彼女は、あの日届かなかった告白を贈る。
バレンタイン闘争は、殆ど終結…だろうか。
良かった良かった。
…さて、それはそうと。
布団を頭から被って、お団子になっている来海をベッドに残して、俺は立ち上がった。来海の部屋の机に近付いた。
確か隅っこに置いたはず………
「あ、あった」
俺は机の端に置かれてあったカードを手に取った。
それは、来海が俺にバレンタインデーに贈ってくれようとして、届けられなかったメッセージカード。
宮野家に昨夜お泊まりしていた俺は、今朝それをこの部屋で見つけて、ここに置いていたままだった。
『恋人じゃなかったんだ』などという奇妙な勘違いを炸裂させてしまった来海を追いかけるため、朝からずっと置いたままになってしまっていた。
そのカードを、俺は初めて、まじまじと手に取って見ることが出来た。
そこには当然、来海から俺への告白の言葉が書かれてあって。
その言葉を目にして、俺は自分の体温が上がっていくのを感じた。興奮が抑えきれなくて、心臓がどくんと高鳴る。
好きな子からの、だって、告白だ。
彼女が俺を想って書いてくれた、この世でたった一つだ。
「ああ、良かった」
こんな姿、彼女に見られなくて。
あの日じゃなくて、良かったーーーなんて言ったら、彼女に怒られそうだけど。
でもバレンタインデー当日に、もし箱を開けてこれを目にしていたら、俺はまともに受け答えも出来なくなっていたんじゃないかと思う。
じっくりと、彼女からの言葉を噛み締める。
こんなにも幸福を与えてくれる彼女の存在が、たまらなく愛おしい。
本当の意味で、俺の感情を揺さぶれるのは彼女しか居ない。
「ーーー碧くん?」
「……え?」
俺が黙ってしまって部屋が静かになったからか、来海が布団の城から顔を出していた。
不思議そうに俺を見て、その視線がーーー俺の手元に行く。正確には、俺が手に持っているカードに。
彼女は、びっくりするくらい綺麗に、毛布から跳ね起きた。「な!?」と口をパクパクさせて、上手く言葉が出てこない様子だった。
そしてーーー俺に飛びかかった。
「何故っ!?」
「恥ずかしいもん!これ、駄目!封印しますー!」
「うおぅ!?ちょ、危な……っ!?」
「にゃう!?」
俺の慌てた声と、来海が猫のような悲鳴。
どん、と俺の背中が床につく。ふかふかのマットが敷いてあったので痛くはなかった。
ついでに言っておくと、カードも死守した。床に肘を立てた俺の片手の中にあるソレは、折り目1つない。
問題は、俺と彼女の密着した距離。
彼女はうつ伏せになって、俺の身体に乗っかるような体勢。彼女の豊満な母性の象徴が、ぎゅむと俺の上半身にゼロ距離。しかも、怪我しては危ないと、俺は咄嗟に彼女の腰に手を回していた。
彼女の長い黒髪が、俺の首の横にはらりと幾筋か流れていた。……近い………。
見上げると、俺の視界を彼女だけが独占していた。
その桜色の唇に、自然と目線が吸い込まれていく。
あ、とどちらともなく、声が掠れて漏れる。
やば、コレ駄目だ……
ごめんな、来海が憧れてた初キスのシチュエーションと違くなってしまう……
2人の影が重なーーーーーー
「……っ、こ、こここ、告白します!」
「……え」
ーーーーらなかった。
「告白します」
「………あ、う、うん……」
彼女の「告白します」という言葉を喜ぶより、キス出来そうで出来なかったことへの残念さが勝ってるのが、すごく申し訳なかった。
これは、あれだ。
『ケダモノ。天使に近付く下衆』と俺を評してきた那須の方が正しかったかもしれない……ごめんなさい……誰か俺を更生させてください。
違うんです……あの状況で「告白します」が斜め上の展開すぎてよく理解出来なかっただけで……
俺が決して目の前にぶらついた餌に反射的に飛びつく理性のない犬な訳ではなくてですね。
……って、え、?
こ、告白……?
こ、告白ーーーっ!?
どういうことだ!?今…!?
俺がタイムラグがありつつも混乱していると、来海は、ちょっと俺から身体を浮かした。「んーっ!」と腕を一生懸命に伸ばして、呆然としている俺の手からカードを奪った。
あ、取られた…!?
ちゃんと、後で返してもらえるよな…!?
