迷子の幼女
幼馴染の陽飛が婚約者の金髪ブロンドさんとともに、ロスへ帰るということで見送りにやって来た空港にて。
「ふぇ……っ、まま、ぱぱ、いおちゃ……どこ……」
俺と来海は、迷子の幼女を発見した。
天然パーマなのか、くるくるとカールした茶髪が印象的だった。
生憎と空港の入り口近くで、職員なども居ない。周りは急いでいるスーツの人間ばかりだった。
隅で静かに泣いていたせいで、気付いてやれる人間が居なかったらしい。
俺と来海は互いにしめし合わせるまでもなく、同時にその幼女のもとへ駆け寄っていた。
「大丈夫か?」「迷子?」
俺たちは膝をついて、その幼女の目線に合わせる。まだ幼稚園児くらいの年齢の女の子だ。
「ふぇ……っ」
幼女が驚いたように、俺たちを見た。ひくひく、と上手く言葉が繋がらないながらも、ちっちゃな口を開いてくれた。
「ままと、ぱぱと、いおちゃ、っ、いなーの、」
「ままとぱぱと、いおちゃ…?は分からないけど、ご家族かな来海?」
「うんそうだと思う…!やっぱり迷子、かな」
「ふぇぇぇっ!!」
幼女は再び泣き出した。俺はこうも子供に泣かれたことがなかったので、咄嗟に面食らった。来海も戸惑いつつ、しかし俺よりも落ち着いて、その幼女の背中を優しくさすってあげていた。
大丈夫、大丈夫だよ、と来海は、微笑みを浮かべて優しく声をかける。
母性にあふれた天使対応。来海が母親になった未来線が容易に想像がつく。はあ、早く子供欲しい。
あ、いや何でもない。
俺は、来海にならって優しい微笑みを心がけた。
「……君のお名前は?」
「しあない人、らめって、まま……」
「あ、確かに…知らない人に名前教えるのは駄目か。しっかりしてて、偉いな」
ううむ、困った。じゃあ聞けないか。
インフォーメーションカウンターに連れて行ったら、自分の名前ちゃんと言ってくれるだろうか。空港の迷子って、どういう対応取るのかいまいち分からないが、多分名前伝えて放送とかだと思うから。
「……ええと、確かここから一番近いのインフォーメーションカウンターは……」
来海に幼女を任せて、俺はそばにあった地図の載った案内板に駆け寄る。現在地を確認し、目的の場所を探した。
ううむ、2階に行くか、それとも真反対だが同じ階のカウンターに行くか……
階数は上がるけどそれほど歩かなくて済む上の階のカウンターにしようかと俺が決めたところ、ロビーアナウンスが流れた。
『ーーーご搭乗の最終案内をいたします。沖縄行き、9時50分発、サーフライト299便ご利用のお客様は、搭乗口9番から、ご搭乗くださいーーーーー』
「おきなわ!のの、乗るやつ!」
「「ええ!?」」
幼女の言葉に、俺と来海は驚いて声を上げた。
文脈から察するに、多分「のの」というのはこの子の名前なのだろう。幼稚園児はよく自分のことを自分の名前で呼んでいる印象がある。
それより……もう既に搭乗開始した飛行機に乗る予定だって!?
万が一、ののちゃんのご家族が搭乗手続きを済ませてしまっていたら…!
「く、来海っ、急ごう!ええと、俺たちは搭乗口には入れないから、ひとまずカウンターに!」
「う、うんっ、の、ののちゃん急ごう!」
搭乗口はチェックインを済ませた先にある。俺たちは友人の見送りに来た人間なので、搭乗券などは持っていないので、そこへは行けなかった。
インフォーメーションカウンターに行って、取り次いでもらうしかない。
俺はののちゃんをおんぶして走って行こうと思ったのだがーーーーー
しかし、問題発生!
