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お姫様抱っこ

バレンタイン闘争も、ひとまず一連の謎は解けたのでよしとして。

ところがどっこい。揶揄いの女王であるうちの母親をも凌ぐ、撫子笑顔の美魔女こと都さんにやられ、来海は大変な目に遭っているということで、俺は急いで宮野家に向かった。

まるで実家のように宮野家に上がり込み、俺はリビングの扉を開けた。


「来海?」

「………っ、」


ぴくり、と反応するソファの上の、毛布で出来た城。その隙間からは、俺のよく知る艶やかな黒髪が流れ落ちている。

俺の声にもぞもぞと動いて、遠ざかっていく。


そういえば俺、来海に避けられてるんだった。ぐすん。


都さんは怖がっている娘をよそに、楽しそうな顔で心霊特番を見ていた。実際にあった超常現象の恐怖体験を再現ドラマ化する、有名な番組だ。

都さんも、和泉も、こういうの好きなんだよな…。

顔だけじゃなく、ドロドロの皇宮劇とか、心霊特番とか、観るモノの趣味も合う2人である。


反対に、遼介さんと来海が似ていて、2人ともホラー系はてんで駄目だった。

都さんが来海を揶揄うのが好きなのは、来海が遼介さんに似ているからではないかと俺は分析しているが。


遼介さんほどの包容力ある男性になると、そういう揶揄いもさらりと受け入れてそうだしな。

一方で、来海は、スルースキルが不足していて、こうやって都さんに揶揄われて可哀想なことにたまになってしまう。まあそこが可愛いけど!


俺の後ろで、遅れて登場した和泉と翠。

和泉はソファの上で毛布にくるまったお団子状態の姉と母を見比べて、うわと眉をひそめた。


「お母さん、そういうのは僕が付き合ってあげるからお姉ちゃん巻き込むのやめてあげなよ」


なんて姉思いの弟だろうか。いいぞ、和泉。お前こそ弟の中の弟だ。


「あらあ。お母さんは誘ってないわよー?くるちゃんが『今日は観たい気分』って言ったから、大音量で2人で観てただけよう?」

「こうなるの分かってて大音量にしてる時点で、ギルティだぞ都さん……」

「うふふ、つい……だってくるちゃん可愛いんだもの」

「それは激しく同意するが、やめてさしあげろ…」


俺ははあ、と小さく息を吐いて、宮野家のソファに腰を下ろした。

毛布のお団子の近くに俺が片手をつくと、また、ぴくり。

もぞもぞ…と動きを開始して、ソファの端へと移動。しかし、それ以上進めないと分かると、きゅう…と縮こまった。


何だこの生き物。可愛いかよ。

うちで育てちゃ駄目かな。……駄目か。


ダンッッ!!ギギギ!!!

キーコ、キーコ…


テレビからはなかなかに恐怖心が煽られる衝撃音が鳴っていた。俺はこういうホラー映像を見ても平気なのだが、来海がこの画面を今見たら失神してしまいそうな気がした。

テレビ画面には血走った眼球が、張り付いていた。

あと眼球が飛び出したせいで、片方の目が洞穴の女の顔も。ドアップで。


うわ、グロテスク……


俺はリモコンを操作して音量を下げるか、最悪チャンネルを変えようと思ったのだが、それは都さんによってあえなく阻止。リモコンは都さんの胸の中に包まれていた。都さんは体操座りのような姿勢で、リモコンは膝と胸の間。服の上からとは言え、豊満なバストの合間に、リモコンはもはや埋まっていると言っても過言ではない。


おいこら、都さん。大人気ないことをするんじゃない。あと微妙に目のやり場に困ることをしないでくれ。

こっちは、リモコンが欲しいだけなのに!

またぎゅうぎゅうと合間に……いや、わざとだろここまで来ると。


「あらあ?碧ちゃんたら。そんなに熱心に私の胸見ちゃって〜。そうねー、くるちゃんはまだまだ成長途中だものねぇ。都さんの大きいのが気になっちゃうのよねぇ」

「ちげーよ!?リモコンを寄越して欲しいんですよこちとら!」

「あらあらそんなに照れなくても〜。碧ちゃんも大きいのがいいわよねぇ……くるちゃんはその点まだまだものの〜。ねえ、くるちゃん?」


げしげしげし!!と俺の太腿が蹴られた。毛布越しではなく、毛布からにょきっと飛び出した白い美脚が俺の太腿をキックして猛抗議。


「馬鹿馬鹿、碧くんのばかぁ。ちゃんと大きくなるもん……!いつか碧くんが指突っ込めるくらいにさせるもん….!」

「痛い痛い。……何に指を突っ込むのかは聞かないでおくがーーーー」

「胸の谷ーーーー」

「はい待て来海。俺そんな性癖ないからな!?」

「………本当は……?」

「…………」


咄嗟に考えしまった自分が居る。


俺の沈黙を肯定と受け取った来海は「うう…」と小さく泣いて、またげしげし!と太腿を蹴られた。

違うんだ……いや、違うんだ……

ちょっと頭をよぎっただけで、実際にやりたいとかじゃないんだ……!


