真実隠すは、最善の道か
来海の誕生日の翌日。
俺は金髪ブロンドさんの屋敷を訪れていた。
来海は今日は強豪の私立と合同練習会らしい。外部生も見れるようだったので、袴姿の来海ちゃんを拝みたかったが、泣く泣く断念した。
陽飛は、明日には日本を発つとのことだったので、そちらを優先せざるを得なかったのだ。
俺は、今日のうちに直接話をしておきたいことが山ほどあった。
幸いにも、事前に一報入れていたので、すぐに屋敷の中へと通してもらえた。
相変わらずお城みたいな、豪華絢爛な空間である。
このよく分からない謎の置物は、果たしていくらするんだろうな……
廊下に点々と置かれたオブジェの額を予想して平民の俺はビビりつつ、案内された部屋へと辿り着いた。
「やあ…おはよう、アオ」
「おう、お、おはよう……?」
部屋の中のソファに腰掛けて俺を待っていた陽飛の顔は、げっそりしていた。
珍しいな、コイツが疲れてるなんて。
たいていは何でもこなせる陽飛にとって、疲れる、なんて経験はあまりないんだが。
俺は向かいのソファに腰を下ろした。
「どうした、婚約者の家じゃ緊張して寝られなかったか?」
「そんなわけないでしょ。……あの女が俺を寝かせてくれなかったんだよクソ」
「…………」
何か、一気にすごいやるせなくなった。
俺は、溜め息を吐いた。
「いや、はあぁぁ?俺も言ってみたいわ、そんな台詞…」
彼女が寝かせてくれなくて…なんて、最上級の惚気を俺も誰かにしてみたい。
寝かせてくれない来海かぁ……最高かよ。
……ち。
何だこっちが聞いてて気まずくなるほど、昨夜は順調だったみたいじゃないか。
俺の恨みがましい視線に気付いたか、陽飛は顔をしかめた。カカオ100%のチョコを口に放り込まれたかのような苦い表情だった。
とんでもない、と陽飛は、手を振った。
「いや、違うから?俺が普通に寝ようとしたら、あの女が何故かブチギレたんだよ。『ワタシが隣で寝てるのにその反応はあり得ないでしょうが!?』…ってね。はあ、おかげで朝まで延々とあの女の自分の魅力語りに付き合わされたんだよ……」
「ああ可哀想に、金髪ブロンドさん……この幼馴染がごめんな……」
「違うよね?哀れむ相手、あっちじゃないよね?俺だよね?」
「昔から思ってたけど女泣かせるのも、いい加減にしろ陽飛お前」
「……ねえぇ、何で俺が責められるわけぇ?」
陽飛はくどくど不満を並べていたが、俺はフル無視した。来海のことも然り、泣かせるんじゃねえよまったく…。いや、来海はちょっと違う例か。
とにかく女嫌いのコイツは、好意を寄せてくるあまたの女子たちをこれまで、容赦なくぶった斬ってきた。
なんともタチが悪いのが、告白されるまでは彼女たちに優しくし、告白後も優しくしてくれるところなのだ。
告白された瞬間だけ、人格が変わったのかと疑うほど、それはもう容赦なくバッサリ切り落とす。
ついた二つ名が、遊ばない光源氏。
うん…言い得て妙だ。
こっちの高校では3日しか過ごしてなかったので、貴公子だなんて呼ばれてる陽飛だが、コイツは遊ばない光源氏なのである。
まあ、遊んでないならいいと思う。
陽飛は、じっと俺を見た。
「………ねぇ、アオ」
「何だ?」
「………うん、あのさ」
「………」
「……やっぱりさ、アオは……クルミのことさあ……真実は、伏せとくつもりなのかなあって…」
俺は、押し黙った。
それは、俺自身でも、答えの出てない問いかけだった。なのに、この幼馴染の男は、そんな微妙なところを見事につついてきた。
…バレンタインの日に、来海は、俺と恋人になったと思い込んだままだ。
チョコとともにメッセージカードを渡して、俺がその告白を受けたと。
でも実際はカードは受け取っていないし、俺は自分が来海の恋人だったことに、つい一昨日気付いたばかりだった。
その真実を、隠すか、明かすか。
陽飛はそれを問うているのだ。
俺は、逡巡した。
ゆっくりと、口を開いた。
「俺は……俺と来海は、ーーーーーー2月14日に恋人同士になった。これで間違いないさ」
そう、俺はこの道を選ぶ。
陽飛は、小さく息を吐いた。
「……やっぱりかぁ、アオはそっちの道を選ぶと思ってた」
「……お前だったら違うと?」
「いいやあ?俺も多分、そっちの選択肢を取るよ。クルミにわざわざ余計な真実を伝えて混乱させる必要はない。恋人なことに変わりはないんだから、真実にしちゃえばいいや、と思うね」
「俺はそこまでは思ってないが……」
俺は苦笑した。
全然思う必要はないのに来海の性格なら真実を知って…多分、いたたまれなくなるだろう。『私たち恋人じゃなかったの…?』なんて、不思議なことを言い出すような気がする。