「ふぇっ、しあない人についてった、らめってまま言ってたぁ……」
「あ、しっかりしちゃってる…!」
ののちゃんは、まったくその場を動く様子がなかった。壁に背をぴたりとくっつけて、俺たちに首を横に振っていた。
偉いし、よく教育されてるし、偉いんだけどね!
っ、くぅ、どうしたらいいんだ!?
搭乗開始のアナウンスのせいで、事態は一刻を争うことが判明してしまった。
沖縄を家族で行くってことは、家族旅行ぽい。判断をミスったら、この子は家族と数日くらい会えないのでは?!
かの有名な映画の、家族旅行に置いてかれた少年みたいなことになるんじゃ!?そして家にこもって好き放題し、悪党を倒すのだ!って、そんな冗談言ってる場合じゃなかった!
「俺、インフォーメーションカウンターに行って係の人に事情を伝えてくる!来海はここで待って、この子のこと、見ててくれないか!?」
「うんもちろん!分かった!」
この子を無理矢理動かすより、ひとまず事情を誰かに説明して、代わりに動いてもらった方がいいだろう。
俺は緊急事態なので、少々マナー違反だったが、人がいないことを確認して、エスカレーターを駆け上がった。2階のインフォーメーションカウンターに急いで向かう。
1階よりも、ややこちらの方が混雑していた。この空港は、2階にチェックインカウンターがあるせいだろう。ぞろぞろと人々が一定方向に収束している。
よし急げ、急げ…!
俺が人の合間をすり抜けて走っていると、すれ違いざまに女子の声が聞こえた。
「のの…!のの、どこー!?」
俺は、振り返った。
俺や来海と同い年くらいの女子だ。あの幼女は天パだったが、この女子はストレートを横結びにしていた。しかし、その茶髪の度合いに見覚えがある。
ののちゃんの呼んでいた順に思い出す。
まま、ぱぱ、いおちゃ……。
あ、この子、もしかして!
俺は、その女子を追いかけて声をかけた。
「"いおちゃ"さんか!?」
「はい!?違います!?」
「え!?違うのか……」
「何ですか!?ナンパですか!?やめてください!」
「いや誤解だ。俺には大事な彼女がいる」
「彼女居るのにサイテー!」
「何でそうなるんだよ」
めちゃくちゃ不審そうな目で見られた。
いや、俺が悪いのかもしれないが。まあ、俺が悪いか。
絶対"いおちゃ"だと思ったんだが……
ののちゃん、確か"いおちゃ"って言ってたよな?
いや、待てよ。子供の言葉は時としてそのまま使っては第三者には理解してもらえない。
ののちゃんはあの時迷子になったパニックで泣いてたし、もしかして正しくないのか?
考えられるとしたら、そうーーーー
「じゃあ…"いお"さんか?」
「や、何で私の名前知ってるんですか?!怖い!?警察呼びますよ!」
「おっけ、当たりか」
「はあ!?」
"いおちゃ"ではなく、"いお"ちゃんだったらしい。
なるほど、1つ勉強になった。
幼い子供の言葉をそのまま第三者に伝えた場合、警察を呼ばれるらしい。気をつけよう。
「落ち着いてくれ。えっと、俺はたった今君の探してるののちゃんという子を、さっき見つけて。インフォーメーションカウンターに向かう途中だったんだ」
「ののがどこ居るか知ってるんですか!?」
「ああ。俺の彼女と今一緒に居るよ。安心してくれ」
「そうですか…良かった…」
いおちゃさん…じゃなかった、いおちゃさん…あ、もういおちゃさんでいいや。
いおちゃさんは、ほっとしたように息を吐いた。
真面目に説明したら、こちらの事情をきちんと分かってくれたらしい。俺が同じくらいの年齢だというのも、彼女にとってプラスに働いたのだろう。
これで俺が成人男性とかだったら、信じてもらえなかった気がする。
俺はスマホを取り出して、来海に電話をかけた。
来海は、ワンコールで出てくれた。流石〜。
「もしもし来海。ののちゃんのご家族に会えたぞ」
『ほんと?!良かったぁ…』
