ドラゴン狩りをぶっ潰す
「クリステルちゃん、何か困り事はないかい?」
サイガが入れ歯をきらりと光らせながら、近づいてくる。この数日間、これの繰り返しだ。前から「ちゃん」呼びだけど、何様のつもりかしら。「サイガちゃんは、F級ドラゴンしか狩れないんでちゅか〜?」って言ってやろうかしら。あと、単純に酒臭い。ゴブリンの体臭の方がマシかもしれないくらいに。あ、ゴブリンに失礼ね。いけない、いけない。
「そうですね……。最近はドラゴンの動きが活発になっていて困ってます。ゲルバーグ種が子育て中らしく、凶暴なのです。なんとかなりませんか?」
小さな瞳をうるうるさせて、困ってます感を演出する。そして、トドメに上目遣い。この最強コンボなら、どうかしら。
サイガは、一歩下がると「いや、ゲルバーグ種は、あれでいいんだ。S級を倒したら、生態系が崩壊してしまう」と、言い訳をする。
いや、普段F級しか狩ってないお前が言うな。
F級ドラゴン殺しのせいで、新米冒険者が自信を持つきっかけが減っている。F級といえども、ドラゴンはドラゴン。彼らは生態系の頂点に君臨するのだから、新米にとっては倒すだけでF 級卒業と言える。
この最低男サイガこそ、新規冒険者を減らすという意味で、生態系を破壊している。こいつ、分からせる必要があるわね。
「では、アーラル種を狩ってくれませんか? 新米冒険者が行くエリアに頻繁に現れるんです」
「よし、分かった。俺に任せな!」
キメ顔をしているが、はっきり言ってダサい。アーラル種はF級ドラゴン。サイガにとっては、武勇伝を増やすチャンスだ。
この反応は予測内よ。さて、仕上げに取り掛かりましょうか。
「アイクくん、一緒にドラゴン狩りに行ったらどうかしら? 勉強になるわよ」
アイクは初心者だからF級がちょうどいい。勘違いこそしたけれど、彼には立派な冒険者になってもらわなければならない。そうでなければ、このギルドまで攻め入られて、モンスターによって壊されかねない。まあ、私が倒せばいいのだけれど、冒険者のプライドを守るためにも本気を見せるわけにはいかない。
「おい、小僧! 一緒に狩りに行くぞ!」
「待ってください。正式な依頼書なしで討伐したら、一銭も入りません。それでは、サイガさんに申し訳ないです」
事実だが、これは建前。彼らがドラゴン狩りに行く前に、下準備をしなくてはならない。時間稼ぎにはちょうどいい。
翌日。依頼書をサイガに渡すと「こんなに貰っていいのか!?」と、報酬金を見て驚いている。まだ、討伐してないのだけれども。気が早いにも程がある。
「アーラル種は、去年子どもを産んでいると報告があります。どうやら、初心者エリアに来ているのは、子どものようです」
バインダーに挟んだ目撃情報リストをめくる。まあ、昨日自分の目で確かめたのだけれども。
「あと、サイガさん。私もついて行っていいですか……? 活躍を見たいんです!」
サイガは、「もちろんだぜ!」と返事をしながら、手に持った依頼書をぐしゃっと握りしめる。よっぽど嬉しいらしい。チョロすぎる。
いや、受付嬢を危険な場所に連れて行くなよ。こいつ、頭が悪いのね。
「さて、ドラゴン狩りに行くぞ、小僧!」
アイクは、「はい!」と元気よく返事をするが、その声は緊張からか震えている。初のドラゴン狩りだからに違いない。大丈夫、私がいる限りトラブルは起きない。問題が起きても、ぶっ潰す。
どこまでも続く新緑の草原。時折り、風によってなびいては足元をくすぐる。
春は、出会いと別れの季節。アイクのように新米冒険者との出会いもあれば、別れもある。二度と戻らないという形で。瀕死回数を見られるのは、まだマシなのだ。死んでいないのだから。
「ふむ、この足跡は比較的新しいな。ほら、これがドラゴンの足跡だ。クリステルちゃんの背丈よりも大きいぞ。こりゃ、大物に違いない」
地面には巨大な足跡があり、窪地には泥水が溜まっている。
ドヤ顔で説明してくるが、当たり前ながら知っている。
「さすが、サイガさん。プロですね」
そう、彼は対ドラゴンのプロ。「F級狩り」という単語が前につくけれども。
さらに奥へと進んだそのとき——。
「いたぞ、小僧! あれがアーラル種の子どもだ!」
木々の隙間から見えるのは、体長二メートルほどのドラゴン。まだ幼いとはいえ、鋭い牙と爪は立派な殺傷力を持っている。アイクがごくりと喉を鳴らす。
「い、いきます……!」
震える声。それでも、足を止めないのは立派ね。
「へっ、俺が先に行くぜ! 見てろよ、クリステルちゃん!」
言いながら、サイガが駆け出す。ぼんやりとした笑みを浮かべ、武器を構えて突っ込んでいく。が、その剣筋は鈍い。相手が子どもドラゴンでなければ、反撃を受けて終わっていたかもしれない。
だが、アーラル種の子どもは体力も戦闘経験も浅い。数度の打撃で体勢を崩し、サイガが剣を振り下ろすと、どさりと音を立てて地に伏した。
「ははっ! どうだ、見たか! 俺様の華麗な一撃……」
その言葉が終わるよりも早く——草原の奥から、ズシン……ズシン……と、重い音が響いてきた。
「サイガさん……後ろ!」
アイクが叫ぶも遅い。草をかき分け、現れたのは親のアーラル種。十メートルを超える巨体。威圧感だけで空気が震えた。
そしてそれは、昨日のうちに私が誘導しておいた親だった。
「なっ、なに……おい、嘘だろ、なんで親が——」
サイガは焦ったように私はの方を振り返る。その刹那、ドラゴンが翼を広げ、巨体をひねって尾を振り下ろす。サイガの体は吹き飛び、木に激突して動かなくなった。ポロリ、と入れ歯が地面に転がる。
「サイガさーん!」
アイクが叫びながらも、剣を構えた。未熟な構え。だが、恐怖に足を止めず前に出るその姿勢は、称賛に値する。
アイクの剣が、振り下ろされた。だが、ドラゴンの硬い鱗に弾かれる。
その瞬間——。
私はそっと足元から魔力を立ち上げ、空気を震わせる。淡い光をまとったオーラが地面を這い、風に乗ってドラゴンの身体を包み込む。
ドラゴンの動きが一瞬、止まった。
アイクの剣が跳ね返された直後、ぐらり、と巨体が揺れ、ズシンと音を立てて地面に崩れ落ちる。
「や、やったのか……?」
アイクが呆然と立ち尽くす。私は何も言わず、小さく微笑むだけにしておいた。
ギルドに戻ると、アイクは仲間たちに囲まれていた。
「マジでお前がドラゴン倒したの!?」「すげーじゃん、アイク!」
アイクは困ったように笑いながら、何度も首を振る。「自分じゃないかもしれません」と言いかけては遮られ、結局は称賛の渦に飲まれていく。
一方、その喧騒の裏で——。
サイガは片隅の椅子に腰を下ろしていた。誰も声をかけない。彼の手には、再び折れた入れ歯。
「……ちくしょう。俺の時代は終わったってのかよ」
誰にも届かない声でつぶやく。
私は、少し離れたカウンターからその姿を見ていた。
紅茶のカップを揺らしながら、そっとつぶやく。
「あんたの時代、始まってすらなかったけどね」




