嘘つきは誰だ
「ーーだって。あれだろ。和泉が、俺への告白の言葉が書かれた来海からのメッセージカードを、来海の部屋のクッキー缶に入れたんだろ?」
「そう、和泉。私もやらかしてるけど、貴方は、自分でもはからずにも、もっとやらかしてたのよ………」
「はい?」
大倉家に突然呼び出され、『名翠理劇場』に説明のないまま同席させられ、挙げ句ギルティ宣言してきた大倉家の兄妹に、宮野和泉くんはぽかんとしていた。
こりゃあ、往生際が悪いというものだ。
状況証拠は、出揃ってんでい!
和泉は、眉をきゅっと下げた。焦ったように、席を立ち上がった。手をあわあわ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!だから、さっきか何の話をしてるのか説明して欲しいんだけど!?」
「やれやれ。手のかかる弟分だ。仕方ないなこんにゃろう。兄貴が説明してやる」
「は、はあ……」
和泉はしきりに首を傾げながら、納得の行かない様子。目の前の迷える子羊を、導いてやらねばなるまい。むくむくと使命感が湧いてきた。
俺も真実に気付いた者の1人として、『名翠理劇場』の儀礼に従い、顔の前で指を組んだ。深い思案顔。それでいて、真っ直ぐと真実を追求する目。
これで、回転椅子があれば、やはり完璧な探偵ドラマなのに。
ポチろうかな。
「ーー事件のあらましはこうだ。バレンタインの前日。2月13日。この日、来海と翠は、2人でバレンタインチョコ作りをしていた。その際、以前2人で買いに行った同じ箱を、並べてキッチンの上に置いてたんだそうだ。バレンタインチョコを入れる用の」
「は、はあ……」
「ところがどっこい。翠は、友人からの電話で途中離席。既にチョコは…あ、ドーナツか。ドーナツは作り終えていて、後は箱に入れるだけだったそうだ」
「はあ、……あ。ドーナツ、美味しかったよね。僕は翠ちゃんにミルクチョコレートとナッツ掛けのドーナツもらったんだけど、碧兄ちゃんはどうだったの?」
「あー俺か?俺は、来海にビターチョコレート掛けに砂糖漬けのオレンジが散りばめられた本気の一品だった。マジで美味かった」
「ねー、ちょー美味しかった」
和泉がちらりと贈り主の方を見た。
「本人の前でヤメテ」と言わんばかりに、ストレートに褒められて照れたらしい翠が、ペシペシと和泉の腕を叩いた。
そういうのは陰で言って、と恥ずかしがり屋全開である。それでも和泉は気にした風ではないのだから、このツンデレな妹を相手にできる和泉は、上級者だなと思う。
そうだな。ドーナツ美味しかったなあ、また食べたいなあ。
……って、いかん!話が脱線してしまった。おのれい、和泉はかったな。
俺は塩のイチャつきを始めた義弟と妹に、合図代わりに咳払いをした。
「…こほん。話を戻す。それでだ。離席した翠が帰って来ると、並んでいた箱が分かりやすく離されていたらしい。それをしたのは、恐らく来海。そして、翠がどの瞬間でも目撃していないことから、来海がこの、翠の居ない間にカードを箱に入れたのは間違いない。確かに、ドーナツを箱に入れてからカードを入れるよりも、カードを入れてからドーナツを入れたと考えた方がしっくり来るしな」
「はあ……」
ここで俺は、以前の桜井さんとの会話を思い出した。
俺がまだ来海に他に彼氏が居ると勘違いしていた頃。
学校の非常階段で、来海の告白事情を知っている来海の親友の桜井さんに、話を聞いていたのだ。
その際、桜井さんが語った、来海とのバレンタインデー翌日の会話は、以下の通り。
『ちなみに、どんなふうに告白したの?』
『ふふーん。バレンタインチョコの箱の底にメッセージカードを仕込んでおいてね!ーーーーー』
はい、ここで皆様。
来海は「箱の底」と言っている。
だから、順番は
箱の底にカードを入れる→上からドーナツ入れる…
の流れが妥当だと思われる。
来海と翠はドーナツを作り終えた後、包装までやったはずだ。
『箱をキッチンの上に並べていた』という翠の発言から、ドーナツを箱に入れる、その工程まで2人が一緒に居る時にやった、というのは、想像が及ぶ。
その工程までやろうと思っていたから、キッチンの上に箱を並べていたのだ。
うちの妹と解散した後に、来海が、既にドーナツを入れてある箱にカードを入れたとは考えにくい。
底にカードを入れるために、持ち上げてドーナツが崩れるリスクを起こしてまで、来海はカードを後から入れようとするか?否。
