桜井さんにばったり遭遇
つまるところ、陽飛は本当に来海の彼氏なのだろうか?
訊き返す勇気もなく、俺は今日もずるずると1日を終えようとしている。
陽飛の奴も何だかんだで忙しいらしい。あの男の性格なら俺と来海に無理矢理にでも会いに来そうだが、陽飛が帰国した初日以来、接触はない。
連絡もなかった。
冷泉グループの跡取りとしての挨拶回りやら帝王学やらで忙しくさせられるから、だから日本には極力帰って来ないのだと夏に言ってたっけ。
忙しいんだろう。
それを理由に、俺は勇気を出さなかった。
……せめて用事は、済ませよう。
俺は学校帰りに電車を乗り継ぎ、百貨店へと入った。
店内の客層は思っていたよりバラバラで、俺のように制服を着た学生もちらほら見かけた。
ここへやって来たのは、明後日に迫った来海の誕生日プレゼントを買うためであった。
本来渡すつもりだったプレゼントの代わりに、俺は幼馴染として適切な距離感の贈り物を探しに来た。
コスメは俺は種類に疎いし、アクセサリーはとてもじゃないが贈れない。
でもスイーツみたいに消えてしまう贈り物じゃなく。
形に残るものではあって欲しい。
……なんて、わがままだろうか。
俺はどうして、自分の存在を残そうとしてしまうのだろう。
来海がそれを見て、俺を思い出すところまで願ってしまうのだ、俺は。
「ーーーーーーあ」
初めて入った雑貨屋だったが、俺は条件にぴたりと合うものを見つけることができた。
読書好きの来海が喜んでくれそうなもの。
栞、というのは、紙だけじゃないらしい。
キーホルダーのようなそれを、俺は手に取ってみる。チャラン、と鳴った金色の花は、鑑賞してみると、なるほど、繊細に彫られていた。
来海に、似合いそうだな……。
俺はすぐにそれに決め、レジへと持って行った。贈り物ですか?と訊かれ、俺はややぎこちないながらに頷いた。
綺麗に包装をしてもらったそれを受け取り、俺は店を出た。
「あ」
「あ」
そこで、思わぬ遭遇。
来海の親友、桜井さんだった。
「やあ、桜井さん」
「ええ、どうも……。あ、そうだ…貴方…。合コンの件はどうだったの?聞き忘れてたから」
「ああ……」
ロスから緊急帰国してきた幼馴染イケメンのせいで、もう遠いことのように思う。来海の彼氏候補たちに会ったが、結局誰も違ったという合コン。
「見つからなかったよ、来海の彼氏は」
「そう……良かったわ」
「どうしてだ?」
「だって、貴方、本人に会ったら泡を吹いて倒れそうだから」
「あー……まあ」
その通りすぎて、苦く笑うしかない。
でも、その代わり、……今度こそ来海の彼氏かもしれない奴が居たんだーーーーーとは、言えなかった。
「ああ、そうだ桜井さんに会ったら訊こうと思ってたんだけど……」
「何よ?」
「今、恋人は居る?」
「デリカシーを貴方はどこにやったの?」
ごめんて。
桜井さんは、はあぁ、と溜め息を吐いた。肩をすくめる。自虐するみたいに。
「…私にそんな人、居るように見える?」
「え?うーん。正直言うと……」
「言うと?」
「居るように見えるから、俺はどうしようか困ってる」
「………。っ、はあ!?何で貴方が困るのよ!?」
「ううん、こちらにも色々と事情があってなあ……。あ、ちなみに、困るってそういう意味じゃないぞ?俺来海一筋だから」
「いや、知ってるわよ!わざわざ言わないでくれる?私がフラれた女みたいになるでしょうが」
「失敬、失敬」
俺は颯くんの真似で、爽やかに笑った。
「でさ、どんな感じ?」
「だからデリカシー。…居ないって言わせられる私の身にもなりなさいよ!」
「お?もしや、桜井さんは彼氏をご所望で…?!」
「何でそんな喜んでるの?」
「美人とイケメンの予定調和の可能性を感じた……」
「何を言ってるの?」
俺の親友の颯は、桜井さんに片想い中。
その桜井さんは、なんと彼氏が欲しいらしい。
颯と桜井さんが結ばれるビジョンは、割と見えてきたかもしれない。
「あのさー、桜井さん」
「何よ?」
「もし俺が、しょうもない話も呆れずに聞いてくれる優しくて、謙虚なイケメンを紹介するって、言ったらどうする?」
「え、何その完璧な人……?そんなの居るんだったら、こっちからお願いしたいくらいよ」
「ま、マジ……?!」
これは、これは、あるぞ!?もはや、勝ち確っ!
颯唯、あるぞ……!!
「桜井さん、最高なこと言ってくれるじゃないか…これで世界は平和だ…」
「…急に何!?」
「じゃあ、また近いうちに紹介するよ」
「ええ」
先に彼女できるのは、俺の方だと2週間前までは思ってたのにな……
奥手な親友の恋に素敵な予感がして、俺は祝福すると同時に、大変羨ましかった。




