ご迷惑かけるようなことはッ!それに あたしは、別に 歌っているだけで幸せなんです。色んな人達が、立ち止まって あたしの歌を聞いてくれる。それだけで 十分なんです」
葵は、笑顔で 言い放った。
彼女の言葉に おばさん達は、顔を見合わせ それ以上 何も言わない。
その後 葵は、いつものように 仕事を終えて いつも歌っている 場所に向かった。
そこは、駅通りで 会社帰りのサラリーマンやOL・学生達が、よく通る場所。
近くには、スナックや居酒屋があって 店内からは、明るい笑い声が聞こえてくる。
「葵ちゃんッ!やっと 来たな?」
「我らの歌姫!!到着だぁ!」
「来てくれて 助かったわ?まだ来ないのかって 煩かったんだから」
葵が、駆け付けると 数人の常連さん達が、拍手で出迎えてくれた。
「ありがとう みんな。何か リクエストは、ありますか?」
葵が、聞くと みんなが、順番に曲をリクエストしていく。
「じゃあ………まずは、チョウおじさんからね?」
葵は、歌い始める。想いを込めて。
「やっぱ………葵ちゃんの歌は、すごいな?聞いていて 惚れ惚れするくらいだ」会社では、鬼部長と呼ばれているらしい ホリさんは、溜息をつきながら 言う。
「あら?こんな オジサンに惚れられるより……かっこいい人に言われた方がいいんじゃないのぉ?葵ちゃん、可愛いんだもの」
「ってんめぇ……酒臭い顔を近づけるんじゃねぇよッ!っていうか……誰が、オジサンだぁ?!まだ 30になったばかりなんだぞ?
自分は、どうなんだよ。お前 弟に先越されたんだろ?結婚………「煩いわねッ!」
「あの子は、小学校の頃から あの子との結婚を宣言してたのよ。しかも 中学・高校と虫が付かないように徹底していたし。婚姻届まで ちゃんと 用意していたんだから。小学校の頃に書いたのを大事に持っていたのよ?証人の欄には、ちゃっかり 互いの両親の名前を書いてもらっていたし。
我が弟ながら………恐ろしいものよ」
「それだけ 奥さんを愛していたというわけだ。職場でも 惚気てばかりしていて 時々 張り倒したくなるらしい―――同期の話によれば」
そんな会話を聞きながら 葵は、歌っていた。
楽しい気持ちを実感しながら。
「葵ちゃんってば 本当に 歌が大好きなんだね?昔から ここらへんでは、音楽をやっている連中が多いけど あいつらは、メジャーになることを夢見ているから」近くのバーのママのエリカさんが、葉巻を吸いながら 呟く。
彼女は、何でも ホリさんの幼馴染らしい。
「当たり前だろ?葵ちゃんは、あのマナーの悪い奴らとは、違うさ。馬鹿正直に おまわりさんに ここを使ってもいいか聞いて………その上 近くのお店に挨拶して回ったんだぞ?」
「葵ちゃんだから出来ることさ。中には、馬鹿な輩もいたけど 葵ちゃんのお蔭で 慰められてきたのは、大勢いるんだ」まるで 自分のことのように 彼らは、楽しげに語る。
葵は、この空気が嫌いじゃない。
自分の作った歌を聴きながら 色んな人達が、楽しんでくれる。
そう考えると 自分も 嬉しくて仕方がないのだから。
そして 葵は、数時間 みんなのリクエストしてくれた歌を歌い続けた。
「今日は、ここまで」
葵は、そう言って みんなに笑顔を向ける。
「「えぇぇぇ――――――!」」
ホリさんとエリカさんが、同時に声を上げた。
「明日も、皆さん お仕事があるでしょう?明日も、ここに 歌いに来ますから」葵は、笑顔で 言う。「葵ちゃんも、こう言っているんだから 困らせるようなことを言うんじゃない」チョウさんは、呆れたように 言い放った。
彼の一声に 2人は、顔を見合わせ 肩をすくめる。
「わかったよ………明日は、ちょっと 仕事で遅くなっちゃうかもしれないけど 絶対 来るからさ?」
ホリさんは、真剣な顔をして 葵の手を握る。
その様子に チョウさんは、呆れ気味。
エリカさんは、容赦なく ホリさんの頭に拳を振り下ろす。
「ちょっと ホリ?セクハラ行為は、止めなさいッ!殴るわよ?」
「って お前………既に殴っているじゃないか!!」
葵は、仲良さ気に喧嘩している 2人を微笑ましげに見つめる。
