連れ去られた幼馴染
来海の彼氏を見つけ出して土下座しようだとかなんとか言いながら、俺は結局、最後の勇気を出していなかった。
陽飛が来海の彼氏かもしれないと知ったとき、俺は訊き返さなかった。
それはひとえに、怖かったからだ。
陽飛は俺の幼馴染であり、アイツの来海への執着も間近で俺は見てきた身だった。これまで疑ってきたぽっと出の彼氏候補たちと陽飛とでは、年月の重みが違う。
来海を想う気持ちは、ぽっと出の男相手なら、俺の方が勝っているに決まっている。そういうある種の驕りというか、心理的余裕みたいなものを、俺はこれまで持っていたのだ。
だが陽飛相手には、少し違う。
怖かったのだ。今は俺に甘えてくれている来海は、いつかひとつ残らず全て、アイツが奪っていくんじゃないかと。
それを受け入れる覚悟が出来ずに、俺はあの日にアイツに真実を尋ねることが出来なかった。
だけど、もうモラトリアムは終わりだ。
来海の彼氏が誰なのか、今日で全てを明らかにする。
もし…もし、陽飛と来海が恋人だと言うのなら、その時俺はきっと、きっとーーーーーーー
頑張って…適切な距離感の幼馴染を目指すのだ。
******
「きりーつ、礼っ!」
「「ありがとうございました」」
…帰りのホームルームが終わった。
支度をして、俺はがやがやとした自分のクラスの教室を出た。
階段を降りる手前にある、来海のクラスを通りかかる。
勇気を振り絞るための、まるで願掛け代わりに、来海の姿を一目見てから、俺はラスボスのもとに行こうと思った。
来海のクラスはうちのクラスよりもホームルームが終わるのが早いことで有名だが、来海はすぐに教室を出て行くよりも友人たちと放課後の会話を楽しむ子だ。
だから、まだ教室内に居る、……筈だった。
「………あれ……」
自然と、疑問が溢れ落ちた。
来海はもう居なかった。来海の席には鞄もなく、抜け殻の如く空っぽだった。
妙な、胸騒ぎがした。
だけど、たまたま早く帰りたい気分だったのだろうと俺は自分に言い聞かせた。
いつもの最寄り駅で、普通電車を降りた。
プシュッ、と空気の抜ける音とともに、電車がみるみる遠ざかって行った。
改札を抜けて、俺は、自分の家とは真逆の方角を歩いていた。
ここら辺は、住宅の様相が一般とは異なっている。一軒の規模が明らかに大きい。昔からあまり住人が変わっていないんだそうで、代々とその財を受け継いでいるのがわかる。
カツンーーーーーー。足は、止まった。
目の前に広がる豪壮な屋敷。
俺は約半年ぶりにして、日本を代表する大企業、冷泉グループの本邸を訪ねていた。
一昨日の金髪ブロンドさんのお家もなかなかだったが、この幼馴染の実家の資産は、やはり流石だった。
閉ざされた門の脇にあるインターフォンを鳴らす。
俺が名乗ると、インターフォンの向こう側も俺を認識している様子で、すぐに門が開いた。
中へと入る。
事前に陽飛にはこの時間に居るように、昨日のうちに連絡して頼んでおいた。
いよいよ、俺は真実と向き合う時が来たのだ。
しかし。
俺が玄関までたどり着くと、待っていたのは陽飛ではなく、この冷泉のお屋敷で働くメイド長さん。俺と陽飛が幼稚園児の時からの、顔見知りであった。
……おん?いつもならここで既に陽飛が待ち構えていそうな場面なのにな。
……それが何だか、今日はイレギュラーが多くて……
「ようこそいらっしゃいました碧様」
メイド長さんが俺に軽くお辞儀をした。昔から一介の子供相手にやめてくださいよと言っているのに、相変わらず職務に忠実で律儀なお人だ。
お辞儀を返して、俺は彼女に気になっていることを尋ねる。
「あ、あの……陽飛は、今どこに…?」
「陽飛様は、先ほどお出掛けになりましたよ。しばらくこちらには戻って来ないかと」
「さ、さいですか……」
あのクソイケメンめ……
俺、今日は絶対に家に居てくれってメールしただろうが!
約束は守りたまえよ陽飛くん。信用という石を君はまた壊してしまったな残念。
メイド長さんが、すうっ…と予備動作なしに、メッセージカードのようなものを俺の方に差し出した。
何だろうか?
「代わりにこちらをお預かりしていますよ。碧様が来たら渡すようにと、陽飛様が」
「俺に……?」
メッセージカードを受け取る。
何だかバレンタインの件を思い出して、言いようのないやるせなさが込み上げて来た。これを渡すなんて、まさかアイツは、わざと俺の心を刺しに来たとかじゃないよな?
メッセージカードが若干トラウマになりつつある。
カードを裏返す。
俺は、そこに書かれてある言葉を読んだーーーーー。
『アオへ。
言い忘れてたけど……
今日はクルミの誕生日の前日だし、俺は可愛いクルミとランデブーに行ってくることにするね!
もしかしたら、クルミと2人で盛り上がって、そっちに帰るのは明日になるかもだけど?
あはは、ごっめーんねー!
明日はいよいよクルミの誕生日。
アオのために明日の午後には帰ってこようと思うので、大人しく待っててねー。
よしよし、可哀想にアオ。
帰ったら俺が慰めてあげよっか?笑
君のもう一人の幼馴染より』
「…………あ?」
グシャ!!!
メッセージカードを握り潰す。
メイド長さんがぴくぴく頰を引き攣らせているが、俺はそれどころではなかった。
おいおい、何だこのクソ頭悪いアホみたいな手紙は?
盛り上がって明日まで帰ってこないかも笑、だと?
あんの……っ、!
あのクッッッソイケメン野郎がぁぁーー!!!
俺の地雷をことごとく踏み抜きやがってぇ…!!!
「…ふざけるなよ………!!!」
グシャグシャグシャッ!!!!
メッセージカードが俺の手の中で塵へと化す。
メイド長さんが青白い顔をしてハンカチで汗を拭いているが、俺はそれどころではなかった。
「来海にーーーーー」
俺は、ぎりぎりと歯の奥を鳴らす。
「来海ちゃんに、まだ外泊は早いだろうがよォォォォ!!!!!ふざけてんのかテメェぇぇ!!!」
「いや、そこっ!??怒るトコ、そこですか!?」
「上等だオラ!!そっちがその気なら、俺も本気で乱入してやる!!鬼ごっこだァァーーー!!!」
俺は冷泉の屋敷を抜け出して、思いっきり高級住宅街を駆け抜けた。
俺はかつてない怒りにより、それを原動力とし、ひたすらに走るアオロスになっていた。
沈みゆく太陽の10倍の速さを、人質の友人のために走ったというあの男もこんな感じだったのだろう……マジレスすると地球の自転の10倍はどう考えても人外だが、気持ちだけであれば俺もそのようだったーーーーーー。
「来海……っ、待ってろ…!あのクソイケメンの毒牙にかからせたりしない…!アメリカンになった男と2人きりなんて、危ないので俺が許しませんっ!!」
うぉぉぉぉ!!!!
ギアを上げる。
更にスピードが加速するが、俺は思った。
………すぅー。さて……俺はどこに行けばいいんだろうね……?
ああああクソォォォ!!!!




