イケメンの裏側
場所は移り、客船の一室。
俺は、左手に山ほどの料理を乗せた皿、右手には箸を握っていた。
椅子に座らされたクソイケメンこと陽飛クンは、口に突っ込まれたメインデッシュ祭りに、声にならない声を出していた。
さあ、奴の邪魔な口は塞いだ。
俺は、来海の方を振り返って笑いかける。
「さ、来海…全部教えてくれ?」
「うん、あのねあのねっ、この人はね、さっきも言ったけど碧くんに罵倒されて気持ち良くなってる変態さんなの………しかも、ただの罵倒じゃなくて、自分のために言ってくれてる愛ある罵倒が大好物の面倒臭いタイプの変態さんなの……!でもマゾじゃなくて、サドなの……碧くんが慣れない罵倒してる姿が、大好物なのよ……!」
来海がビシッと陽飛を指差す。犯人を追い詰めた探偵ようなワンシーンだった。
こんな可愛い探偵が出てるドラマなら、テレビの隅までかっぽじって見てしまいそうだ。可愛い〜来海ちゃん。
陽飛は、「ん"ん"…!?」と口に大量の食べ物を含んだまま、抗議するように、椅子の両側についているアームレストをバンバンと両手で叩く。
「…………来海、その話はマジ…?」
「マジマジのマジなの……。しかもね、この人最近うきうきだったの……久しぶりに碧くんの泣き顔が見られる予定だとかで、意味分かんないことばっか言ってたの……!ずっと碧くんの泣き顔を拝みたいって、この人昔から、野望を秘めてたのよ……っ!」
俺は、衝撃を受けて、陽飛をばっ!と見た。
目を見開く。
「……………な、何だって……っ?」
「碧くん……碧くん大丈夫だよね!?まだ泣いてないよね!?泣かされてないよね!?この変態さんにご褒美あげてたりしないよね……!?」
「………………」
俺は、呆然とした。
その時、俺は、昨日の自分の姿を思い出したーーーーーーーー。
来海の彼氏の筈なのに、来海をこれからも虐める宣言をしてきた陽飛に、俺は我慢ならなくなり。
俺の方が絶対来海を大切にしてきたしこれからもするのに、何でコイツが選ばれたんだよこんちきしょう…というやるせない気持ちと、
幼馴染の陽飛の善性を信じてたのに裏切られたショックとで。
俺は、陽飛の前で泣いてしまったのである。
俺は、後ずさった。舞台裏の、更なる舞台裏を知って俺は戦慄したーーーー!!!
そういやコイツ……っ!!
満面の笑みを浮かべていやがった…っ!!!
俺が泣きながら来海の略奪宣言した時、コイツめちゃくちゃ笑顔だったぞ……っ!!!
今までの思い出が蘇るーーーーー
陽飛が来海を虐める度に、俺は陽飛を叱ってきた。時には腹の虫が治らずに、陽飛にはキツイ言葉を使う日もあった。
可愛い来海を虐める陽飛を理解できなくて、俺はとにかく陽飛を嫌いになったし、常にクソイケメンと呼んでいる。
今、思えば……
何よりおかしかったのは、コイツが笑顔だったことだ。俺に叱られても、暴言吐かれても、コイツは常にニッコニッコだったのだ!
