指輪問題
電車に揺られ、空港線の地下鉄に乗り換える。
車内はスーツケースを持った人ばかりで、その分面積をとる。大変混雑していた。
来海に大丈夫か、と尋ねると、うん大丈夫、という可愛らしい微笑みが返ってくる。周りは辟易したくなるすし詰め状態なのに、ここだけ楽園か?
空港の第1ターミナルに到着し、俺と来海は陽飛たちとの約束の時間までまだあるということで、カフェに入った。
窓からは、飛行機が滑走路をパズルのように綺麗に整列している様子が見えた。プロフェッショナルをひしひしと感じた。
テーブルには注文した俺のアイスコーヒーと来海のレモンスカッシュのグラスが、それぞれ運ばれてきた。
来海は、水面を覆うようにして浮かぶ輪切りのレモンをストローで動かして、側面に寄せた。飲みやすくなったらしく、来海がちゅぅ…と吸い上げると、スムーズにストローの中を流れていく。来海は満足そうな顔をした。
何の気なしに、俺は来海の手元に視線が行った。
そして、その白い指に何も無いのが、少し残念に思ってる自分が居るのに気付いた。だが自分でも重いと思ったので、口にしたりはしなかった。
彼氏と分かってから…まだ数日だが……着実に自分の重さが増してて、俺は困った。
いや正確には元々重かったが、もはやそれを自制する理由がないので、このような次第である。
指輪つけてくれないのか、なんて。
な?重いだろ。
「………碧くんがくれた指輪はね」
「……え?」
来海は、俺の視線に気付いていたらしい。ストローをぐるっとグラスの中で一回転させて、俺を見た。
「大事すぎるから……お家でお留守番させてるの」
柔らかく微笑んだ。俺はドキリとして、脈が波打った。
「………気付いてた…?」
「私、碧くんのことなら大体分かるよ?」
「そりゃあ、すごいな……」
「うふふ」
俺の重さなんて、来海の包容力の前には随分と軽くなるらしい。改めて、来海が受け入れてくれて良かったと俺はしみじみと実感させられた。
優しい来海が相手じゃなかったら、この関係は多分成り立ってなかっただろう。
「でもな、心配というか……。男避けにもなるし」
「大丈夫だと思うよ…?代わりに、碧くんが、私のそばに片時も離れず居てくれたらいいんじゃないかなぁ…」
「あ、確かに」
「うふふ」
「あはは」
別に指輪をつけなくたって、俺が隣に居ればいいのか。確かに。来海の言う通りである。
「……それより、私は碧くんに指輪つけてもらいたいくらい!」
「え、何で?」
「心配だもん。碧くん、カッコいいから……」
「大丈夫だ。来海くらいだよ、そんなこと言ってくれるの。ムカつくけど、陽飛と比べてみてくれ。俺なんかその辺の平民だよ」
「……もう、分かってない碧くんたら…!」
むむ、と来海が眉根を寄せた。
ううむ、そうは言ってもな。陽飛という群を抜いた華やかなイケメンを近くで見てきたばかりに、とてもそうは思えない。
確かに、父さんも母さんも美形だから、悪くはない方だけど。
でもアレだ。顔だけで女子に来られるような顔ではないので、来海の心配は杞憂だぞ?
「……むむ……」
「それなら来海も俺のそばに四六時中居てくれればいいんじゃないか?」
「あ、確かに…!」
「あはは」
「うふふ」
悩みは無事に解決したので、俺たちは笑い合った。
何故か会話を聞いていた隣のカップルにぎょっとされたが、気のせいだろう。
そろそろ移動しようかということで、俺たちはカフェを出た。
陽飛たちとの待ち合わせ場所であるチェックインカウンターに向かおうと、空港の中を歩いていたところーーーー、
「ふぇ……っ、まま、ぱぱ、いおちゃ……どこ……」
広い空港内の隅で、迷子の幼女が泣いていた。




