真犯人はあの人……
「お姉ちゃんの部屋のクッキー缶に入れたの僕じゃないよ。そもそも、クッキー缶って、どれのこと?」
「「え?」」
俺と翠の声が重なった。
バレンタイン闘争の真犯人を追い詰めたつもりだった俺は特に呆然とした。
しーん。気まずい沈黙が訪れた。
ど、どういうことだってばよ!?
「じゃあ、何で来海のメッセージカードは、あのクッキー缶の中に?」
「それは分からないけど……ていうか、ちょっと待って」
和泉は、ストップをかけた。俺の何倍も困惑した顔を浮かべている。何だ何だ?と思っていると、和泉は口を開いた。
「僕、お姉ちゃんに聞いたよ。バレンタインデー当日に碧兄ちゃんとのデートから帰って来て、お姉ちゃん開口一番に、僕に碧兄ちゃんと付き合い出した報告してきたよ?いつものお姉ちゃんならそんなことしないような気もするけど…そうとう嬉しかったんだろうね」
弟に俺と付き合い出した報告をする来海。
はい可愛い。
はしゃいでる姿が容易に浮かんだ。
それがどうかしたのかーーーーーー、って。
あ。
「僕、お姉ちゃんの口から聞いたよ?お姉ちゃん、バレンタインに自分から告白したって……」
「ウ、ウン……ソウナンダヨ」
「告白の言葉が書かれたメッセージカード……僕はてっきりお姉ちゃんは自分の言葉だけで告白したと思ってたんだけど。…もしかして、お姉ちゃんはそのカードを使って告白をしたの?でもそのカードは碧兄ちゃんの手元に渡ってない……え!?ま、まさか……」
「ヤメヨウ、イズミクン。キミマデ、キヅクヒツヨウハナイヨ、アハハ」
俺は、もう遠い目をしていた。
そうだった……この弟には言ってなかったんだった。
ああ、バレちゃったよ……墓穴掘ったわ完全に。
和泉は確信めいた瞳で、テーブルに両手をついた。どんと、身を乗り出した。
「碧兄ちゃん!まさか、まさか、まさかまさか、お姉ちゃんの告白気付いてなかったーーーーっ!?」
「ああそうですよこんちきしょうぅぅっ!!馬鹿ですよ俺は!ずっと来海に他に彼氏が居ると思ってましたよついこの間まで!」
本当、馬鹿である。
何故気付かなかった。
和泉は、かっと目を見開いた。彼の中で納得のいく記憶があったらしく、ぽん、と手を打った。
「どうりで!だって、僕おかしいと思ってたんだよ!急にお姉ちゃんとの結婚考え直すし、いつもの碧兄ちゃんならうっきうきでお姉ちゃんの部屋に入って、朝も起こすし寝顔も写真撮るのに撮らなかっーーーー」
「はい和泉くん!口を慎みやがれ!妹の前だからマジでやめて!?俺もうこれ以上キモいと言われたくないんだわ!」
恐らくネグリジェに釣られて宮野家にお邪魔した時の朝の話だろう。
とんでもないことを暴露してこようとしてきた和泉の口を慌てて塞ぐ。和泉は、もごもごと暴れていた。
き、聞かれてない、よな。
ちらりと、翠を見る。
我が妹、翠がぼそりと呟いた。
「キモい……犯罪者……盗撮……」
「おい聞かれてた!…やっ、ち、違う、来海にはちゃんと許可取ってる!」
寛容で天使な来海は、幼馴染時代から俺のそんなアホなところを受け入れてくれていた。優しすぎる。俺の友人とか、彼女にすっぴん見せてと言っただけでボコられたらしいのに。
それに、どうせ俺のスマホも来海が見れるので、隠し事はない。ただ来海が気に入らなかった自分の寝顔の写真は消去されてしまって、俺が嘆くまでがセットだけど。
まあ、パソコンにそのデータは移してるんだけどね!