ていうか、都さんが規格外なだけで、来海もだいぶデ………で………、うんやめようか諸君!

俺はそんな不埒なことは考えてない!決して。


「おい、2人とも。この美魔女からリモコン奪うの手伝ってくれ!」

「ごめん、碧兄ちゃん。これやばい。面白い。さっきあの天井に毛細血管が張り付いてたから、そろそろ…うわぁぁぁぁ、来たぁぁぁ!!!予想通りぃー!すげー!」

「ごめんねお兄ちゃん。私も結構、続き観たい。チャンネルは変えられない……」

「おい!誰か俺に味方しろよ!?こっちには怖がってるお姫様が居るというのに!?」


和泉も、翠も、まったく頼りにならなかった。そういや翠も好きなんだった。このグロテスク。

おのれ。


いつの間にか飛び出していた美脚も毛布の城に帰り、ますますきゅう……と縮こまる可愛い生物。


大丈夫、このグロテスク好きたちと違って俺は味方だ…!


「来海、部屋に行こう?」

「………や、…動けない……毛布と離れたくない……ひゃあ!?うう……やっぱり観なきゃ良かったぁ……」


相変わらず恐怖心メーターを上げてくるテレビの効果音。苦手な人間には、心臓に悪い。来海はガクガクと震えていた。毛布越しでも分かった。


画面に夢中の三人衆。チャンネルを変えてくれる気配はまったくなかった。


「じゃあ、……分かった」

「……ひゃ……ん」


動けないというのなら、これしかなかろう。

俺は毛布にくるまったお姫様を横抱きにして、持ち上げた。彼女の肩と膝裏に腕を入れて、いわゆるお姫様抱っことやらである。


……軽いな。


羽のように、とまではいかないが、それにしても軽い。俺は細すぎるのも心配なんだがな……

もっと食べたらどうだ来海、とか思いつつ。


毛布にくるまってる彼女の顔が見えないのが、ちょっと残念だ。反応見たかった。

毛布をめくりたかったが、それじゃあ本末転倒だしなと自重しておいた。


リビングを離れて、階段を上る。

丁寧にお運びし、よいしょと彼女の部屋のベッドに優しく下ろした。彼女は俺になされるがままだった。


ここまでくればテレビの音は聞こえないだろうと思い、毛布をむきむき。

出てきたのは、目の覚めるような絶世の美少女。

大人になりつつある過渡期で、ますます艶やかさに磨きがかかっている。

しかも、今は俯きがちに顔を赤く染め上げていた。


あれ。

……この子が俺の彼女って、前世の俺はどれだけ徳を積んだのだろうか?


俺は目頭を押さえた。


いや……どう考えてもおかしい。

一周回って、もはや世も末なのかもしれないぞ。


いやはや幼馴染って、すごいな………


俺は毛布を被っていてぐちゃぐちゃになってしまった彼女の髪を整えた。バレンタイン闘争で俺を避けていた来海だったが、俺に撫でられるのはされるがままだった。


「……ああいうホラー系、苦手なんじゃなかったか」

「……きょ、今日は、普通にしてたら色々考えちゃうから、別のことで頭いっぱいにしたくて……」

「……それで失敗した、と」

「地上波の限界を舐めてたの……」

「ふ………」

「む。今笑ったでしょ、碧くん」

「いやー、可愛いなと思って?」

「うう……っ、ご、誤魔化さないでくだはい…」


俺をじいっと見上げながら、ストレートにかけた俺の言葉に照れたのか、その非難は弱めだった。

俺が昔からどれだけ「可愛い」と言っても、まるで慣れる気配がない。普通なら、うんざりするか、「はいはい」と軽く受け流すようになりそうなものだが、来海は未だに照れてくれる。


……や、そういうとこだよ、お前……

ナチュラルに男を殺しにかかってるし、ますます好きにさせられる。

恐るべし、美少女め。


「……ところでさ、来海」

「………うん…?」

「今朝の……『碧くんの彼女じゃない』とかいう不思議な勘違いは解決したかね?」

「………あっ」


俺が尋ねると、来海は今まさに思い出したといったような表情になった。

忘れてたのか。いやまあ、別に忘れてくれてても良かったんだけど。


「あの…碧くん……」

「ん?」


来海は、どこか懇願するように瞳をうるうるとさせながら、俺の服の裾をちょんとつまんだ。


「私……碧くんの彼女、でいいんだよね…?」

「…….っ!」


頭がくらっとした。


ちょ、どこで覚えてくるんだそんな技…!?