「仲が良いのは、わかっているから……イチャつくんなら 違う場所でやんな?近くには、幸い 防音設備のある宿泊施設があるぞ?」
チョウさんの言葉に ホリさんとエリカさんは、茹蛸のようになってしまう。
葵は、考え込んでいた。チョウさんが言い表す場所は、どこなのか。
「おぉ~い………葵ちゃん?まさかとは、思うんだけど 場所を特定しようなんて していないわよね?」
エリカさんは、黙り込んでいる 葵の顔を覗き込む。
その言葉に 葵は、真面目に頷き返した。
「誰か………この子に そっち系の教育をしてやってくれよ。じゃなきゃ………いつか 男に騙されて 痛い目を見ることになるぞ?」
チョウさんは、苦笑いし ホリさんは、頭を抱えている。
そんな彼の言葉に エリカさんは、葵を優しく抱きしめる。
「葵ちゃんは、いつまでも 変わらないでいてほしいわ?無垢なまま」
エリカさんの言葉に 葵は、不思議そうに 首を傾げるだけ。
「ごめんね?しんみりちゃって………最近 ここら辺を立ち退いてほしいって 五月蠅くて」
「ああ………うちの会社と契約している会社の企画らしい。何でも 強引に進めているらしいな。お前の店の方は、大丈夫なのか?」ホリさんは、心配そうに 聞く。
その言葉に エリカさんは、葉巻をくわえたまま 難しい顔をしているみたい。
「ちょっと 難しいかな?法律とかは、何にも 違反していないんだけど………マナーのなっていない お客さんが、多くはいるようになって 常連さんの足が遠のいちゃっているの」エリカさんは、疲れたように 呟いた。
葵達は、それを聞いて 心配そうな顔をしている。
その後 葵は、帰宅した。
いつものように 遅い夕食をとるはずだった―――行き倒れの男性と鉢合わせなければ。
葵は、すぐ 大家さんに救急車を呼んでもらって 彼を病院に連れて行った。
「え………記憶喪失ですか?」
葵は、その単語を聞いて 呆気にとられる。
それは、勿論 一緒についてきてくれた 大家さんとちょうど 意識が戻った 彼も同じ。
「どうやら……自分の名前もわからないようです。頭の怪我が気になりますので 一応 警察に届けるべきでしょう。彼の家族にも 連絡を取るべきです」
医者の言葉に 葵は、息をのんだ。
「葵ちゃん……彼 全く 知らない人なのかい?」
「はい………帰ってきたら 道の真ん中に倒れていて。最初は、ただの酔っ払いさんかと思っていたんですけど」
葵の言葉に 大家さんは、溜息をつく。
「どうしようか………彼 記憶がないってことは、住む家もないということだろう?身元を証明するもんは、何にも持っていなかったみたいだし。怪我人なわけだから………宿無しは、苦労するだろうからなぁ?」
大家さんの呟きに 葵は、提案する―――自分と同居するのは、どうか と。
「って………貴女は、いいんですか?オレ………男だし 自分のことも 全然わかっていないのに」記憶を失ってしまっている 彼は、不安そうに 言う。
「大丈夫ですよ。あたしの家 狭いかもしれないけど もう1人位 ちゃんと 住めますし。ああ………けど 家事の手伝いはしてもらわないといけないんですけど そっちは、大丈夫ですか?あたし………朝 早くからビルの清掃の仕事をしていて その後は、歌を歌っているんですけど できますか?」
「よく わからないけれど 多分 大丈夫だと思う」
話を進めている 2人に 慌てたのは、大家さんと医師。
まさか 年頃の少女と同じ屋根の下で 見ず知らずの男が、共同生活をしようとしているのだから。
「葵ちゃん………純粋なのは、結構なんだけど………もう少し 危機感というのを持った方がいいんじゃないかい?このままだと 君が、騙されたりして 傷つくんじゃないか って 不安になるんだが」
困り果てている 医師と大家さんに 葵は、首を傾げた。
なぜ そう言われてしまうのか わからないのだから。
記憶を失っている彼は、何か ハッとしたように 肩をすくめてしまっているが。
「とにかく………警察に知らせるか」
