鬼ごっこ
冷泉グループが所有する高層ビルのワンフロアにて。
アンティーク調の部屋に腰掛けた2人の男女。
華やかな顔立ちの美少女と、万人受けの爽やかイケメンがそこに居た。
彼らは、幼馴染である。
来海は、僅かに頰を膨らませる。
「はあ……っ、もう、陽飛くんはっ……!!昔から私の弱みにつけ込んで、罪悪感はないの…!?」
非難がましげな視線を送られようが、陽飛はどこ吹く風。優雅な手つきで、紅茶をこぽこぽとティーカップに注いだ。
「うん、ないね。俺とクルミの利害は昔から一致してるじゃないか。仲良くしようよ」
「……陽飛くんは、いまいち信じ切れない……」
「ええ、それはショックだなあ…」
「いや全然思ってないでしょ……っ!」
ショックという割には顔色1つ変えない陽飛に、来海はダウト。陽飛は、眉を下げた。
「本当だよ」
静かに紅茶を啜った。
******
あああ……!!
俺は非常に焦っていた。
来海の彼氏なのかを確かめようと陽飛の実家を訪れた矢先。
なんと、陽飛が俺に残したメッセージには、来海とのランデブー&朝帰り宣言が書かれてあったのだ…!!
…嘘だよな?嘘だよね?
誰か嘘だと言えぇぇぇーーー!!!!
手が早すぎんだろうがぁ!!!
バレンタインで恋人になったというなら、今回帰国して久しぶりの再会なのに、お前にはムードってもんがないのかくっそイケメンがぁ!!!
来海の魅力に抗えないのは分かるけど!!
「来海、頼む……出てくれ……っ!」
スマホを耳にかざすが、発信音がずっと聞こえているだけ。来海に電話しているのだが、一向に繋がる様子がなかった。
何度も聞いた音声機械に切り替わり、俺はいよいよ諦めてスマホの電源を落とした。
「………」
鬼畜か!?
マジでヒントなしの鬼ごっこを俺はやってのけなくちゃならんのか…?
少しくらいどこに居るかのヒントをくれよ!?
「ああ、くそ……」
頭痛がし始めた頭の側頭部に手を置いて、俺は考えを巡らす。
陽飛はああ見えて女嫌いだからな……そういう場所は絶対選ばない。昔から俺と来海がデートしてようがお構いなしに神出鬼没で現れてた陽飛だが、女性客の多い店で過ごしてたら絶対に邪魔して来なかった。俺はしめしめと思ってたし、敢えてそういう店を選ぶようにしてた。
うん。てか、店じゃないな多分。
来海と一緒に居るってことは、メッセージカードの言葉通りに受け取れば、2人きりになれる場所……。
アイツは冷泉グループのお坊ちゃまだぞ。いくらでも場所の伝手はある。でも、その伝手は今日は使ってない?冷泉の屋敷を先ほど訪ねた時に俺を出迎えてくれたのはメイド長さんただ一人で、おまけに建物周りの黒塗りの車の台数が少なかった。
冷泉の屋敷に勤める人間の大半が、外に出払ってたということ。
何故こんなことになるか?
…陽飛が無断で抜け出したからとか?今日もみっちり本当は冷泉の跡取り息子は社交の予定が入ってたのでは?それを屋敷の人間が捜索中、と。
ということはだな、陽飛は、追手から逃げている身、かつ、来海と2人きりになりたいと思ってる。
そんなアイツは逢瀬の場所にどこを選ぶか?
ああだいぶ見えてきた。
親に渡されて、自分が持っている不動産だ……!
ビル3個に、マンション2棟、倉庫17ヶ所、船2隻…………
アイツに連れまわされて嫌にも覚えてしまった。
まさか、こんなところで役に立つとは思ってなかったわ………。
滅びろ、ブルジョワジ!
くそ、筋金入りのお坊ちゃまめ……!!
これから、俺に全部探させろって言うのか?
陽飛が渡してきたスペアキーは持ってるから建物は一通り入れるが、それ全部巡ってたら今夜までに間に合わない。
どうする?
ああくそーーーーーー
こうなりゃ、こっちも本気出してやる。
来海の彼氏なんだか知らないが、マジで認めたくないが、とにかくふざけたメッセージで俺を挑発してきた罪は重いぞ。
おい覚悟しとけ、クソイケメンがぁ……!!!!
******
「おおー」
「おおー」
完成品を見て、幼馴染たちは揃って嘆息した。
どちらともなく、拍手が自然と起こった。
「最高……っ、素敵……っ」
「うんうん。俺たちの長年の集大成がここに詰まってるんだと思うと感慨深いね」
「うん!陽飛くんという変人を途中で見捨てずにここまで来た私、偉い………!」
「そうだね。ことごとく掟破りしてくる君を慈悲の心で見守ってきてあげた俺をとても褒めてあげたい」
「…………」
「…………」
束の間、沈黙が訪れた。
彼らは、仕方がないので、完成品にまた視線を戻す。
明るい気持ちが舞い戻ってくる。
「ふふふふ……」
「はははは……」
やがて、幼馴染たちは、満足そうに笑った。




