第2話 唐突な誘い
私が身を置かせてもらっている薬屋『ヘイルストラ』は、女店主、シグリア・ヘイルストラによる個人経営店だ。
シグリアさんは20歳の時にこのお店を開き、以後20年以上、店主兼薬師として王都内外の冒険者や騎士たちの安全をサポートしてきた。
およそ1年前、一人で籠って問答に明け暮れるだけではいけないと思い立ち、またこれ以上カルレッタに干渉されたくなかったこともあり、父の反対を振り切って『ヘイルストラ』の扉を叩いた。
「求人も出してないこんな古い薬屋に、まさかご令嬢が来るとは思わなかったよ」
私を雇って仕事を与えてくれたシグリアさんは、ある日そう言った。
「すみません。侯爵家の名前を出せば、突っぱねられはしないかと思って......」
「そりゃあまあねぇ。けど別にあたしは、あんたがご令嬢さんだから雇い入れたわけじゃないよ」
シグリアさんはそう言って笑った。
自分はヴァルグレイス侯爵家の次女だ、お願いだからここで働かせてほしい、と頭を下げたとき、シグリアさんはイエスもノーも言わずに、私を店の奥の作業室に連れて行った。
「はい、これがアサリウム草。これでロークラスの治癒ポーションを作ってみな」
シグリアさんから渡されたアサリウム草は、軽い切り傷などの治癒に使われるロークラスの治癒ポーションの材料だった。
「道具はここにあるのを好きに使いな。必要なら魔石もね。制限時間は1時間だよ」
「あの......」
「なんだい?」
「ユモス花はありませんか? 生の物でも、乾燥させた物でもいいので」
「ああ、ユモス花なら裏の薬草畑に生えてる。取ってくるから始めてな」
「はい、ありがとうございます」
これが試験だと分かった時、ようやく自分の研究の成果を人に見てもらえる機会ができたと思った。
絶対に失敗したくない、期待以上のものを作らないと。
まずは小鍋に水を張り、一度沸騰させたらそのまま少し冷ましておく。
その間にアサリウム草を根ごと細かく刻む。
その内半分は鉢ですりつぶし、もう半分は切ったままにしておく。
「ほら、これでいいかい?」
「はい、ありがとうございます」
シグリアさんが採ってきて下さったユモス花は、大きさも開花具合もとても良質なものだった。
後ろで腕を組んで見守るシグリアさんの気配に少し気圧されながら、今度はユモス花を縦向きに割いていく。
そしてある程度冷めたお湯を一度濾過紙で漉して、もう一度小鍋に戻す。
そこにまずすりつぶしたアサリウム草を加え、煮立たないように混ぜながら、上澄みの部分が鮮やかなグリーンになるまで待つ。
それから刻んだ残りのアサリウム草と、割いたユモス花を加えて、今度はターコイズブルーになるまでまた辛抱強く温度を調節し続ける。
きれいな色になったら火を切って、もう一度濾過紙で漉せば ──
「......出来ました、治癒ポーションです......!」
瓶に詰めたポーションをシグリアさんに渡すと、彼女は受け取った後、とても嬉しそうに笑った。
「あんた、いい腕してるじゃないか」
そうして私は、無事『ヘイルストラ』で働けることになったのだった。
「それにしても、いきなりミディクラスの治癒ポーションを作った時は驚いたね。ユモス花を加えるという知識はあっても、切り方や鍋に入れるタイミング、火加減に適切な色の判断までは並の薬師であっても難しい。ポーションはクラスが上がるごとに、その製剤レベルがぐんと上がるからね。この子はたくさん勉強して、何度も何度も試行錯誤を重ねてきたんだろうと、一目でわかったよ」
シグリアさんは私に、お店に並べる商品の製剤手伝いだけでなく、裏の薬草畑の管理の仕方や、新しい薬を研究するときのコツや注意点など、とにかくありとあらゆることを教えてくれた。
一人本を読むだけでは身に付かなかった知識と経験に加えて、お店の受付に立つことで、人との話し方や周辺の都市の情勢なども少しづつ学んでいった。
「ラノアラ! ロー治癒があと3つほしいんだが在庫はあるかい? あと筋力強化も!」
「はーい、今持ってきます!」
『ヘイルストラ』の元々の常連さんたちも今ではすっかり顔見知りになり、気さくに話しかけてくれるようになった。
だけど、根本的な問題がずっと残ったままだ。
このまま侯爵家の令嬢としてあの家に身を置き続けるのには、もう疲れてしまった。
しかし自分個人には何の後ろ盾もないばかりか、カルレッタが社交界で流し続けている「家に籠りっきりでペンとノートがおともだちのオクスリ令嬢」というイメージがどこへ行っても付きまとう。
それならいっそ家を出て、冒険者にでもなろうかな。
そんなことを考える日々が続いていたこのごろの鬱気を消し去るかのように、転機は突然やってきた。
「うちの専属薬師になってくださいませんか」
綺麗な服と綺麗な剣、それに綺麗な顔をした男性が、入店早々そう言って私の顔を見つめている。
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