「あ…それだったら もう 知らせました。知り合いに現職の刑事さんがいて………その人に電話したんです……受付で待っていた時に」葵は、前にチョウさんからもらった 連絡先の書いてある メモ帳を取り出しながら 言う。
「へぇ………この人 俺でも、知っているよ。すっごい やり手の刑事さんらしいじゃないか。色んな事件で活躍しているらしいが。まさか………葵ちゃんと知り合いだったとはねぇ?ご両親のお友達だったとか?」
「いいえ?チョウさんは、あたしの歌のファン第一号なんです。他にも、弟さんが交番のお巡りさんをしている人もいるんですよ?」
葵の言葉に 大家さんは、感心していた。
「葵ちゃんってば 本当に いい人に恵まれているんだねぇ」
葵は、大家さんの言葉を聞いて 思わず 苦笑してしまう。
それから しばらくして チョウさんが、病院に駆け付けた。
最初は、葵が事件に巻き込まれたと勘違いしたらしく ホリさんとエリカさんも引き連れて。
「いきなり 病院にいるなんて 言うからさぁ?事故か事件に巻き込まれたと思ったじゃないか。いやぁ………焦ったよ」チョウさんは、汗を拭きながら 呟く。
「本当にな………だけど 安心したよ。何ともないようだから」
「よく言うわ?葵ちゃんが病院にいるって聞きつけて 顔を真っ青にしていたくせに」
ホリさんの言葉に エリカさんが、呆れたように 溜息をついている。
そんな2人の様子に 葵は、苦笑する。
「あたしは、倒れていた人を大家さんと一緒に 病院に連れてきただけですよ。けど 自分が誰なのか わからないみたいで お医者さんが、念の為 警察に連絡した方がいいって おっしゃられて」
葵は、そう言って チョウさんを見る。
「なるほど………身元を証明するものも、何にもないんだな?」
「はい………すいません」
チョウさんの言葉に 彼は、縮こまるように 肩をすくめてしまっているようだ。
そんな彼の様子に ホリさんとエリカさんは、顔を見合わせている。
「記憶がないうえ 身元を証明するものもないんじゃ………調べるにしても 時間がかかるな」
「うちの弟をこき使っても、いいわ。それに 未成年だけど 探偵業に興味津々な従弟がいるから」チョウさんの言葉に エリカさんが、笑みを浮かべて 言う。
「お前の弟のことは、最初から 使うつもりだったさ。で………従弟だと?子供は、無駄な動きが多いから やめとくさ」
チョウさんの言葉に エリカさんは、子供らしくないんだけどねぇと 苦笑気味。
話によれば 大人顔負けの洞察力を持っていて 学校で 探偵のような同好会を作ってしまっているらしい。
ただ それは、保護者や教師に知られないように活動しているらしいが。
「まぁ 協力者は、いないよりゃ いいんじゃないか?エリカの言っている 従弟っていうのは、あいつのことだろ?あの冷めた目をした 坊ちゃんと一緒にいた」ホリさんは、何かを思い出したように エリカさんに聞く。
「そうよ。けど………あの子の友達のことを、そんな風に言わないであげてよ。馬鹿な大人のせいで 根深く トラウマが残っちゃっているんだから」エリカさんは、溜息をつきながら 言う。
「まぁ こんなだが………あんまり 心配するこたぁねぇよ。色々とわかんねぇこともあるだろうけど いつでも 相談に乗るぞ」
チョウさんの言葉に 彼は、ありがとうございますと 頭を下げた。
こうして 彼と葵との共同生活が始まったのだ。
彼のことは、葵の亡くなった 父の名前から シオンと呼ぶことになる。
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シオンとの共同生活は、葵にとって 今までにないくらい かけがえのないものだった。
互いに 尊重し合って 慈しみ合う。
最初こそは、緊張が続いて 失敗してしまったかもしれない。
けれど エリカさん達の助けもあって 順調だった。
頭の傷も癒えた シオンは、大家さんの息子さん夫婦が営んでいる 定食屋を手伝い始める。
そして シオンと出逢ってから 3ヵ月が経とうとしていた。
「ただいま………シオン」
「おかえり 葵。今日は、歌ってこなかったの?いつもより 早いけど」
シオンの問いかけに 葵は、少し不安そうに頷く。