余計な誤解を招く必要はない。
明かすとしても、付き合いたての今じゃないなと思ったのだ。いつか2人の間で、それが笑い話になる日が来ればいいなと。
俺は、そっと緊張を解いた。
「…ま。それはそうと、陽飛クン。俺は今日は、お前に積もる話があって来たんだ」
「え?」
陽飛が首を傾げた。
分かんないとか言ったらぶっ飛ばすぜ、てめぇコラ。
しかし、流石に陽飛も合点がいったらしい。
ああ、と今思い出したといったような、間の抜けた声を漏らす。
「一昨日の件?…あの時言った言葉はあくまで、アオに略奪を覚悟させるための燃料であって、全然本心じゃないから。ほら、燃料は多いほど、よく燃える…」
「一万歩譲って、そうだとしてな。残りの四万歩を俺は譲るつもりはないぞ」
「…………」
陽飛の頰に、すーぅと汗が流れて行った。
はは、好き勝手言ってくれたもんじゃないか。
俺の大事な、大事な、来海ちゃんを。
やれ、俺は虐め続けるけどアオは甘やかして好きにすれば、だの。
やれ、そしたらクルミ壊れないね、だの。
そしたら永久機関だね、だの。
しかも来海からのカミングアウトで、コイツは最初から俺を泣かせるつもりだったらしいと判明した。
俺の泣いている姿を見て、コイツは内心舞い上がっていたのである。
つまり、コイツは自分の欲望のために、必要以上に俺に対して、過激な来海の侮辱発言をしてきた可能性が非常に高かったーーーーー
「………陽飛。せめて、真実を吐く誠実さは残しとけよ?」
陽飛の肩がびくりと跳ねた。陽飛は取り繕うような笑みを浮かべた。
「…………っ、わ、悪かったよ!た、確かにちょっと私情が入ってたかもしれないね」
「…ちょっと…?」
「……………………」
「正直に言え」
「嘘です。だいぶ私情入ってましたごめんなさい」
吐きやがった…!
やっぱり、そうかコイツーーーーーッ!!
俺はふつふつと湧き上がってくる怒りで燃えた。
コイツにこれまで散々苛立ったことはあるが、これはそれの比ではない。
いや、今までの蓄積か?
これまでの来海虐めも、来海への好意の裏返しなんかではなくーーーーー
全部コイツの私利私欲だと知ってしまった今、俺はかつてないほどの怒りを抱いていた。
陽飛は、はは、と乾いた笑い声を溢す。ようやく調子を取り戻したか、読めない笑顔を浮かべてはいたが、俺の圧にどう見てもビビっていた。
ぽた、ぽた…と陽飛の頰から流れた汗が、テーブルに落ちる。
「ほ、本当に悪かったって!つい出来心で!…で、でも、あれでしょ?優しいアオならいつも通り、許してくれーーーーーー」
「…………許さん」
「へ?」
「…………許さん。今回の件で、俺は完全に堪忍袋の緒が切れたからな。お前の私利私欲のために、俺の大事な来海利用するなんて、俺に喧嘩売ってるよなどう考えても?」
ぽた、ぽた。
陽飛の笑顔が、引き攣った。
「………い、いやっ、待って……?いつものあのお約束の虐めだって、クルミだって合意の上で……っ、アオがよしよししてくれるから、味しめてんだよクルミは昔から!?…お、落ち着こうかアオ!!一旦落ち着こう?」
かつて、教皇は皇帝の力に負けていた。
だが、そこで、教皇は皇帝に伝家の宝刀を抜いたのだ。
破門、というカードである。
破門された皇帝は、カトリック世界で烙印を押され、力を失う。
そして、教皇に三日三晩謝罪した。
かの有名な、カノッサの屈辱である。
以降、教皇と皇帝の権力は逆転することになる。
さて。
今こそ、俺も伝家の宝刀を抜かせてもらおうか。
俺は本気だ。
「ーーーーお前との友人関係も、もう今日で終わりだな………」
陽飛の目の色が、変わった。奴はみっともなく、珍しいことに慌てていた。
「…はあぁぁ!?ま、待ってぇぇーーー!???な、何言ってんの!?お、お願いだから、考え直そ!?ね!?ねぇ!??」
「もう俺は、普段海外に居るお前から定期的に送られてくるあのくっっっっそ長ったらしい長文メールを解読して、同じ文量の長文を返してやったりしない。お前がリクエストしてくる来海の写真にムカついて、代わりに俺が隅に映った写真送ったりしない…!!」
「なっ、俺の心の拠り所がぁーー!??クルミの写真リクエストしたら、ムカついて俺に送ってくる最近のアオが隅に映った写真の供給が途絶えてしまうぅぅ!???」
「お前、そっちが目的だったのかよ!?どんだけ俺のこと好きなんだよお前!?ああ、こんな気色悪い質問せざるを得ないこの状況がマジで嫌だわ!!」
こっちは嫌がらせのつもりだったのに!
