第3話 王国騎士団
『ヘイルストラ』は、騎士団に所属する騎士たちもよく利用する薬屋だ。
王都内外を仕切る門からある程度近く、その上初見ではなかなか入りづらい蔦まみれの外装によって客層もそれなりに保証されている。
ようは特段儲かっている見た目でないので、冷やかしや強請り目当てのゴロツキが寄ってこないのだ。
品質はもちろん折り紙つき。モラルと節度のある常連客たちは、むやみやたらに口コミを広めない。
貴族やお偉い方の子息も多数在籍する王国騎士団だからこそ、利用しやすい薬屋であった。
「最近働いているあの女性は薬師なのですか?」
「ん? ああ、ラノアラかい?」
受付に立って会計をしているシグリアに話しかけるのは、王国騎士団の副団長である、アルファルド・ストームベイン。
ストームベイン伯爵家の三男で、現在21歳。
長男と次男による次期後継者争いに嫌気がさし、半ば家を出るような形で16歳で騎士団入りすると、そこから4年で副団長にまで上り詰めた秀才である。
「あの子も薬師だよ。今は見習いみたいなことをさせてるけどね。あんたが買ったこれ、このミディクラスの治癒ポーションもあの子が作ったものだ」
「これを......シグリアのものと全く遜色ないので気が付きませんでした」
「だろうね。あの子の腕は相当なもんだよ。なんせあたしがここに置いてるんだ」
「それはそうですね......」
アルファルドがじっと考え込む。
ラノアラは、在庫のポーションや丸薬たちを陳列棚に補充しているところだ。
地味に見えて、どこか気品のあるその動作がやけに引っかかる。
「ほら、4300メリー! あと10秒で払わなきゃ倍にするよ!」
「あ、ああ、ちょっとまってくれ......!」
急いで代金を払い、買ったポーションたちを提げて店を後にするアルファルド。
「ラノアラ......?」
聞き覚えのあるような無いような、そんな響きに首をかしげながら騎士団本部へと急いだ。
「リオルグ、ちょっといいか」
『ヘイルストラ』から戻ったアルファルドが向かったのは、騎士団長リオルグ・ウォルハストのいる団長室。
「どうした?」
リオルグが書類から顔を上げる。
リオルグとアルファルドは共に伯爵家の子息であり、幼なじみでもあった。
歳はリオルグが3つ上だが、互いにくだけたコミュニケーションを取り合う仲だ。
「騎士団に専属の薬師を雇おうって話、あれまだ続いてるよな?」
「続いているも何も、たった今までその薬師の情報を確認していたんだ。王国は広いと言えどまだまだ発展途上の国だ。腕のいい薬師など、そもそも薬師自体が貴重だと言うのに......」
「その ”腕のいい薬師” なんだけどさ」
アルファルドがリオルグのほうにずいっと歩み寄り、手に提げていたポーションの瓶たちの中から一本を差し出す。
「見つかったかもしれない」
リオルグがはっ、と顔を上げ、そのポーションの瓶を見つめる。
透き通ったターコイズブルーの美しい、ミディクラスの治癒ポーション。
「明日一緒にシグリアの薬屋に行かないか?」
翌日の午後、世間は昼時でそこいらの食堂やレストランが混雑する時間帯。
リオルグはアルファルドに連れられて、騎士団の昼休憩の合間に『ヘイルストラ』へ足を運んでいた。
「いらっしゃいませ」
出迎えたのはラノアラ一人だった。
「こんにちは。シグリアはいる?」
「今は昼食をとりに出ていますが、ご用事でしたらお聞きしますよ」
昼時は店内もガラガラで、客は他に誰もいなかった。
「ああ、ううん、ちょっと薬を見ようかなって」
「でしたらご自由に手に取ってご覧ください。必要であれば今並べていないものもお持ちしますので」
しれっと表情一つ動かさず言ってのけるラノアラを見て、リオルグが口を開く。
「失礼、ここに並べていないものとは、試作品か何かということだろうか」
「ああ、えっとですね......すこしお待ちください」
口で言うより現物を持ってくる方が早いと思ったのか、ラノアラが軽く頭を下げて作業室に下がる。
「......あの子か?」
「うん、昨日の治癒ポーションも彼女が作ったものらしい」
「彼女がそう言ったのか?」
「いや、シグリアが。しかもすごく褒めてた。実際品質はすごくいい」
「ああ......しかしあの顔は資料にはなかったのだが......」
作業室のドアが開き、両手に2つの瓶と2つのカプセル薬を持ったラノアラが戻ってくる。
「お待たせしました。こちらが今お店で出していないポーションと薬です」
「これは?」
ラノアラが受付カウンターに置いた瓶たちを指さし、リオルグが尋ねる。
「まずこちらが、発熱時に効果のあるポーションです」
丸底の瓶に入った淡い紫色の液体を指す。
「熱を下げる効果でお馴染みのタリシアリーフに、フロルベリーを合わせてあります。フロルベリーには発汗調整作用と利尿作用があるので、より効率よく解熱することができます。ただ、今王国で流通しているタシリアリーフの解熱ポーションに比べてコストが高く、より必要としている貧しい家庭や子どもたちに行きわたる可能性が低すぎるので、今はまだ発表すべき段階ではありません。そしてこちらが」
次は四角い瓶に紅茶のような赤茶色の液体を指す。
「スリオラ樹液にネリスキ苔を調合した美容薬です。スリオラ樹液には細胞再生作用があり、ネリスキ苔には傷跡を薄くする効果があります。アンチエイジングやシミ対策になるので、薬屋で出すのではなく貴族女性向けに市場に出すほうがいいのではと、シグリアさんから助言をいただいたので。見た目がもう少し可愛い色なら女性受けもよいのでしょうが。それからこちらのカプセルが」
アルファルドはもはや呆気にとられた様子で、ポカンとラノアラの説明を聞いている。
リオルグはその横で、何やら表情を険しくしている。
「ネモリア草を使った不安軽減剤です。ネモリア草には心拍を整える効能があります。私が脳や神経に作用する薬を調合する時にまず初めに配合を試みる薬草です。このカプセルには他にソリアン花粉を使っているのですが、なにせソリアンの咲く春にしか花粉が採取できないので......でも濃縮・乾燥させてカプセル剤にすればある程度量産は可能だと分かりました。しかしまだ治験が済んでいないので世には出せません。最後は ──」
「ちょっ、ちょっと待った!」
「?」
アルファルドが両手をあげて制し、ラノアラの喋りに待ったをかける。
「これ、全部きみが作ったの? 調合とか、合う合わないみたいなのも、全部?」
ラノアラが首をかしげる。
「......? えぇ、そうですけど......?」
アルファルドが信じられないと言った様子で頭を抱える。
「最後の、それは何の薬なんだ?」
ずっと横で険しい顔をしていたリオルグが、最後のカプセル薬を指さす。
「ああ、これは睡眠薬です。エルフィラ草とヴァルナ根が主な材料です。こちらは私も時々使っているので効果は保証しますが、耐性がない方には少し依存性が強い気がして、もう少し改良をと」
「なるほど......」
リオルグが険しい顔のまま、あごに手を添えて何やらブツブツとつぶやく。
「団長?」
アルファルドがリオルグの顔を覗き込む。
「......失礼、お会いしていきなりでこんなことを言われても困ると思うのですが」
リオルグとラノアラの目が合う。
「うちの専属薬師になってくださいませんか」
「......はい?」
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