当日編③
昔、幼馴染は言った。
告白されるなら、デートの最後。
日が沈みかけているオレンジの空がベスト。
だけど人に見られずに、2人きりがいい。
後ろから抱きしめられながら、告白を耳打ちして欲しいと。
……なかなかに、ハードな告白だ。
キザすぎて、もし俺がやったら死ぬかと思う。
しかし、少女漫画の世界観に憧れたうちの幼馴染は、その理想の告白とやらを、俺の部屋の中で力説した。
顔を紅くさせながら、悟られまいとまくしたてるように言い切った幼馴染。
いじらしくて、その可愛さで死ぬかと思った。
俺は、この時思っていた。
これは、俺が将来告白するときの参考しろと言っているのだーーー
そう、勘違いしてしまっていた。
******
来海の親友、桜井さんとの会話を経て、俺は来海に彼氏が居ること、それが俺ではないことを知って、失意のどん底にあった。
ショックのあまり、来海に貰った今年のバレンタインの箱を手にしたまま、俺は一切口がきけなくなっていた。
「………」
『っ、わ、私……、直接、確かめてみるわ!何かの間違いよ!来海の彼氏が一体誰なのか、私が訊いてみ……』
「いいよ。…いい。やめてくれ、聞きたくない」
『……っ』
俺は咄嗟に、強い否定の言葉を口にしていた。
好きな幼馴染に、裏で彼氏が居たという事実をもう一度聞くことに、拒絶があった。
バレンタインの箱をそっと、しまう。
俺じゃない証明なんて、要らない。
『………大倉くん……』
「ごめん。突然電話して、悪かった……俺、ちょっと、頭冷やす………」
『お、大倉くん……』
「………ごめん桜井さん。電話、もう切るな」
最後に桜井さんが俺を呼ぶ声がしたが、それより早く俺は通話終了のボタンを押した。
やめてくれ、誰か嘘だと言ってくれ。
こんなの、こんなの……。
「理不尽だ……」
俺はベッドの淵に背中を預けて、息を吐き出す。
泣きたいくらいだ。
俺は天井を仰ぐ。
たまらなく、苦しかった。
彼氏、か。
俺はスマホを操作して、連絡先を開いた。
直接会えるので、電話をしたことはない。よくスクロールする羽目になった。
プ、プ、プルル………
俺は、今度は別の人物に電話を掛けていた。
何コールかして、相手が出た。
『もしもし?珍しいね、碧兄ちゃんが僕に電話なんて。何か用?』
来海の弟、宮野和泉である。
まだ声変わりをしていなくて、男にしてはやや高い声。
姉に似て、整った顔をしている和泉。
調子に乗って義弟なんて言ってたのに、どうやら俺の思い違いだったらしい。
……はあ。
……まあ、義弟にはなるか。
うちの妹と、相思相愛の仲だ。
まだ2人は付き合ってこそいないが、多分あのまま行くとゴールインするだろう。
羨ましい………。
実は、どうしても、俺は和泉に1つ聞きたいことがあった。
「お前の姉ちゃんの彼氏は、愛が重たいと思うか?」
いきなり何だ?と思うかもしれない。
しかし、これは譲れない。
彼氏が居るなんて認めたくないが、もう事実としては認めるとして、これは譲れない質問だ。
来海はどちらかというと愛が重たいタイプだ。
彼氏が他の女子を見たらヤキモチを焼き、スマホの連絡先を管理し、相手の要望を全部聞き入れようとしてくる。
ソースは、俺だ。彼氏じゃないがな。
だから、彼氏は相応の男でないと俺は許せない。
来海の愛に、同等の愛を返してくる男でなければ、俺が奪う。
………っ、いや、奪うつもりはないけど。
十何年かかった大失恋で、ちょっとテンションと思考がおかしくなってしまった。
いやいやいや、略奪、駄目、絶対。
『ええ!?な、何いきなり……!』
電話口の和泉は驚いていたが、それは俺の突飛な質問ゆえであって、姉に彼氏が居ることに対する驚きではなかった。
知ってたのか、裏切り者……っ。
俺との協定はどうした。
もうお前と翠のアシストなどしてやらん!