………パソコンだけが、俺の最後の砦なんだ。やめてくれ諸君。絶対来海にバラすな。来海にドン引かれるレベルで、好きすぎてやばい秘密ばかりあるが、絶対にバラすなよ諸君。
俺から解放された和泉が、くはぁ、と息を吐き出した。すっかり青ざめた顔で、和泉は呟いた。
「………碧兄ちゃん」
「おん?」
「ごめんなさいーーーーっ!!!!僕は盛大にやらかしてました!たった今己の罪を自覚しました!」
「はあ!?どういうことだ!?」
この変わり身。さっきまで無罪を主張していたこの少年が、何故か突然自分の罪を告白してきた!
一体、何が彼を変えたのか……?
「………その、クッキー缶のことは、本当に僕じゃないし、知らないんだけどね……えっと…」
「言いたまえ、和泉くん。ゲロってスッキリするんじゃ」
「くっ、…じ、実は………実は……」
和泉は葛藤に満ちた表情。
そして、頭をがばっ!と下げて、綺麗な45度の姿勢で腰を折った。
お手本のような謝罪ポーズ。
「翠ちゃんに貰った後、僕あのカードに気付いてたんだ!箱の底から出てきて、『碧くんへ』って書いてたし、お姉ちゃんの筆跡だったから、お姉ちゃんから碧兄ちゃん宛てだって、一目で分かった!」
「な、何だとーっ!?」
や、やっぱり和泉の奴!カードの存在は、気付いてたのか!おおい、ギルティだぞ!結構ギルティだからな!?
「それで…僕、お姉ちゃんの部屋の机の上に置いておいたんだ、こっそり」
「こっそりはいかんじゃろ!その"こっそり"のせいで俺は約3週間ほど心臓に負担のかかる生活を送らされたぞー!?」
「うう、ごめんなさい!でも言い訳させてください!」
「何だい、言ってみたまえ和泉くん!」
和泉は、申し訳なさそうに眉を下げた。
母親譲りで儚げな雰囲気の美少年が、そういう表情をすると、一層憂いを帯びた様子を感じさせた。
何かこっちの方が申し訳なくなってくるのは、何故だろう。こんにゃろ。美人は得である。
「あのさ、うちのお姉ちゃんは結構な恥ずかしがり屋なんです……」
「何だ急に弟マウントか?俺も知ってるし!」
「碧兄ちゃん、今そういうのいいから」
「すみません」
良くないね、俺。すぐ道化に走ってしまう。
シリアス苦手なんで、すまん。
「そんな姉が、弟に好きな人への告白の言葉が書かれたメッセージカードを見られたって知ったら、どんな気分だと思う……?」
「…………」
「直接指摘するのは、なおのことダメージデカいと思ったんだよ……だからね、僕はこっそり姉の机の上に置いたんです……」
「………うむ」
俺は、和泉の肩にぼんと手を置いた。笑顔を浮かべた。そうだな……
「お前は賢明だった。義弟よ」
「…だよね」
確かに、来海が顔から火を出してしまいそうな案件である。弟に恋愛事情知られるのは、抵抗あるみたいだしな来海は。
「それに、碧兄ちゃんとは恋人同士になったって聞いてたから……。僕が翠ちゃんからバレンタインチョコを貰う前にそれを聞いてたから。僕的には、そのカードがそんなにも重要なものだって、知らなかったんだ。それもあって、机にこっそり置いておけばいいかなって……」
「なるほど……」
先に来海から俺と付き合い出した旨の報告を受けていた和泉は、後からそのカードを発見した時に、そのカードがなかったせいで俺と来海との間にすれ違いが起こっているなど、知らないで。
それより姉のメンタル保全のために、机にこっそり置いておくという判断をしたーーーー、それが一連の流れらしい。
「本当にごめんなさい、碧兄ちゃん!僕のせいで、そんなにすれ違いさせてたなんて…!」
「いや、まあ…お前のせいじゃないよ。偶然とタイミングがあまりに重なりすぎてしまっただけだ。こっちこそ、クッキー缶の真犯人とか疑ってごめんな……」
「いやいや、それこそ疑われても仕方ないよ」
すごい。各々の行動と思考が悪い意味で上手いことハマってしまい、かのバレンタイン闘争は起きてしまったのだ。
なんてこった。
