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間話 大倉家結婚秘話

碧の父親と母親の過去編です。

第二章で触れた、碧の父親の酒の失敗をここに晒す。

じゅぅぅぅ……鉄板の上で、煙が上がった。

西俣(あい)は、ちらりと対面に座っている男を見た。藍のリクエストでこのもんじゃ焼きの店に付き合ってくれたこの男は、黙々と鉄板の管理をしてくれていた。


ーーーー大倉柊色(ひいろ)


彼は、綺麗な造形だが、恐ろしいほど表情が欠落していた。高校時代から付き合って、4年。


喜怒哀楽のうち、2つくらいはようやく分かるようになった。これでもこの朴念仁相手には、快挙なのである。


「……ごめんね、今日は付き合わせちゃって…」

「何で謝るんだ?」

「ひーくん、最近大学の研究もバイトも忙しそうにしてるから……。えっと、別にいいんだよ?無理して時間つくってくれなくても」

「………俺が来たいから、来てる」


ーーーーー本当かな。


その割には、感情もこもってなさそうな声色だった。藍は曖昧な笑顔を浮かべて、もんじゃをひとかけら箸で摘んで、ひょいと口に放った。


昔はまったく気にならなかった。


告白したのも藍からで、初めてキスしたのも藍からだった。柊色は、嫌なら嫌という性格だ。特に拒みもせずにそれらを受け入れてくれることに、藍は何だか特別感を感じて、かつては悶絶しながら喜んでいた。


寡黙で綺麗な顔をした柊色は、他の同級生の男子たちとは違い、余裕のある男に見えた。それでまたドキリとさせられ、藍は完全に沼っていた。


でも違うな、と大学生になった藍は思う。


余裕があるとかじゃなくて、私に興味ないなこの人。


別に藍は柊色にないがしろにされた覚えはないし、寧ろ柊色はマメな男だとは、思う。

連絡はこまめに返してくれるし、藍がこの恋人関係に対して卑屈になっている時には、きちんとさきほどのように言葉で伝えて、暗に大丈夫だと言ってくれる。

意外なことに、人の機微には聡い男だった。


実はタラシだな、と藍は溜め息を吐いた。

高校時代、彼の良さに気付いていたのは少数派だが、それでも藍の他に何人か居たのは知ってる。

藍の他にも告白してきた女子はいたのだ。

だから自分を選んでくれて嬉しかったのに、自分が選ばれた実感を湧かせてくれないのが、この男の酷いところだった。


思えば、一回も好きだと言われたことがない。


何で私だったんだろ。


柊色のスタンスは一貫している。それに対して考えが変わってしまったのは、藍の方だ。

いつからか、その熱量の差に、自分は疲れてしまった。一緒に居ると、「何考えてるんだろこの人」で思考が埋まってしまうことに、嫌気がさしてきたのだ。


分かる努力をした。歩み寄ろうと思った。


でも多分、自分じゃ無理だなあと、つと思う。


………分かりたかったな……


まるで過去みたいに柊色のことを考えている自分に、藍はああ…と気付いた。


別れるって、選択肢もあるんだった……


今まで浮かんだことのない選択肢に、藍は驚きつつも、何となく…そこまで抵抗がなかった。


柊色への想いが尽きたわけではない。

ただ……ずっと、こうも一方的だと、思ってしまう。

片想いしてた頃と変わらないな、と。


寧ろ、距離の近い分、付き合っている状態の方が色々とこたえる。苦しいのだ。もう少しくらい、興味持ってくれたらいいのにと、藍は心の中で柊色に八つ当たりをした。


何を察したのか柊色は、珍しく自分から口を開いた。


「……今年は、藍は帰省するのか?」

「…うん」


2人は地元から揃って上京していた。このシーズンは自然とその話になる。


「………前に藍が言ってたことなんだが、結局アレは……」

「………ああ……うん……」


高校の時から藍の両親と柊色は面識があった。一度、西俣家の夕食の席に柊色を招いたことがある。

その時から藍の両親は、真面目そうで顔の良い柊色を大層気に入っていた。


彼らは、帰省の度に「柊色くんも来てくれたら」と、娘の藍に言っていた。

2人とも同じ地元なんだから、とよくぼやく。


しかし、柊色の親は海外住みであり、高校時代に柊色は叔父の管理するマンションで暮らしていた。正確には、柊色にとっては、そこは地元ではないのである。


柊色に付き合わせるのも悪いと思った藍は、今まで柊色にそのことを伝えていなかったのだが、いよいよ両親の催促がうるさくなってきたので、今回の帰省に柊色に同行してもらえるよう、前に頼んでいた。