来海の美少女ショットが届くかと思いきや、どうでもいい幼馴染の俺の写真を送ることで、コイツをげんなりさせてるつもりだった。
どうりで俺が来海の写真を送らないと分かりきっていて、めげずに来海の写真リクエストしてくるなコイツとは思ってたよ!やっと謎が解けたよ!
気持ち悪っ。
「俺はだって別に海外行きたくなかったんだよ…っ!あの両親のせいで、仕方なく行っただけだし、おまけに婚約者の圧政に毎日苦しんでるし、それくらいあってもいいじゃないかクソ!」
……。
………うん、まあ、それは確かに。
いきなり海外にぶち込まれたのは、俺も同情の念を抱かざるを得ない。
「……可哀想に。…じゃ、俺とお前の友人関係はピリオドを打つということで」
「心の声と言動が全く一致してないよクソ!!」
俺は話は終わったとばかりに部屋を出て行こうと思ったのだが、ガシッ!と陽飛に肩を掴まれた。
「ねえ、どうしたら許してくれるんだい…?」
「………ええ」
「面倒くさそうな顔しないでくれる!?こっちは死活問題なんだよ!だって、俺、アオ以外に友達居ないんだよ!?」
「え。そんな悲しいことある?」
「はい、出ましたー!これだから友達多い人間はさ!すぐそういうこと言っちゃうよねぇ!あーやだやだ、少しは弱者の気持ちも考えてくれるかなほんと!つまり俺はアオまで居なくなると見事に友達ゼロ!HA HA!何のクソゲーだ、この人生は……」
「…………」
何か可哀想に思えてきたコイツ。
キャラめっちゃ崩壊してるけど、大丈夫か。
友達云々はよく分からんが。
うん、女嫌いを拗らせて果てに人間不信になり、お前が選り好みしてるんだとは思うがな………?
俺は、顔をしかめた。
ええ………。
俺の伝家の宝刀を、鞘に収めさせるつもりらしいコイツ。
来海のことで、情けをかけたくないわ……。
「………じゃあ……」
「じゃあ?」
「来海に何かお詫びをしろ。その内容次第じゃ、今回の件は水に流してやるよ」
「………ははーん、なるほど!分かった分かった!アオを満足させるお詫びをしてみせよう!」
「うん、あんま期待しないでおくわ」
「何で!?」
俺は来海にお詫びしろって言ってるだろ、たく……
俺を満足させる必要なんてねえんだよ。
アメリカ住みで、日本語が疎かになってんじゃないか?
「…………フク=ガオカシは知ってる?」
「はあ?何だいきなり。知ってるぞ世界的デザイナーだろ。よく雑誌に載ってる…」
女子なら誰もが一度は憧れる高級ブランドを手掛ける、フク=ガオカシ。来海が読んでた雑誌で、目にした覚えがある。
「伝手があるんだ。うちの母親が何度も彼女を家に呼んでてね?よくオーダーしてる…」
「陽飛、お前、まさか……!?」
陽飛は、にこりと微笑んだ。
「アオの大〜好きなクルミのために、フク=ガオカシに世界に1つだけのクルミ専用の服、作ってもらおうか?ああ、フク=ガオカシの作った服は、着ている女の子の魅力を最大限に引き出してくれる、素敵なアイテム………」
「………」
「ああ〜それを着たクルミは、どんな感じかな?さぞ似合ってるんだろうな〜?だって世界に1つだけの、クルミの服だもんなぁ〜!」
「…………陽飛」
俺は微笑んだ。
ガシッと、コイツの肩を掴み返す。
「仲良くしようぜ」
「うん、それがいいね」
よく分かってんな、この幼馴染。
ラスト1話で、第二章は完結です。




