救われた青年の正体
森の霧が晴れはじめたのは、太陽が頂に昇るころだった。
淡く光る霧の中、リリアたちは倒れていた青年を慎重に診療所へ運び込む。
その体は異様に冷たく、まるで魔力を奪われているようだった。
リリアはタオルを絞り、額の汗をぬぐう。
「……生命力が、安定してない。普通の治療じゃ足りない」
エリスが心配そうに杖を抱えた。
「魔力注入を併用しましょうか? でも、相手がどんな存在かもわからないのに……」
「ううん、やるしかない。助けられる命があるなら、私は全力で向き合いたい」
その言葉に、ガイルとリオも静かに頷いた。
リリアの両手から淡い光が溢れる。
「……癒しの光よ、命の鼓動を取り戻して」
彼女の魔法と看護スキルが重なり合う瞬間、青年の胸の紋章が微かに反応した。
淡く白く輝くその光は、まるで彼女の中に眠る“前世の記憶”に呼応しているようだった。
——リリアの脳裏に、白い手術室がよぎる。
あの日、自分の手を握って「ありがとう」と言った患者の笑顔。
同じ紋章が刻まれたIDカード。
「……もしかして……」
リリアの手が小さく震える。
青年のまぶたがゆっくりと動いた。
かすれた声で、彼は言葉を紡ぐ。
「……ナース……? ここは……」
その言葉に、リリアの胸が締めつけられる。
この世界では存在しないはずの“ナース”という単語。
「あなた……まさか、前の世界から?」
青年は首を振りながら、かすかに笑った。
「わからない……気づいたら、あの森にいた。名前は……カイ。覚えてるのはそれだけ」
エリスが不安げに呟く。
「転生者……? リリアさんと同じ……?」
ガイルは腕を組みながら、鋭い視線でカイを見つめた。
「もしそうなら、敵か味方か見極める必要があるな」
リリアは首を横に振った。
「彼は……助けを求めてるだけよ」
その瞳の奥には、確かな決意が宿っていた。
前世から引き継いだ“救いたい”という信念。
それだけが、彼女の原動力。
やがて、カイの呼吸が落ち着き、ゆっくりと眠りにつく。
リリアは小さく呟いた。
「この出会いが、何を変えるんだろうね……」
その瞬間、外の風鈴がチリンと鳴った。
まるで森の奥から、誰かが呼びかけているように。
——霧の森で拾ったひとつの命。
それは、リリアの“転生の謎”に繋がる扉を、静かに開きはじめていた。