「………日程決まったら……」

「………あ、えっと……」


藍は、誤魔化すように笑った。


「や、やっぱりひーくんに付き合わせるのは、悪いから………えっと、大丈夫……」

「………暇してるぞ、俺は」

「それは……だいぶ、嘘じゃん…」


仏頂面を変えずにおかしな冗談を言う柊色に、藍は苦笑する。ぎこちない空気に耐えかねて、藍はそっと視線を伏せた。


「……………」

「……………」


がやがやとした店内の雰囲気にそぐわない沈黙が、ふとおりる。


実家への挨拶、というのが、恐らく2人の共通認識だった。それを誘っておいていきなり藍が反故にする意味。

柊色は、それを察したのだろう。


失敗したな、と藍は思った。

自分の悪い癖で、すぐに物事に白黒つけてしまう。

つい1週間くらい前までは、「実家に来て!」と柊色に懇願してたくせに、こうも態度を変えてしまっては柊色が不信感を抱くのは当然だった。


「…………」

「…………」

「…………お…おかわり頼もっかな!なっ、何かひーくんも追加する?」

「……………(なま)の大」

「め、珍しいね?!おっけー………」


柊色はほとんど酒は飲まない。飲んでもせいぜい一杯だ。反対に、藍は好奇心で色んな酒を試すので、よく家で潰れてる。大体柊色に介抱されてる覚えしかなかった。


藍も烏龍茶を追加することにして、店員を呼んだ。

注文すると、すぐに藍の烏龍茶と柊色の頼んだビールが通された。


柊色は厚みのあるガラスの持ち手を掴むと、ジョッキに並々と注がれた酒を、一気にあおぐ。

ごくごくと、彼の喉仏が音を鳴らした。


藍は、非常に驚いた。

この人、こんなに飲めたんだ、と。


カタン、とすっかり空になったジョッキを、柊色はテーブルに置く。


「あ、危ないよ。そんなイッキ飲みしたら」

「………ん、おかわり」

「ええ?!」


確かに言われてみれば、柊色は、顔色1つ変わってない。

まだまだいけそうではあるが……。


柊色が黙って手を上げると、さっきとはまた違った店員が注文を取りに来た。

柊色は、さきほどと同じ酒をオーダーした。


これもまたすぐにテーブルへ運ばれた。柊色は、同じ動作を繰り返し、勢いよくジョッキの中身を飲み干した。


「だ、大丈夫…?」

「ん………」

「…おーい、ひーくん?もしもーし〜」

「…………酔った」

「酔ったんだ」


自己申告してくる酔っ払いは初めてだった。

顔色こそ変わっていないが、確かにテーブルに突っ伏したまま、起き上がってこない。

普段酒を飲まないくせに、柊色は一体いきなりどうしたのか。


「もう、急に飲むから……大丈夫?気持ち悪くない?」

「……寝たい………」

「ひーくん、ここで寝ちゃ駄目だから!瞼っ、瞼閉じてる…!!」


テーブルから身を乗り出して、藍は柊色の肩をゆすった。ん……と色っぽい声が、彼から漏れ出る。長い睫毛を伏せた寝顔は、飾らない高貴な雰囲気を身に纏っていた。


良かったこの人酒飲まない人で…、と藍は溜め息を吐いた。


酒の場に行かせたら女子にやられそう。


仕方がないので、柊色を観察しながら、藍は残りのもんじゃを片付けた。美味い。柊色が全て焼いてくれたものである。

出来ないことないのか、この男。


しばらく待ってると、むくっと柊色が起き上がった。

まだ半覚醒の状態で、うつらうつらしている。

眠たそうに目をこすった。


「ベッド……」

「……ちゃんと自分の足で歩いてね〜」

「んん………」


身長の高い柊色を支え切れる自信がまったくないので、予防線を張っておく。柊色はテーブルの上の料理がすっかりなくなったタイミングで席を立ち、ふらふらとお会計に向かった。