来海は、カードを両手で持って、俺を真っ直ぐと見つめた。ち、近い……。なんてけしからん距離感だ。そして、可愛い。
彼女は唇をんっと真一文字に結んで、決意したように、それから口を開いた。
耳は、ほんのり赤い。
「あのね……!私が恥ずかしがって、きちんと自分の言葉で伝えなかったせいで、碧くんにあの日届かなかったから……っ、だから、だからねっ、ここで、もう一度碧くんに告白させてください!」
「………っ、来海……」
………あの日、不運が重なって俺のもとに届かなかった告白の言葉。
彼女は、それをたった今、俺に届けようとしてくれているのだ。
それも、自分の口で。
恥ずかしがり屋な彼女だから選んだはずの、メッセージカードを使ってではなく、彼女は自分で俺に伝えようと。
………っ、
だから、何でいちいちそんな律儀で可愛いこと言っちゃうんだよ、お前は。
ああ、もう。
さっき1人でお前に見られないようにこっそり喜び噛み締めていたのに、こっちは……!
こんなの、……ズルい。
来海の吐息が間近で聞こえた。俺の反応など分かりきっていて、する必要もない緊張をさせた…彼女の唇が震えているのも、俺の目に映った。
そして、彼女は口にした。
「……『碧くんへ。数えきれないほどの優しさをありがとう。貴方と過ごした時間は全部宝物。辛いときも私の心に寄り添ってくれた、私のヒーローです。貴方のことが誰よりも大好き。こんな私だけど、貴方のそばにこれからも居させて欲しい。私とーーーー付き合ってください』」
メッセージカードに書かれていた言葉。
彼女が読み上げたその言葉を、俺はさきほど自分の目で読んでいた。だから、一言一句知っていた。
それなのに。
「これが……私の、告白です。碧くんに、あの日伝えたくて、伝えるはずだった言葉……」
「……….」
「……え?あれ?あ、碧くん……?へ……反応がない。え、どうしよう。告白はもしかしてお断り……?私やっぱり碧くんの恋人じゃなかった……!?告白し直したから、私たち恋人なの取り消し可能な感じになっちゃった!?や、そんなのやだ……」
「…………」
「……あ、碧くん……?」
手の甲を自分の瞼に当てて、顔の半分を隠している俺の顔を、彼女が覗き込む。
彼女の不安など、まったく見当はずれだ。
ああ、どうしてだ。
昔から、上手くいかない。
彼女に対してだけ、上手くやれない。
感情が、自分のモノじゃないみたいに、上手く出来ない………。
「………ごめん」
「待って碧くん、それは何の『ごめん』なの!?ま、まさか、私の告白に対してじゃないよね……!?もしそうだったら、私、もう生きて行けないよ…!」
「ごめん………」
「碧くん……!?うっ、やだぁ……!恋人だもん…私、彼女だもん……!」
違うよ。
………そうじゃない。
そうじゃ、ない。
これはきっと、彼女に…己の感情にコントロールが効かないことを再認識してしまったせいだ。
それと、彼女が俺をヒーローだなんて言うから。
そんなの……本当は、違うのに。
もしもあの頃のことを彼女が言っているのならば、それは、ヒーローなんて、綺麗でカッコいい言葉で片付けられない。
でも、彼女はそれを知らない。
だって、俺が彼女に対して、沈黙を貫いたままだからだ。
自分の口から、無意識に言葉が溢れ出た。
言うつもりのない懺悔が、彼女に向けられた。
「………好きで…ごめん……」
彼女の動きがぴたりと止まった。
目をパチクリとさせて、それから安堵したように息を吐き出した。
「…もうっ、碧くんびっくりさせないで…!私、心臓止まっちゃうかと思った……」
「ごめん……。告白、ありがとう。すごく嬉しかった…」
「……ほんと?」
「……うん」
彼女がカードを両手できゅっ、と握って、俺を見上げた。輝かしいばかりの笑顔で、ぱあっと華やいだ。
俺の言葉1つで、豊かに感情を変えてくれる彼女に、俺は心のどこかで安心と満足を覚えている。
彼女にとって、俺がなくてはならない一部分になっている、その事実にたまらなく歓喜している。
陽飛は、俺がこうなると……こうなってしまっていることを、分かっていたのだろう。
だから、ロスへ旅立つ寸前に、あんなことを俺に言ったのだ。
俺が彼女を好きでなければきっと、彼女はこうなっていなかった。彼女が俺の感情を動かす存在ではなければ、俺はあの頃だって、もっと上手くやれたのに。
それに……
そしたら、彼女は……
俺を今みたいに好きなんかではなかったはずだ。
忘れたい君への罪を、どうして、ふとこうやって俺は思い出してしまうのだろう。
明日も更新します。




