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キス待ち

時間軸的に、第1話の続きです!

そして、舞台は第1話へと、戻るーーーー。


俺は幼馴染に適切な男女の距離感とやらを教えるため、ベッドの端に2人で座っていた。

もう既に適切な距離感じゃないだろお前たち、と思いたいかもしれないが、安心してくれ。

ここから、軌道修正させる。


要は、来海は俺を無害な男と認識しているがゆえに、こんな事態に陥っているのである。

それならば、俺がただの下心ある男だと分かってしまえば、来海は彼氏のためにきちんと俺と距離を置くようになるはずなんだ。


申し訳ない、来海の彼氏。

今だけどうか我慢してほしい。

幼馴染に「分からせる」ために。


その代わり、今後一切、俺は来海と関わらないーーーーーというのは多分俺が精神的に病んでしまうので、遠くから眺めるのは、ちょっと許して頂けると…。


お願いします。

いや、だって無理。

無理なのだ。

冗談抜きに、俺の人生の3分の2は、来海で構成されてしまっている。

来海に甘やかされ、それを覚えてしまっている俺の身体は突然の別れに多分耐えられないだろう。


という、ガバガバすぎる決意で果たしてよいのだろうか。

いや、駄目か……。

………。

……………。

ひ、ひとまず、目下の問題を片付けよう。

俺はちょっと先の未来に目を瞑ることにした。


「来海」

「あ、碧く、ん……」

俺はベッドに片手をついて、来海との距離を縮める。

小さくスプリング音が鳴って、ベッドが沈んだ。


来海との視線が、重なる。

何で、そんな顔してるんだ。

来海の視線は、まるで求めるように俺を見ている。

期待、してるみたいに。

だけど、不安そうにふるふると。

俺が……

俺が、その瞳に弱いって知らないのか馬鹿。


ふと、その頰に手を伸ばしかけている自分に気付いてーーーー俺は、はっとした。

一昨日まで俺があっさりと触れられていた彼女の頰は、もう俺以外の男のものなのだ。

すうっと滑り下りる、なめらかで温かなあの感触を、俺はまだこの手に覚えているのに。


もう、触れられない。


どうして。


どうして俺じゃなかったんだ……。


何で、

俺に告白すらさせてくれなかったんだよ…。


ただの傲慢だ。

ずっとそばにいたからって、成就するわけじゃない。恋なんて、理屈じゃない。


そんなの分かりきっている。


だけど、俺はそう思わずにはいられなかった。



「ちゃんと、抵抗しろよ。今から俺がすること…」

俺の影が、つと彼女の顔に落ちる。


こんなのがあるだろ。

「キスをして、私は今日、貴方の睫毛の長さを知りました」みたいな。

だけどな。

そんなことしなくったって、知ってるんだ。

長い睫毛も、

黒目が大きい瞳も、

綺麗な鼻筋も、

桜色の唇も、俺が一番近くで見てきたんだよ、馬鹿ヤロー……。


何で彼氏なんて作ったんだよ。

何で俺に教えてくれなかったんだよ。


俺は彼女の唇に自分のそれを近付けてーーーー

だけど、もちろん、フリだ。


来海にきちんと、来海自身で俺を拒ませるために。



………なのに、

…………なのに。


来海は、俺を拒まなかった。

代わりに、彼女は目を瞑った。長い睫毛が、下を向く。

まるで、俺を受け入れるように。


おい、何やってんだよ、馬鹿幼馴染。

自分が何してるのか、分かってんのか。


俺はーーーーー



「っ、ん、ふきゅっ!??」

「はは、何してんだ来海ちゃんめ。もしかして、キスされるとでも思ったか?」


来海は、目を開けた。

すっかり驚いた顔をして、自分の頰あたりをちらりと見た。

俺は、彼女が持ってきた筆箱に入っていたボールペンのノック部分で、彼女の頰をつついていた。

つん、と優しく押すが、ボールペン越しには彼女の頰の感触など、伝わって来ない。

それがたまらなく、切なかった。


来海の顔がみるみる紅く染まっていく。

羞恥と、もう1つの感情によって、来海はふらふらとベッドから立ち上がって、俺の前に立った。

「……何で………」

来海は、顔を上げる。

俺は小さく目を見開いた。

彼女の瞳が、潤んでいた。

「私……っ、私は………っ!」


もう1つの感情ーーーーそれは、怒りだった。


来海は、大粒の涙を流す。

ぽろり、ぽろり、と溢れていく雫。

「…っ、最低っ、馬鹿っ!碧くんの馬鹿っ!私の心を弄んで……っ!!」

来海は怒らないわけではないが、こうやって声をあらげることなど、滅多にない。


しかし、今その彼女が、感情をむき出しにしていた。


「来海……?」

「……っ!」


来海の肩が震えた。

来海は、ベッドの上にあったクッションを掴むと、勢いよく俺の顔面に投げつけた。

ぼふん!と俺の顔にクリティカルヒット。

「ぐふ…っ」

「ーーーっ、碧くんなんか、もう知らないっ!!最低!」


彼女は持参していた勉強道具をまとめると、俺の顔も見ずに、部屋を出て行った。

バタン!!とドアが閉められたという拒絶。

彼女が階段を駆け降りる音が、ドア越しに俺の耳に届く。


1人、部屋に残った俺は、ベッドに倒れ込んだ。

彼女が忘れて行った、俺の手に握られていたボールペン。

それをサイドテーブルに、コツン、と置いて、俺は右手で顔を覆う。


……これで、正解のはずなのだ。

キスしようとしてさえ、俺を拒まなかった彼女に、俺を拒ませることが出来たのだから。

最低、くらいの罵りは、甘んじて受け入れよう。


だけど、あれは認めない。

あの言葉は、俺のものだ。


「相手の心弄んでるのは、どっちだよ馬鹿……」




来海が俺を拒まなかった時、俺は咄嗟に間違いを起こそうとしていた。

期待と不安を織り交ぜて、いいよの合図代わりに、来海が瞳を閉じたあの瞬間。


俺は、来海に本気でキスしそうになった。


「馬鹿だよ、ホント……」

どっちが、じゃない。

どっちも、だった。

俺も、来海も。

倫理観が壊れてたのは、多分俺も一緒なのだと、俺は気付いてしまった。












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