こんな時まで無駄にしっかりしてるんだから、と藍はバッグを手に持って、椅子を元の位置に戻して席を立つ。

柊色の広い背中に手を添えて、代わりにお会計を済ませた。その際に、レジのバイトの女の子が、柊色を見て途端に挙動不審になったのは、いただけない。

藍は、イラっとした。この女子と、柊色と、どっちに?どっちにもだ。

酔ったせいでいつもの近寄りがたいオーラが消えてしまっている柊色。これではただの話しかけやすいイケメンだ。


完全に自己都合だが、藍は柊色を引っ張って急いで店を出た。柊色は、相変わらず眠気に襲われてるらしい。足取りがおぼつかないので、隣で見ていてハラハラした。


柊色の住んでいるマンションへは、ここからそう遠くない。あのもんじゃ焼きの店を選んだのは藍なので、当たり前だった。この男は自分から彼女を家に呼ぶという発想がまるでない。仕方がなく、藍は柊色の部屋に向かう理由づけのため、敢えて物理的距離の近い店を選んでいた。


マンションのエントランスを抜けて、柊色の部屋の前までたどり着く。柊色の鞄の中から鍵を取り出すと、ガチャリ、と回して開錠した。

合鍵くらいくれてもいいじゃん、と藍は大学の入りたてからの不満を今日も心の中で愚痴った。


中に入ると、柊色はよろけながらリビングに向かった。コートを脱いでハンガーに掛け、手を洗いに洗面所へ向かう。こんなときでも帰宅後のルーティンはしっかりしていた。染み付いているからだろう。


しかし、いつもと違うところを挙げるとするのならば、コートが床に落ちてハンガーがぷらんぷらんと振り子のように揺れているのと、あと洗面所でなくキッチンのシンクの水を流して手を洗っている。

全然顔に出ないせいで分かりにくいが、やはり完全に柊色は酔っていた。


柊色はそのルーティンを消化すると、部屋の中のベッドに行き、頭から倒れ込んだ。


これは今日はナシかと、藍は落胆した。1週間ぶりに会う彼女が居ながら、眠気をとった柊色に若干イライラしていた。親友の都なんて、彼氏の遼介と同棲して毎日イチャイチャしてるのに。前に夜の頻度を聞かされた時は、びっくりした。都がリード上手な女だとしても、遼介もまるきり任せているわけではないだろう。


羨ましい、と藍は思った。

こっちなんて相手にもされないのに。

淡白そうな顔されるのに。


「…………だからうちの親にも紹介できないんじゃん」


もう寝てるだろうと思って、藍はそこそこの声量で言った。自分のやらせなさと苛立ちを少しでも解消したくて、つい口に出した。でも所詮は、眠っている者への言葉。反応のない言葉に、自分は何をやってるんだろうと、溜め息を吐いた。


一緒に居ても、将来が見えない。

一緒に居てくれる理由が分からないから、いつも心のどこかで不安にさせられる。

いつ、最後の興味を尽かされるのかと、怖くてたまらない。


もういいや、と思って、藍は部屋を出て行こうとした。柊色の前で、そんな女の一面を見せたくない。面倒か面倒でないかが行動の指針の彼に、自分の面倒くさい女の部分を、見せたくない。自分は自由人で、物事にこだわらないことにしてるのだから。


「…………藍」


背を向けたところで、柊色が自分を呼んだ。

起きてたのだろうか。だとしたら、さっきの藍の言葉も聞かれてしまったかもしれない。


でも、もういいや、と藍は思った。

2人の恋愛観が合わないのは、自明のことだった。趣味も共有できて、普段の価値観がどんなに合っても、恋愛のスタイルが合わないのだから、もう無理だ。

淡白な柊色に付き合っていたが、藍は恋人には特別感を求めたいタイプであり、こまめに愛を囁いてくれる男が理想なのだ。不安にさせられる要素さえつくらない、自分が自信を持って相手に愛されてると実感できる相手。