「すぐそっち向かうから、待っててくれ。ちょっとののちゃんに代れるか?ご家族が話したいって」
『うん、分かった!』
俺はいおちゃさんにスマホを渡す。
いおちゃさんは、おずおずとそれを受け取った。
勿論、いおちゃさんをののちゃんのもとへ連れては行くが、また、ナンパだとか、警察呼びますよ、とか言われたらたまらんからな。
先に安心させた方がいいだろう。
「もしもし、のの……?お姉ちゃんだよ」
『いおちゃ…っ!ふぇぇん!いおちゃぁ…!』
「のの、良かった…っ、ごめんね…ごめんね…」
いおちゃさんは、電話口でののちゃんに平謝りしていた。ののちゃんが迷子になったことに責任を感じてた様子だ。いい姉なのだろう。
「うん……分かった…すぐ、そっち行くね…うん」
いおちゃさんはすっかり安心した顔で、通話を終了して、俺にスマホを差し出した。俺が自分のスマホを受け取ると、いおちゃさんが頭を下げた。
「すみません、先ほどは。のの…妹が迷子になったせいで、気が動転してたんです。失礼なことばかり申してしまいました」
「え?いや、俺の方も悪かった。すみません。いきなり声かけられたら、そりゃあびっくりするよな」
良かった…焦った…
ナンパとか警察呼ぶとか言われたんで、どんな人かと思ったら、寧ろいい人そうだった。俺にも非があるというのに、律儀に謝罪してくれるとは。
「じゃあ、ののちゃんのとこ行きましょうか」
「はい…」
俺がそう声をかけると、いおちゃさんの顔が翳った。
どうしたのだろうか?こちら側が与えてしまった不安材料は取り除いたつもりなんだが。
しばらく歩いていると、いおちゃさんの歩がとある店の前で止まった。
……花屋だ。
「すみません。お時間かけないので、何輪かだけ買ってもいいですか?」
「…?どうぞ…?」
「ありがとうございます」
いおちゃさんは、店頭に並んであった花の中から、俺に伝えた通り、何輪か取った。
ピンクのガーベラに、蝶々のようなスイートピー、ポップなエピデンドラム。
いおちゃさんが選んだものは、全体的にピンクが多めの花ばかりだ。
「私、ののにひどいことしちゃったんです」
「ひどいこと?」
「ののが大事にしてたおもちゃのティアラ…ここに来るまでの車の中で、気付かずに……私、踏んづけて…壊してしまったんです」
「ああ…」
何となく、話の先が見えた。
それがののちゃん迷子事件に繋がったんだろう。ののちゃんといおちゃさんは空港に向かう途中の車内で険悪になり……ののちゃんは、1人で家族から離れてしまったのかもしれない。
「あの子、プリセンスとか、お花好きで…だから、せめて代わりに、あげようかなって。お詫びに…」
「うん」
いおちゃさんは花を選び終わって、それをレジへ持って行った。
俺のところに戻ってくると、花は軽く茎だけ整えられて、かなり長いリボンでまとめられていた。
「こんなんじゃ、あのティアラの代わりにはならないけど………」
いおちゃさんは、まるで懺悔するような苦しそうな表情を浮かべた。妹思いの、いい姉なんだろう。
「……じゃあ、作ろう」
「え?」
いおちゃさんが、顔を上げる。
このままわだかまりの残ったまま家族旅行へ行くのは、よろしくない。ののちゃんを喜ばせたいという姉の手助けくらいしてやろうじゃないか。
俺もあの子が泣いている姿をそばで見てしまった身であるし。
「……俺、結構こう見えて器用なんだ」
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全部更新してきたぜ……
この作品は、正直自分の中でも問題作だと思ってるので、「おいおい碧にはついていけないぜ」と思ったら、作者の他の作品も読んでみてくださいな。
合うのが見つかるかもしれません。
まあ、一番はこの作品を、皆様に読み続けてもらえることですが。
それが一番嬉しいです……。
本当にそれが一番嬉しいです……。