「いいから、質問に答えろ」
『え?何か怒ってる碧兄ちゃん。珍しいね』
ああ、大いにショックで震えてる。
「………和泉」
『あー、いや、分かったって!もう、訳わかんないなー!……い、言っちゃって、本当に大丈夫?』
それは俺は気遣うような心配の色を含んでいた。
俺の心に、苦いものがぽたりと落ちて、じわじわ広がっていく。
いつからこのこと黙ってた、和泉。
優しい和泉のことだから、俺に言い出せなかったのだろうとは思うが。
『本当の、本当に、僕の正直な感想を、言っちゃっても碧兄ちゃんは、大丈夫?』
図星を突かれてどきりとしたが、俺は頷いた。
これは、乗り越えねばならない失恋の試練なのだ。
「………ああ」
『はあー、分かった』
和泉は、長い溜め息を吐くと、いよいよ白状した。
『…重いよ。僕のお姉ちゃんの彼氏は、愛がめちゃくちゃ重いです。たまにドン引きます』
マジか。
「…….ち、ちなみに、どのくらい?」
『僕が言うの…?…まあそうだね、息をするように可愛いを連呼したり、朝の支度を全部手伝ったり。あれは正直……ダメ人間製造機だと思う。はあ、甘やかしすぎなんだって。お姉ちゃんはもう多分彼氏なしじゃ生きていけないと思います。お姉ちゃんのちょっとした変化にも気付くし、全部お姉ちゃんのお願い叶えようとしちゃうし……』
「………」
……おい、嘘だろ?
俺が負けてる、だと……!?
俺も来海に対して「可愛い」は口にするが、そんな息をするレベルでは言ったことない。
肝心なところでシャイになってしまう。
朝の支度は、ちょっと髪をといてやるくらいだし。
全部手伝ったことはない。
「……っ、も、もし……」
『ん?』
「もし、来海が他の男にちょっかいかけられてたら……和泉的には、そ、その彼氏は、どうなると思う……?」
『これも、僕に言わせる……?嫌がらせ?』
「な、何でそうなるんだよ……!ちょ、ちょっと、教えてくれ!」
来海と例の彼氏が付き合い始めたのは、バレンタインだったはず。
今から10日前ほどだ。
そうと知らず、俺は昨日まで来海にべったり甘えていた。
もし、もし俺の予想が正しければ、その彼氏はーーーーー!
『ああ。もしお姉ちゃんにちょっかいかけてくる奴がいたら、多分処されるね』
「しょ………っ!??」
『彼氏になったんだから、もう容赦ないと思うよ。
……あ。まあ、絶対ないと思うけど、もし仮にお姉ちゃんが浮気でもしようものなら、彼氏にその場で婚姻届書かされて、お姉ちゃん軟禁されるんじゃない?』
「コンイン………!?ナンキン………!?」
『何驚いてるのさ。まあ、どう転んでもお姉ちゃんは大喜びだと思うけど。はあ……本当、お姉ちゃんの彼氏の愛の重さには驚かされるよ』
………………。
マズいマズいマズいマズい。
来海の彼氏、やばいですやん。
ただのやばい奴ですやん……。
仮に俺と来海が付き合ってた世界線が、存在したとして。
流石に俺でも、婚姻届は書かせないぞ…!?
『一生俺だけだからな。いい子の来海ちゃんなら分かってるよな?』とは言うけど、それはしないって。
いや!一番驚いたのは、軟禁って……!
重いと自負している俺ですら、ちょーっと、お話するために2人でお家にこもるだけだ。
『どう?碧兄ちゃん。これでどれだけヤバいか分かった?』
「ああ。しかと、心得ました……」
俺、昨日の件とか、その前の件とか、バレたら彼氏に殺されてしまうんだが……!!?