「………藍」


気付けば、柊色に背後から抱きしめられていた。いつもと違い、抱きつくようにして強い力で藍の肩に腕を回していた。


藍は、ドキリとしてしまった。こんな熱烈なハグをこの男にかつてされたことがあっただろうか。まるで自分の存在を確かめるように、ぎゅうぎゅうと抱きしめていた。

心臓がいやに速かった。


ぼそり、と柊色が呟く。

「……てないでくれ」

「………え?」

「………捨てないでくれ……っ!俺のこと、捨てないで!藍が居なくなったら、俺はもう生きていけない!駄目なところ直すから、頼むからっ、別れるとか言わないでくれ……っ!」

「…………え?」


柊色はべそべそ泣いていた。喜怒哀楽の3つ目を、交際4年にして、初めて見つけた。


藍は、目を瞬かせた。それから、自分の頰をつねった。もしかしたら自分の妄想かと疑ったが、きちんと痛かった。

現実だった。


………。


「ええええええええ!??」


「嫌だぁ…、嫌だ……、藍と別れたくない……親に紹介したいって言うから大丈夫だと思ったのに…何で?俺なんかしたか?なんかがっつきすぎてキモかった?」


「いや、がっついたこと一回もなくない!?いつも貴方、めちゃくちゃあっさりしてますけど!?」


「何か俺、藍の前でニヤニヤしてた?つい抑えきれなくて……たまに鏡見て俺も自分にドン引きしてる」


「ひーくんがニヤニヤしてしてるところなんて、一回も見たことないですけどぉっ!?てか、何の話!?笑えたの!?」


「当たり前だろ!藍が居てくれるだけで、もう毎日ワンダフルビューティーホーハッピーデイだぞ!!俺は藍がこの世に生まれてきてくれた感謝で毎日むせび泣いてる……!ありがとう神!これは神の領域でしか創造できない美女だから、神の存在を信じてる!藍が今日も可愛くて可愛くてたまらないよぉーーー!!」


「えええええー!???ひーくん、キャラ変わってない!?誰ぇっ!?」


藍は、目を白黒させた。驚きのあまり、柊色のホールドの中でジタバタして、仰け反った。しかしそれを抜け出そうと思ってるように見えたのか、柊色はますます藍を力強く抱きしめた。


ずずずずず…と後方のベッドの方へと抱きしめられたまま引き摺られ、藍は柊色に押し倒された。

藍を真っ直ぐに見つめて、熱の帯びた視線を寄越す柊色。

その熱烈さに、藍の心臓はさらに跳ねた。


「……抱き潰していい?」


「だ……っ!?つ、つぶ……っ!?え、ええ!?私、やっぱ妄想の世界に入ってる…?…って、痛ーい!ほっぺたつねったけど痛ーい…!これ、現実のひーくんなの…!?嘘でしょ!?」


「次の日大学行けないの可哀想だと思って、いつも頑張って我慢してたんだけど……いい?いいよな?藍が足りなくて俺死にそう、いや死ぬ」


「どういうことーーっ!?次の日大学行けないって、何ごとーーっ!?ひーくんは何するつもりなの!?これ本当にひーくん!?いつもこういう時そっけないひーくんはいずこへ……っ!?」


「ごめん、今日手加減出来ないかも………好き…藍のことの好きすぎて、頭どうにかなりそう。久しぶりに藍と会ったから動悸も激しくて今日一日呼吸するのキツかったぁ…藍はどうしてこんなに可愛いんだろ…」


「へはぁ……!?」


ぶわぁっ…と自分の顔が熱くなっていくのを、藍は感じた。柊色はいたって普通の表情だが、なにぶん吐いてくる言葉の糖度が高すぎた。


「……藍……」

「んむ……!?」


有無を言わさず、柊色に唇を奪われる。ちょっと酒気を帯びたそのキスが、新しい記憶として鮮烈に藍の中に刻み込まれていった。じっくりと溶かされていくような、その強引ながら丁寧な心地に、藍は溺れた。


「藍……好きだ。出会った時から、ずっと…藍しか居ない…」


ーーーーズルい、と。


こんなの、反則だ。


どうやっても、もう……


こんな幸せを…ずっと欲しかったものを、与えられたら、もう。


離れたくない、と藍は思ってしまった。






******


柊色は、頭を抱えた。


「…………」

「おはよ〜、ひーくん♡」


隣の美女が、それはもうそれはもうニッコニコで、柊色を見上げていた。

昨夜の自分について、言い逃れのしようがない状況だった。


「………てくれ……」

「んんー?なーにぃ〜?」


にやにやにや。


発言の主導権をただいま、どちらが握っているのか確信している藍は、揶揄うような笑みを柊色に向けていた。元々、高校の出会いたての頃は、そういう関係だった。自由人の藍に揶揄われ、柊色がそっけなく流すのが、平生だった。


