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ギルドの受付嬢、腹黒すぎてごめんなさい  作者: 雨宮 徹


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ロマンを求めて

 ギルドの朝は、喧騒の渦だ。冒険者たちの笑い声、装備がぶつかる金属音、クエスト表に群がる若者たち──そして、あの男の鬱陶しい声。


「よう、クリステルちゃん! 今日もそのツヤツヤの髪、最高だな!」


 案の定、来た。今日もまた、来てしまった。本当に最悪。大きくため息をつく。男にも聞こえるくらいに。だが、相手は気にする様子はない。


 ローラン。ギルド歴五年の中堅冒険者。見た目だけは多少整っているが、中身は空っぽ。自己評価だけは伝説級の男だ。いや、S級って表現の方が正しいわね。ただ、腕はそれに伴っていない。


 頭上の瀕死回数は、百回を大きく上回っている。まったく、それでよく生きてられるわ。


「昨日のトロールの群れ、オレが一人で仕留めたんだよなぁ。あいつらさ、実は右足を引きずる癖があってさ? そこを見逃さなきゃ楽勝。他の連中は、それができないから手こずるんだ。一流は、目の付け所が違うんだぜ」


「へぇ、そうなんですか」


 私はカウンター越しに笑顔で相づちを打つ。というより、打たされている。その間にも、彼は自分語りを止めない。


「ま、オレの場合、まず足跡からモンスターを見極めるからな。討伐の証拠にもなるし、何より──ロマンだよな。ロマン!」


 語尾を無駄に強調しながら、革製のノートを取り出してくる。すでに何十回も見せられているノートだ。見るだけでも嫌な思い出がフラッシュバックする。いい加減に自慢話はやめて欲しい。


「見てくれよこのページ。これはゴブリン。で、こっちがスケルトン。そして、これがオレの完全オリジナルの“ワイバーン未遂足跡”!」


「未遂……ですか?」


 足跡に未遂なんてないでしょ。初めて聞く単語よ。頭のネジが外れてるのね。かわいそうに。


「ああ、足跡だけ取って帰ってきた。あいつ、風に乗るから見失ってな。まあ、捕捉はしたってことで──」


 その時、後ろのテーブルから低い声が割り込んだ。


「自慢話は、そのへんにしといた方が身のためだぜ」


 それはサイガのものだった。古株の冒険者でありながら、今なお一線で戦い続けている。F級ドラゴンであるアーラル種の討伐失敗事件以降は、前までの間抜けさは減って少しはマシになった。ほんの少しだけど。


「え、な、なんすか、サイガさん?」


「事実なら、語る必要はない。本物は、背中で語るもんだ」


 サイガの視線の先には、一人の若者。アイクが剣を研ぎながら、こちらには一切目もくれず黙々と準備していた。今朝も討伐帰りで、血のにじんだマントを肩にかけている。今回は、A級ドラゴンを一撃で屠ってきたと聞いている。アイクだけが、このギルドの唯一の希望だ。


 ローランが目を逸らし、ごまかすように笑う。


「ま、まぁな! でもロマンってのは、簡単には分からんもんなんだよ!」


 誰も反応しない。空回りするその声が、空気に吸い込まれていった。


「次は、バジリスクの足跡を狙うぜ」


 ローランがふと思いついたように言った。


 周囲の会話がぴたりと止まる。しーんとした空気の中、サイガがゴホンと軽く咳払いをする。沈黙に耐えきれなくなったかのように。


 バジリスク。それは幻獣クラスの超危険生物。石化の瞳と毒の鱗を持つ、恐怖の象徴にして蛇の王者。でも──。


「あの、足跡って……あるんですか?」


「あるに決まってんだろ。モンスターだぜ?」


 その返事に私は笑いを押し殺しながら、演技じみた仕草で両手を胸の前で組んだ。


「バジリスクの足跡、見てみたいです。ローランさんが取ってきたなら、絶対すごいですよね!」


 釣れた。ばっちり。


「お、おう……おう! 任せとけ! 明日には見せてやる!」


 ローランは誇らしげに鼻を鳴らし、踵を返してギルドを飛び出していった。


 私は小さく肩を揺らして笑う。


 蛇に足跡なんか、あるわけないでしょ。バカじゃないの。





 ──翌日。


 日が沈みかけた頃、カウンターに戻ってきたのは、ずぶ濡れのローランだった。


「くそ……! 地面がぬかるんでてよ、足跡が……どこにも……」


 泥だらけのノート。破れた袖。足を引きずってさえいる。間違いなく、バジリスクの足跡は取れてない。形式上は聞いておきますか。


「えっと、討伐は……?」


「見つけたんだよ、姿だけは! でも、すげぇ威圧感で近づけなくてな……。目を合わせて石化したくないからな。オレだって命が惜しいし?」


「なるほど……」


 私はそっと目を伏せ、静かな声で言った。


「そんなこともありますよ」


 でも、心の中では別の声が叫んでいた。


 ざまぁみろ。蛇に足なんてないのよ。最初から、勝負にもなってないの。モンスターの習性すら知らずに、よく冒険者を名乗れるものね。





 そんな日々が、もう何度繰り返されたことか。思えば、最初は受付嬢という仕事に誇りを持っていた。でも最近は、こんな男たちの相手ばかり。


 彼らを手のひらで転がすことにはもう慣れたけれど──。


「こんな茶番が続くくらいなら、いっそ自分でモンスターを狩ったほうが早いかもね……」

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