カランカラン、と俺の手から、箸が滑り落ちた。
床で跳ねる。
「……………おい、嘘だろ…………」
呆然としている俺をよそに、陽飛が信じられないスピードで口の中の食べ物を消化し、飲み込んだ。
ようやく自由になった口で、奴は慌てたように言った。
笑顔が引き攣っていた。
「ねえ、ちょっと、クルミ……っ?いきなり何を暴露してくれてるのカナ?!それはお互いに言わない約束……」
「碧くん、聞いて聞いてっ!しかもこの人ね、ボイスレコーダーで撮っーーーーー」
「さあさあ、ちょぉぉぉっっっと黙ろうかクルミ!?それ以上言うのは、御法度だぁーーー?!」
「ん"ー!!!!ん"ー!??」
来海の背後に回って、陽飛はパシっ!と来海の口を手で塞ぐ。来海はもごもごと暴れていた。
俺は、はっ、とそこで正気を取り戻す。
「おい!!どさくさに紛れて来海の唇触れてんじゃねぇよぉぉっっ!!?クソ野郎ぉぉぉ!!!!ぶっ飛ばすぞマジで!!!?あ!?」
「気にするとこ、今そこ…っ?!」
「そこに決まってんだろうがっーーー!!!問答無用っ!!」
「ぐふ…っ」
俺は陽飛を張っ倒し、来海を救出する。
来海は、俺にすりすりと寄って、俺を涙ながらに見上げた。
「えーん、碧くん、怖いよぉ……あの変態さん、怖かったぁ…」
「よしよし、来海。可哀想に……っ!…おい、変態!俺と来海のそばに今後半径1メートル以内に近付くんじゃねぇよ!!」
「ねえぇーーーっ!??昔から思ってたけどそれズルくない!?ねぇ!?ズルいよね!?ここぞとばかりに美少女の特権使うの、やめてくれる!?」
陽飛はぎゃあぎゃあ言ってるが、俺は無視して来海の頭をよしよしと撫でた。
綺麗な艶めいた黒髪。
今はもう、何もその行為を阻むものがないというのはーーーーー嬉しかった。
「………ねえ、ちょっと、いきなり2人の世界に入るのやめてくれる…?」
「やれやれ、何だ変態?」
「変態さん、なーに?」
「はぁ!?アオはともかく、君はこっち側でしょうがぁぁ!?俺が虐めたらアオがいつもより倍で甘やかしてくれるから、虐められてたくせに……!?」
俺と来海は、キョトンとして、顔を見合わせた。
首を傾げる。
「ちょっと、何言ってるか分からないな…」
「ねぇ、何言ってるか分からないかも……」
「甘やかすんじゃないよアオは!?クルミも何とぼけてくれてんの!?俺と共犯だよね!?」
「うん……?」
「ううん……?」
「ああ、クソぉぉ……っ!!!アオがそっちサイドなのは、知ってたよ……!!」
珍しく…というか、初めて見る。
陽飛が地団駄を踏んでいた。悔しそうな顔を浮かべて、地面を叩いていた。
うん、なかなかいい光景じゃないか。
その時だった。
「やっと、見つけたわよ!!ハルヒーーーー!!」
「げぇ……!?」
陽飛が、カエルが押しつぶされたような声で、眉を下げた。
何だ何だ?と思っていると、部屋の扉がバーーン!!と開いて、見覚えのある金髪ブロンドの美女が現れた。その後ろには、これまた見覚えのあるSPらしき黒スーツの男が控えていた。
この人、つい先日に、俺を拉致ってきたーーーーー
「あ、金髪ブロンドさんだ…!」
「碧くん…あの美女さんとお知り合い?」
「ああ、ちょっと縁あって…」
「ふぅぅん……?」
「…痛い、痛い痛たたたたた……!!!?来海、違うから!?断じて浮気じゃないからな!?」
俺の腹をぎぎぎ…と腕で固めてきた来海ちゃん。
愛のある痛みだった。はは、すぐ妬いちゃうとこ、俺は好きーーーーー痛い痛い痛いギブギブ!!!
金髪ブロンドさんは、つかつかと陽飛の元に歩いていくと、その首根っこを引き上げた。
「さ、ハルヒ。仕置きの時間よ?よくもワタシのこと、置いてってくれたわね?しかもずぅーーっと、ワタシのこと無視してたじゃない?いい度胸ね?」
「嫌だ……!何度も言ってるよね!?俺は、マゾじゃなくてサドーーーーー」
「さあさあ、行きましょう?」
「嫌だぁぁぁぁぁ!!!!!もう嫌だ、この婚約者ぁぁぁぁ!!!!」
「「婚約者!??」」
俺と来海は、目を丸くした。
いつの間に、この幼馴染は婚約者なんてつくってたんだ……?
俺と来海は、顔を見合わせた。それから、陽飛と金髪ブロンドさんを、交互に眺めた。
「「お、お幸せに……」」
「親が決めた婚約者だよクソぉぉぉ!!!俺は、控えめな大和撫子の女の子が理想なのにぃぃ!!!こんな強気な美女じゃないんだよ、もうーーーーー!!!」
「ふぅぅぅぅん。へえ、そう。ワタシと真逆の女がタイプってわけぇ?好き勝手言ってくれるじゃないハルヒ?今夜は楽しめそうね?」
「嫌だぁぁぁーーーーーー!!!!」
ズルズルと金髪ブロンドさんに引き摺られていく陽飛。陽飛の身体能力ならいくらでも抜け出せそうなものだが…その時には、そばに控えてるSPさんが代わりに陽飛の首根っこを捕まえるに違いない。
ご愁傷様…………
昔から薄々思ってはいたが、冷泉グループの御曹司である陽飛は、意外と苦労人らしい………
ま、まあ、強く生きてくれ……