ここまで黙っていた翠が、すると口を開いた。
「………でも、ちょっと待って。私が和泉にカードの入った箱を渡して、和泉がカードを取り出して来海ちゃんの机の上に置いた。…じゃあ、クッキー缶にそのカードを入れたのは、一体誰?」
結論、行き着くのはそこである。
「…………翠」
「…………翠ちゃん」
俺と、和泉が、それぞれ翠の肩に片方ずつ手を置いた。俺たちが神妙な顔で頷くと、翠はえ?と交互に俺たちに視線を送った。
「え?もしかして、2人は分かってるの」
「ああ」「うん」
寧ろ、翠よりも和泉よりも、一番納得の出来る真犯人である。
何故気付かなかったんだと今では思うくらいだ。
あのお方しか、いまい。
首を傾げている妹をよそに、目線を合わせた俺と和泉はツーカー。そして、じゃんけんした。
俺がパーで、和泉がチョキ。
くそう、負けた。
俺は負けを受け入れ、スマホでその真犯人に、電話を掛けた。
プル、プル、プルルル…とコール音が続いた後、電話口の相手が通話を開始した。
『はーい。あらあ、碧ちゃん?どうしたのかしら?』
「夜分遅くにすみません。ーーー都さん」
宮野家の母。つまり、来海と和泉の母親の都さんに、俺はたった今電話を掛けていた。
のんびりとした緊張感のない声が、聞こえてくる。これはいけない。このお方は、おっとりボイスで会話の主導権を握ってくるタイプの人間なので、用事があるなら最初に伝えなくてはならない。
でなければ、彼女のペースに乗せられる。
「都さん。つかぬことをお尋ねしますが……来海の部屋のクッキー缶に俺宛てのメッセージカードを入れたのは、都さん…ですよね?」
『あらあ?うふふ、遅かったわねぇ。ええ、そうよ』
相変わらずおっとりした声。ゆるーく返事が返ってきた。
それを聞いて、「都さんが!?」と翠は、目をパチクリさせている。
翠にとっては、意外な犯人だったらしい。
「何故クッキー缶に?」
『くるちゃんがそこに碧ちゃんとのお手紙類入れてたの知ってたから、仲間だと思ったのよう。くるちゃんの部屋のお掃除に入ったら、あのカードが床に落ちてたから、寧ろ都さんは拾ってきちんと保管してあげてたのよ?』
なるほど、不幸が続きすぎたなそれは。
風か何かでカードが床に落ちていたから、それを都さんがたまたま拾った。なくならないように、クッキー缶に入れた。
確かに、納得は出来る、が………
さっきの『遅かったわねぇ』という都さんの一言がどうにも引っかかる。
ーーーまるで、俺がいつかその件を都さんに尋ねると予め分かっていたような。
『それより、碧ちゃん。今から、翠ちゃんも連れてうちに来ない?』
「はい?いや、今俺はバレンタイン闘争の話を……」
『心霊特番見てたら、くるちゃんがリビングで毛布かぶってうずくまっちゃったのよ〜。くるちゃんの反応が楽しくて、都さんつい揶揄いすぎちゃって…てへっ』
「おい何やってくれてんだ都さんアンタ!?来海がホラー系全部駄目なの知ってるだろ!?ちょ、今すぐ行きます、ああもう!」
『待ってるわね〜。早くしないと、都さんテレビのボリュームまた上げちゃう♬』
「すぐ行くので、本当にやめてさしあげなさい都さん!とんでもない所業しやがるな本当!?…おい、翠も、和泉も、行くぞ!今から宮野家にゴーだ!」
俺は電話を切って、妹と義弟に呼びかける。
2人とも微妙な顔をしていた。
何、どうした!俺急いでるんだが!?
「…このままうちに居て約束通り22時まで和泉を私の部屋に入れるか、宮野家に行くか……ねえ和泉。どっちがマシ?」
「ひどいなあ翠ちゃん。でも後者にしてくれたら、素敵な予感がするんだ僕は。多分、泊まり……」
「分かった。22時まで私の部屋」
「やった、2人きりだね」
「………っ、やっぱり、宮野家行く!」
「恥ずかしがり屋だなあ、翠ちゃんは……」
「どっちでもいいから早くしろお前らはーっ!?」
俺は靴を履いて、もういいやこの2人はと、玄関を飛び出した。




