堅物父親の言葉
桜井さんと分かれた後、俺は本屋に寄って誕生日プレゼント用の本を何冊か買った。毎年、本命のプレゼントとは別に、来海に必ず本をプレゼントしている。
俺の贈った本が本棚に並んでいるのを見るのが、来海の部屋を訪れた時の俺の楽しみだった。
大切に保管してくれているのが、目に見えて分かるから。
俺はその習慣を今年もやめられそうにないのだ。
家に帰ると、既に明かりがついていた。妹の翠かと思ったのだが、この時間ならまだ翠は部活をしているはずだった。
ということは、1人しか当てはまらない。
案の定、いつもはこの時間にない革靴が玄関にきちんと揃えてあった。よく性格が出てる。
「ただいま」
「………。ああ。おかえり」
綺麗だが、能面のように極端に表情の抜け落ちた顔。仕事帰りとは思えない身だしなみの整い具合で、几帳面な男なのが窺えるだろう。
俺の父親ーーーーー大倉柊色である。
父さんはキッチンに立って、ワイシャツの袖をまくった姿だ。スラリと伸びた脚は、スタイルの良さを強調している。
本当…これであとちょっとでも笑ってたら、マジで文句なしのイケメンなんだが……なにぶん、その無表情ぶりでマイナスだから…。
コンロの火を掛ける音が聞こえてくる。
俺は荷物をリビングに置いて、ブレザーを脱いだ。ハンガーにかけて皺にならないように伸ばす。
「珍しいな父さん。こんな時間に」
「ああ、部署飲みだったからな。業務が早く終わったんだ」
「安定で断ってきたわけだ」
「……言ってるだろ。ああいうのは、俺はどうも苦手だ」
父さんが酒を口にしてるところを、確かに見たことがない。母さんはそんなに飲めないくせに、たまに浴びるように飲むので、それをいつも止めるのが父さんの役目なのだ。
父さんが酒に弱そうには見えないから、すごく意外ではある。
「父さんなら平気な顔して何杯も飲んでそうだけど」
「………酒はもう飲まん……あれは人の理性を奪う恐ろしき代物だ……」
父さんは表情を変えなかったが、声はいくらか苦みを含んでいた。
おおう、もしかして昔、酒で失敗した過去があるとか、か?
それもまた意外だけど。
先輩に勧められても毅然と断ってそうなタイプなのに、もしかして断れない初々しい時代があったのだろうか。
父さんはまったく自分の過去を語らないので、謎が多い。
「……ああそういえば、明後日だったな。来海ちゃんの誕生日」
この父親が来海を「ちゃん」付けで呼んでることが、無表情な顔と大変ミスマッチだった。思わず腹筋崩壊しそうになりながら、俺はこらえて、頷き返す。
じゅぅ……とフライパンの上で食材が煙を上げた。
「きちんと贈り物は用意したか」
「してるよ言われなくても。当たり前だろ」
「まあ、そうだな。お前はきちんとしてるから、そうだな」
「な、何だよ急に。父さん変なものでも食べた?」
俺は、突然褒められたせいでむず痒くなった。この父親にそういうサービスができたことにまず驚きだった。
「じゃあ、これは何だ?」
「は?何ってーーーーーーー」
父さんがキッチンのカウンターを、視線で俺に誘導した。見てみると、手のひらサイズの黒い箱。
来海に渡そうと思って、やめた指輪の入った箱だった。
俺は刹那、言葉を失った。
「………な、何でこれ……」
「どうやら間違えてゴミに入ってたからな。きちんとしている俺の息子が、抜けているなんて珍しい」
「………」
この父親、すっげぇ皮肉で刺してきた……。
分かっておいて事実を無視しまくっている。
俺は父さんから視線を外して、ぼそりと呟いた。
「………抜けてない。これは……いい。渡さないって決めた」
「…………。………そうか」
訊いてきた割には、向こうは引き際はあっさりしていた。拍子抜けだった。
まあ、この人の俺への関心なんてそんなものだろう。
俺は自室へと引っ込もうとした。
しかし、父さんの話は珍しく続いた。
「……昔」
「え?」
「………昔、酒で失敗したんだ。緊張してつい飲み過ぎてしまってな。酒に酔った俺は、当時付き合っていた彼女に隠していた本性を晒す羽目になった」
「………え、あ、うん…」
何か急に始まったぞ。相手、元カノか…?
子供としては若干気まずい話であるのだが……。
てかだいぶマズい失敗談じゃないか。
「ずっと隠してたし、この先も隠すつもりだった。だけど、俺の本性がバレてしまって、俺は彼女にそのうち別れを切り出されるんじゃないかと思ってた」
「は、はあ……、…」
「だけどいつまで経っても、彼女から俺に別れを告げる気配はなかった。理由を訊くと、彼女はこう言ったーーーーー貴方の本性が、嬉しかったと。聞けば、その夜の俺の酒の失敗がなければ、彼女は俺と別れるつもりで居たらしい。でも気が変わったと」
「……ん?どういうこと?」
貴方の本性が嬉しかった、って、何だ?
本性って嬉しいものなのか…?
「まあ、だからつまり何が言いたいかと言うと………隠してるよりいっそ曝け出すのも悪くない、って話だ」
「……隠すより、曝け出す……?」
「お前は器用だから、暴れてるように見えて肝心なことは言わない。一番大事なところで、隠そうとする。だけど、いっそ言ってみろ。案外、そっちの方が俺の息子なら、上手く行くんじゃないか」
「…何だそれ………」
軽い悪態をつきながら、俺はその実、父さんの言葉に心を揺さぶられていた。
いつも口数の少ない父さんが掛けた言葉は、それだけで重みがあるようでーーーーーー
指輪の入った箱を見る。
俺が捨てかけた覚悟と約束の証。
俺は、そっと手を伸ばす。
これを初めて店で受け取った時の、自分のあの幸せだった感情を、俺は静かに思い出した。
ああ、そうだ……。
どうせ散るなら、ちゃんと散ってみせろ。
じゃなきゃ、俺の今までに、申し訳が立たないな。
来海を想ってきた気持ち全部、中途半端な終わり方は許されないーーーーー。
箱を手に取る。
「父さん……」
「ああ」
俺は、顔を上げた。
「ーーーー全部、告ってくることにするよ」
第二章終わったら、この父親の酒の失態エピソードは書きます。
くく、楽しみだな。
ていうか、碧はやっとそこかい。
でも次回は、碧の大暴走案件。何故だろう。既に胃が痛い……
陽飛は頼むからこの幼馴染狂を刺激しないでくれたまえ。
さて、皆様。明日更新した方がいい?迷ってる。




