外見で判断するな
ギルドの朝は、今日もにぎやかだ。クエスト表に殺到する若手、剣を研ぐ音、依頼人と冒険者のやりとり──その中に、どうにも耳障りな声が混じる。
「うっひょ〜〜! マジで最高だったわ、モブうさぎ天国!」
その声の主、リューク。最近ギルドに加入したばかりの冒険者だ。赤いバンダナに青いマントという、どこか間違った正義感をまとう二枚目風……のつもりだが、中身は三枚目にもなりきれていない。
「クリステルちゃん、聞いてくれよ。昨日のクエスト、モブうさぎがさぁ、もうフワッフワでさ! 思わず抱きついて、ほっぺにスリスリしちまった〜!」
あっけらかんとした口調で、誇らしげに胸を張る。まったく、クエスト中にモンスターを愛でるなんて……。ほんと、正気じゃないわね。
私はいつもの営業スマイルを張りつけたまま、心の中で深くため息をついた。
「へえ、かわいいモンスターだったんですね」
「そうそう! もうな、あのぬくもりは癖になる! でさ、それに似た質感といえば──」
そう言って、リュークの手が私の頭へと伸びてきた。
──撫でようとしてきたのだ。
「やめてください」
声は冷たく、しかし穏やかに。
けれどもリュークは、全く堪えた様子もなく、手を引っ込めながらもケラケラと笑った。
「いや〜、似てんだよなぁ、モブうさぎとクリステルちゃんの髪の手触り!」
ギルドの空気が一瞬、凍る。
「リュークさん、その辺でやめておいたほうがいい」
低く、けれど冷静な声が割って入った。
若き冒険者、アイク。年若いが、すでに数件の討伐で名を上げ始めている実力派だ。
「彼女はスタッフだ。モンスターと一緒にするなんて、さすがに無礼すぎる」
アイクの真剣な目を、リュークはヒラヒラと手を振って笑い飛ばす。
「いやいや〜、冗談だって! 固いなぁ、お前。そういうノリが通じないからモテねーんだって」
場の空気がより一層、重くなる。
──こんな男、ギルドにいらない。
でも私は、笑顔の仮面を崩さず、ただ静かにカウンター越しに頭を下げた。笑顔の裏で、私の怒りは、そろそろ限界に達していた。
「リュークさん、今日もお疲れ様でした。次のクエスト、頑張ってくださいね」
「あいよ〜、じゃあまた可愛いうさぎに会いに行ってくるわ!」
そう言い残し、リュークは上機嫌でギルドを後にした。
私は、その背中を見送りながら、静かに目を伏せる。
──そう、モブうさぎ。
あの群れの中に、一匹だけ紛れている。見た目は他と変わらない。でも、あれだけは違う。通称“モブうさぎ・キング”。
F級ドラゴンのブレスに匹敵する火力のパンチを放つ、見た目はモフモフ中身は脅威の怪物。見た目に騙されて瀕死になった冒険者の数を数えることはできない。
私の指先が、そっとクエスト掲示板に貼られた案件を撫でる。それは、「モブうさぎの生態調査クエスト」。リュークは、間違いなくこのクエストに飛びつく。モブうさぎを愛でる絶好のチャンスなのだから。
よし、刈り取る。キング以外を。そして、キングに正義の鉄槌をくだしてもらおう。あのセクハラ冒険者に。
リュークがキングを愛でたくなる環境をこちらで整えてあげようじゃない。
──モフモフ・トラップ、発動。
翌日。
リュークはギルドに現れた──カウンター前に戻ってきた彼は、頭を包帯でぐるぐる巻きにされ、足元はふらついていた。その手には、なぜか焼け焦げたニンジンが握られている。
ニンジン? まさか、モブうさぎに餌でもやろうとしていたの? いくらモブうさぎでも、モンスターには変わりない。間違って噛まれたら、指をもってかれるに違いない。
「いってぇ〜〜。マジで死ぬかと思った……。あんなの、うさぎじゃねぇ。まじで何が起きたんだよぉ……!」
目は虚ろ。昨日までの威勢の良さはない。
スリスリどころか、触れることすら叶わず、超火力のパンチに吹き飛ばされたらしい。当然の結果ね。キングを倒せるのは私か上級者だけ。愛でるだけが目的の男に倒せるはずがない。
「もうモブうさぎ、やめとくわ……」
誰にともなく呟くその姿を見て、私は静かに頷いた。賢明な判断だわ。それだけの理性はあったようね。
以来、リュークはモブうさぎに触れなくなり、同時にセクハラもぴたりと止んだ。
彼の頭の瀕死率は、数日間で過去最多を更新し──そして今は、誰よりも静かな常連客となった。
窓の外には、陽が傾いている。モフモフの季節は終わった。代わりに、静寂と平穏が訪れている。
私はそっと椅子に腰掛け、ペンを手にした。記録帳に、今日の出来事を一行だけ記す。
「うさぎパンチ、効果あり」
その文字を見つめながら、私は小さく笑った。