だが、来海がカードを箱に入れたのは、ドーナツよりも前でなくてはならない。
よって、翠が離席した時に、来海はカードを箱に入れていたと考えられる。
「何故、来海は箱同士の距離を空けたと思う和泉?」
「ええと……2つが同じ箱だった。そして、お姉ちゃんはそのうちの1つにカードを入れた。でも並んで置いてたら、見分けがつかなくなっちゃうかも。……だから、分かりやすく離して、置いた?」
「ザッツライト!……て、まあ俺も推測の域を出ないんだが。恐らくな」
分かりやすく離しておけば、自分のモノ……カードを入れた方がどちらの箱なのかが、一目で分かる。
そういう心理からだろう。
「ところがーーーー、っていうのは、お前の口から聞かせてくれ翠」
「うん。何があったのか話すね」
この事件の一端となったうちの妹は、こくりと頷いた。協力的に、俺と和泉に説明してくれた。
「………それが……その、私、その時、肘がぶつかって箱を両方とも床に落としちゃったの。キッチンの上の後片付けしようと思って、ぽん、と。マットが敷いてあったから、箱が傷付いたとこはなかったんだけど…」
偶然の産物。意図しない悲劇。
床に落ちた2つの箱。
「ちょうどその時、来海ちゃん…自分の部屋に行ってて。そして、私も、箱のうちの1つにそんな重要なカードが入ってるって、知らなくて。とりあえず、箱を拾って並べたの。ーーーー来海ちゃんがしていた通りに。そのうちに、来海ちゃんが帰ってきて。2人でドーナツの包装して、箱に入れたの」
そして、更にここがまた悲劇である。
翠は生真面目な性格なので、「よく分からないが帰って来たら来海によって離されていた」2つの箱の位置をきちんと再現してしまったのだ。
もし箱の位置がズレていたのなら、来海も気付いたであろう。「あれ?翠ちゃん動かした?」と。
しかし、うちの妹がきちんと再現してしまったばかりに、何の違和感もなく、来海は「カードの入った箱だと思っている方の位置に置いてあった」箱に、俺宛てのドーナツを入れた。
恐らくーーーその時に、箱は入れ替わっていたのだ。
「箱の中って、紙製緩衝材……いわゆるペーパーフィラーが敷き詰められてたんだが、来海はその下にカードを入れたんだと思う。だから、ドーナツ入れる時にも気付かなかったんだろうな……」
「私が『箱さっき落としちゃったの、ごめんなさい』ってその時に言えば良かっただけなのに。そしたら来海ちゃんも確認したよね……ごめんなさいお兄ちゃん……来海ちゃんも……」
「いや、それが正直良かったとは思うが、仕方ないよ。翠も知らなかったわけだしな」
問題は、その後のカードの行方である。
もう、分かっただろうか皆様。
このバレンタインに起きた悲劇の真犯人が一体誰なのかーーーー!
和泉はようやく合点がいったように「あ」と小さく発した。落ち着かないように、鼻に手を当てた。整った鼻梁を、バイオリンの弓の如く、指がすっと撫でた。
おう…ついに自覚したようだな。迷える子羊こと、うちの義弟は。
「その入れ替わった箱に入っていたカードは、翠の手元にあった。そして、それは…バレンタインデーに翠から和泉……お前の手に渡ったはずだ!」
バレンタインデーに、うちの妹がチョコを贈る相手は昔からこの男。和泉である。
つまり、そのカードが入った箱は、和泉の手元に現在あるわけである。
おまけに、ペーパーフィラーの下にあったカードは、何故か来海の部屋のクッキー缶に入れられていた。
これは大問題だぞ、和泉くん?
わざわざペーパーフィラーをどかし。
和泉はカードの存在に気付いた上で、俺にも来海にも黙って、来海の部屋にこっそり入り、クッキー缶の中に入れたのだーーーー!
圧倒的にギルティ!
来海と余計なすれ違いをさせられた日々も含めて、これはギルティ!
俺は席を立ち上がり、両手をついた。
誰かカツ丼とスタンドライトを寄越してくれ!
探偵ドラマは終わりじゃ!ここからは、刑事ドラマでお送りします!
この義弟に、色々と吐かせにゃならん!
「さあ、和泉よ。白状しろ。お前がこのバレンタイン闘争の真犯人ーーーー」
「ちょっと待ってよ、碧兄ちゃん!」
「何だ!?状況証拠は揃ってるんだ!往生際が悪いぞ!観念しろ宮野ーっ!」
「何のキャラ!刑事ドラマの世界に入り込まないで!?てか、言うけどーーーー」
和泉は、不可解そうな表情を浮かべて、かぶりを振った。
「お姉ちゃんの部屋のクッキー缶に入れたの僕じゃないよ。そもそも、クッキー缶って、どれのこと?」
ホワッツ?