久しぶりに彼女は、ネタを見つけて、揶揄いの女王と復活したというところだろう。


柊色は、ますます頭を抱えた。


酒に酔ってまともな判断力を失っていた昨夜の自分の言動を思い出す。どうして酒に弱いくせに、こうもはっきり覚えてしまっているのか。


「…忘れてくれ。昨日の俺のことは、頼むから忘れてくれ……っ!」

「やだ♡」

「忘れろ」

「いーやっ!」

「忘れろ」


必死な柊色に、藍は笑い飛ばした。


「ふふふっ、忘れるわけないじゃーん。私、嬉しかったんだもん。ひーくんさ、ちゃんと私のこと好きだったんだね。……ああ、良かった……」


藍はベッドにごろんと寝返って、天井を見上げた。

その表情は、嬉しそうだった。それが柊色にとって、意外だった。

思わず、尋ねる。


「………重くないか」

「え?何が?」

「俺は……その、今まで藍には隠してたが……だいぶ重い部類だと思ってる」

「………ああ……うんとね…。…かもね……」


藍は苦笑した。

だろうな、と柊色は、溜め息を吐いた。

だから隠していたのに。

相手が重いから別れた、なんて、高校時代に友人からよく聞く話だった。それが原因で藍を疲れさせて、別れたくなかった。


友人の遼介はよくそれを隠さないな、と呆れ半分、尊敬の念半分の気持ちで見ている。相手の彼女も重いから、あの幼馴染たちは成り立っているんだろうが。


「………えっと、ひーくん。言っとくけどね、私ね、彼氏は重ければ重い方が好きなの」

「え」


柊色にとっては、まさかのカミングアウトだった。

てっきり藍は、自分の寡黙でクールなところが好きなのかと思っていたのだ。告白の時もそう言われてある。

もちろん普段の大抵の物事に無関心な自分は、元来の性格ではある。しかし、藍のことに関しては、感情の種類が違ってくる。


「………そうなのか」

「うん、そう!だから、ひーくんは、私にもっと好き好き言ってくれればいーの!」

「それは………」


柊色は、短く答えた。


「やだ」

「何で!?」

「……あんまりやるといたたまれないので」

「ええーっ!!」


アホみたいな自分は、あまり好きではない。藍に幻滅されたくないし、とにかく自分のあのデレようが知られてるのが、恥ずかしかった。

可能なら、藍に見せたいものではない。


「………まあ、だから……我慢できなくなったら、たまに、な」

「我慢する必要がどこにあるのーっ!?」

「いや、恥ずかしいし」

「えええ…」


藍はつまらなそうな顔をした。

そんな顔をしなくても、その我慢できるラインが低いので、すぐに次の機会が来る自信はあるのだが……柊色は、黙っておこうと思った。わざわざ伝えなくても後日には分かることだ。


「まあ、それはそうと………」


藍は、困ったように笑った。


「今日はちょっと、大学は自主休講かなぁ……」


柊色は大変、決まりが悪かった。

そっぽを向いて、バツの悪そうな表情を浮かべた。


「…………すまん」




******



ーーーーーーそれから、2人は結婚し、家族がもう1人増えていた。

生まれたてだが毛量が多く、母親の胎内に居たと思えない綺麗にすっと通った鼻筋の男の子だった。


「ねえ、ひーくんにそっくりでさ、女の子に重かったらどうする?」

「……よしてくれ。そんなところが似たら笑えん」


嫌そうな顔をする柊色に、藍はおかしそうにくすくすと笑った。

この時、あくまでこれは2人にとって冗談の範疇だった。


よもや、この息子が父親を超える重さ……周囲にオープンすぎる愛を幼馴染にばら撒くような男へと成長するなどとは、この時は知る由もなかった。




この父親にして、あの主人公あり。


さて、次回から、第三章突入ーーー。

『混沌とバレンタイン闘争編』

見てもらえると大変嬉しいでございます。

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