「実は、エリカさんに しばらくの間 歌いに来ない方がいいって。何か たちの悪いお客さんが、お店に居座るようになっているんだって。ホリさんやチョウさんも、お仕事で忙しいみたいで………来れないからって」
「そっか………けどさ?僕は、嬉しいよ」
シオンの呟きに 葵は、不思議そうに首を傾げる。
そんな彼女に シオンは、苦笑した。
「だって お蔭で 葵との時間が増えるから」
それを聞いて 葵は、顔を真っ赤にさせてしまっているようだ。
シオンは、そんな反応をする 葵を、クスクスと見つめている。
2人は、長い時が経つにつれて 想い合うようになっていた。
エリカさん達には、心配を余所に 2人の愛は、確実に育っていっているのだ。
「夕食の方 もうできているよ。すぐ 食べるかい?」
「うん………お腹 ぺこぺこ。おばさん達が、色んなおかず おすそ分けしてくれたから 一緒に 食べよう?」
葵は、嬉しそうに タッパーを紙袋から取り出す。
清掃のおばさん達は、シオンとの共同生活の話を聞いて 前以上に おすそ分けの量を増やしてくれている。
葵は、シオンが手塩をかけて作り上げた 夕食に添えるように 置いていく。
「フフフ………最初は、あんなに すごい料理になっていたのに。今じゃ 一流コックも、真っ青ね」
葵の呟きに シオンは、困ったように 苦笑した。
「最初の頃は、何にもできなかったからな。まさか 洗濯機や掃除機の使い方も知らなかったんだから」「けど 今は、エキスパートでしょう?」葵は、からかうように 言う。
その言葉に シオンは、肩をすくめ 2人は、同時に 笑い出す。
互いに 愛おしみながら 手を絡め合って 見つめ合った。
そして どちらからでもなく 口づけを交わす。
「にしても 今日の夕食は、随分と豪華なのね?何か お祝い?」
葵は、そう言いながら 考える。
今日は、別に 自分でも誕生日でもない。
そして シオンと出逢った 仮の誕生日でもなかった。
「ねぇ 葵………僕は、記憶を失ったまま。いつ 何かを思い出すのかわからない。けど………君とのこの関係に 偽りはないんだ。どうか 僕と結婚してくれないか」
シオンは、そう言って 真剣な目で 葵を見つめた。
葵は、その言葉に 固まってしまっていたものの 耳まで真っ赤になって 深呼吸する。
「こちらこそ お願いします」
葵が、そう答えると シオンは、嬉しそうに 抱きしめた。
2人は、互いに しっかりと抱き合い 甘いひと時を過ごす。
葵は、シオンにプロポーズされ 幸せの絶頂にいた。
けれど その幸せは 長く 続かなかった。
なぜなら シオンが、突然 姿を消してしまったのだから。
その日から 葵は、まるで 体の一部を失ったかのように 嘆いた。
彼は、その日 買い物があると 出かけてから 帰ってこなかったのだ。
葵は、何日も 何日も待ち続けた。
けれど 無情にも 時は過ぎていく。
周囲の人々は、そんな葵のことを心配してくれた。
そして 慰めてくれる。でも 葵が待ち望んでいるのは、シオンが帰ってくること。
ある時 葵は、仕事中 貧血で倒れてしまった。
そして 医務室で告げられたのは、驚くべきこと。
「妊娠 2週目ですね。少し 栄養失調気味ですから 滋養のあるモノを食べて下さい」
その言葉に 葵は、自然と 自分の腹部に手を添える。
まだ 本当に いるのかは、実感できない。
けれど 医師の言葉を聞いたことで 希望が湧いてくる気がした。
シオンは、いなくなってしまったが 代わりに 宝を残してくれたのだ。
妊娠のことを話した時 エリカさん達は、心配してくれた。
けれど 葵は、自分の決めた決意を変えない。
1人で 子供を産み 育てるという覚悟を決めたのだから。
葵の揺るがない想いに 皆は、協力を惜しまなかった。
清掃の仕事も、事情を話し 事務員として 臨月ギリギリまで 働かせてもらったのだ。
1年後 葵は、元気な女の子を出産した。
「シオンの子………きっと 綺麗な子になるわ」
葵は、生まれてきた 娘に シオンの名前から 漢字を一字取って 『紫』と名付ける。
そして 願う。
我が子の幸せを。