本音と読めない男
「来海は?」
「今はちょっと、席外してる。誰かさんに電話掛けるんだって」
姿は見えないが、ひとまず安心する。
来海が陽飛と2人で居るところなんて見たら、俺はそれこそ立ち直れなかっただろう。
それに……来海が席を外してる方が、コイツと話はしやすい。
誰かからの電話が来ている様子だったが、それどころではないのでーーーーー
着信音で震えているスマホの電源を、俺はポケットに手を突っ込んでそっと切った。
「さて、アオは何から訊きたい?」
夕日を背負った幼馴染の男の表情は、逆光でよく見えない。だけど、どうせ……いつも通り読めない笑みを浮かべているのだろう。
昔から、食えない男だコイツは。
それがかつてなく苛立たしくて、悔しくて。
俺はこんなにどこか引き裂かれそうなほど苦しいのに、全部最初から分かってて余裕そうな目の前の男が………。
普段と変わらないその悠然とした笑みが、こんな時まで浮かんでいるのが、気に入らない。
「…………何で……」
「うん?」
「何で、お前だったんだよ………。お前が来海のこと好きなのなんて、知ってる。お前の口から直接聞いたことはないけど、そんなの知ってた………何でよりによってお前なんだよ………」
「…………さあ?そんな顔しないでよ」
俺が誰よりもあの子のこと、好きに決まってるのに。
かけた年月も、重みも、誰にも負けないのに。
だから、ぽっと出の他の男を選んだって……来海は、まだ俺のことを見てくれて、いつかは…と思ってた。
なのに、何で幼馴染なんだよ畜生……
かけた年月を覆せない。
その重みだって、表立って表してる俺とは違うだけで、その片鱗はいつもちらついていた。
何でだよ、俺の天敵じゃねぇか。
頭が良くて、顔もスタイルも良くて、何だって器用にこなしやがって。
人を揶揄って笑うような悪趣味さはあるのに、大事なところはちゃんと気付いて手を差し伸べて。
そんなの、俺だって知ってる。
俺だって、コイツに中学時代に大きな借りがある。
俺に勝ち目くらい残せよ、クソ……
陽飛は、静かに言う。
「…………見守っててよ」
「……………っ、…な、俺は……まだ、…それは、できない….…そんな急に………」
「………そっか」
陽飛は特に残念そうな素振りもなく、笑った。
でもそれがコイツなりの余裕に思えて、俺は唇をきつく噛んだ。
いつか、消えるのだろうか。
2人を祝福できる日が来る?
そんなの、……きっと俺には…できない。
この行き場を失くした想いを、俺は抱えたままに、1人でこの先生きていく……そんな気がした。
でも、その代わり……俺は更生するのだ。
彼氏は架空なんかじゃなかった。
今、俺の目の前に居る。
俺は………今度こそ、改めなければいけない。
これが、潮時だった。
全部、全部……来海との日常の大部分の幸せを、俺はこれから手放さなければいけないのだ。
繋いだ手越しに伝わった体温も。
ほっと落ち着く柔らかい感触も。
隣を見ればそこに在った笑顔も。
嫌だ……こんなの、最悪だ……
なのに、俺は……手放さなければいけない。
常識なんか、捨ててしまえたらどんなに俺は楽だっただろうーーーーーー
「…っ、陽飛………俺は…………、お前が来海の彼氏だって言うんなら、ちゃんと、来海との距離は改める………」
「…………」
「………でも、その代わり約束してくれ。来海のことは誰よりも大切にして欲しい……好意の裏返しで虐めるのは、もうやめてあげてくれ……お前は、これから来海のこと…大事にして……」
「嫌だよ」
言葉を失った。
一瞬、何を言われたのか…分からなかった。
否、理解できなかった。
理解できる筈もなかった。
「………はっ…?……今、お前何て……」
「嫌だよ。嫌だって、言った。大切にするとか、俺の柄じゃないじゃないか。俺のスタンスは、変えないよ?クルミ虐めて、俺は結果的に幸せになる。だからさーーーーー」
陽飛は……目の前の悪魔は、笑って言い放った。
「ーーーーアオは、別に今まで通りでいいよ?クルミのこと、好きなだけ甘やかしてたらいいよ。許してあげる」