やばい、よくない、ベッドの上だし、こんなん俺のスイッチが入りそう、とにかくよくない、落ち着け大倉碧。

落ち着け……


なんとか自分のテンションを落ち着かせて、俺は浅く息を吸った。来海の目を逸らさずに、真っ直ぐと見て、俺は自分の気持ちを伝えた。


「あ、当たり前だろ…告白も指輪も、…き、昨日みたいなのも、来海が好きで、来海が彼女だからだ」

「………っ、き、昨日の、て……」


彼女がぼわぁっと顔を赤らめて、自分の首筋に手を当てた。俺の位置からは見えないけれど、そこに浮かんでいるであろう赤い跡。安心させて欲しいと言った彼女に刻んだ、恋人であるのと…俺の独占欲の証。


「……っ」


俺も昨夜の来海の様子を思い出して、見ていられなくて目線を手元に下げた。

彼女の声も、自分の激しく揺れ動いた感情も、鮮明に思い出してしまって……これは、その、よくない。


心臓に、悪い。


でも、バレンタイン闘争を終結させなくてはならない。やっと恋人同士になれた彼女を、俺は手放してはやれないのだ。


「まだそれでも信じてくれないなら……」

「……な、なら…?」


ええい。ここまで来たらやけくそだ。


「……もっかいやるぞ?それで今夜はとことん分からせる。そんなおかしな勘違い出来なくなるくらい」

「………っ、!?」


彼女は小さく息を吸って、黒目がちの瞳を溢れんばかりに見開いた。ぴくり、とベッドの上で跳ねて、彼女の耳まで赤く染め上げられていく。熱を帯びた彼女の体温を、すぐそばで感じた。


至近距離で、長い縁取りの瞳が俺を見上げた。


「…私、碧くんに、分からせられちゃう……?」


かはっ………!?


な、な……ちょ、

お前は何度俺にカウンター決め込むつもりなんだ!?

いや、言ったのは俺だけど!俺だけど、それは破壊力やばすぎる……。


しかし、ここでやられてはならん…!


俺は暴れかけた自分の脳内に、ぐっとブレーキをかけて、来海に返した。殆ど男の強がりに等しい、微笑みも添えて。彼女を真っ直ぐと見つめ直す。


「………必要そうなら」

「………っ、…ぁ…あう……」

「それともやっぱり、一晩中教え込んだ方が良さそうか?」

「………ひゃん!?わ、分かってる!分かってるからぁ〜!自分の告白が伝わってなかったって知って混乱して、変な解釈ばかりしただけで、ちゃ、ちゃんと分かってるからぁ…っ、」

「そうか。ならよろしい」


ただ混乱していただけらしい。そのついでに、気まずくなって俺を避けていた、というところなんだろう。

うむ。分かってるなら、よろしい。


来海は膝にかかっていた毛布を、きゅう…と握った。それから、がばっ、と毛布を布団代わりに頭から被った。

再びお団子状態である。


お団子の中が、ジタバタと揺らいでいた。生きのいいお団子である。


「う、うう………っ、そのカードは強すぎるよ……碧くんが反則してきたぁ……」

「何を言う。反則してきたのは、来海だ。俺の理性を見事にこてんぱんにしてきやがって。……襲わなかった俺の我慢強さを褒めてほしいくらいだぞ」


本当に。切実に。


俺が後天性の理性の権化じゃなかったら、恋人ではなく幼馴染の時点で、お前襲われてるからな?

こんな美少女にあんな言葉と上目遣いをベッドの上で向けられて、我慢できるの俺くらいだと思うんだが、マジで。


来海は、ぱっ!と布団から顔を出した。

「あのねあのねっ」と何故か瞳が輝いていた。さっき照れ暴れしてたのはどこに行ったのやら。


「…碧くん。あのね、がっ、我慢する必要なんてないと思うの……!たまには、強引な碧くんも見てみたいなあって私つねづね思ーーーー」

「ほう。やっぱり朝までベッドの上で俺に教え込まれるのをご所望かねお姫様は?」

「ひゃあん!?耳元らめ!あと、明日学校行けなくなっちゃうから、それは駄目ぇ…っ!私がふにゃふにゃになって溶けちゃうぅ…!」


おや。流石に分かってたか。

俺がそういう意味で言っているのでは、ないのは。


「くく、耳元でいくらでも愛を囁きまくってやる」

「違うもんー!私は余裕な碧くんじゃなくて、私にやられて余裕なくなってる可愛いカッコいい碧くんに強引にやられたいの………っ!私がやられるんじゃなくて、私が碧くん可愛いがるの……!」

「悪いな。俺は来海を可愛いがるのが嗜好だから、逆はない。あと、再三言ってるが…強引に、とかありません。俺はちゃんと来海の意思を大切にしたいの」

「碧くんの紳士ー!紳士のお馬鹿さんー!理性の権化をやめさせたい!碧くんのガードをゆるゆるにしたいです!でもそういうとこが好き…!」

「ありがとう、俺も好き」


俺がそう返すと、来海はまた毛布の城に帰って行った。自分から言ったのに、照れたらしい。


うん。紳士なことで感謝されるこそすれ、嘆かれることなどあるだろうか……。

来海の嗜好を形作ってしまった少女漫画よ、恐るべし……。俺は来海の持ってる少女漫画の帯が「ドS」とか「俺様」とか書かれてあったのを、前に見てしまったが、ちなみに見なかったことにしている。



無理だ、シャイボーイには。



……そのうち、本当に要求されたらどうしよう。


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