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渡せない。

「碧兄ちゃん…!ほんとの、ほんとに、コレ…渡さないの…?!」


コレ、というのは、和泉が持っている手のひらサイズの黒い箱。中身は、指輪だ。高校生にしては、かなり頑張ったプライスだった。だが、今年の来海の誕生日を特別なものにしたいと思ったから、金は惜しまなかった。


思い出すと、浮かれてた過去の自分が少々恥ずかしい。

両想いだと信じて疑わずに、俺は来海の理想を超える理想の告白をしようとしていた。

一生代わりの約束が欲しいと言われたから、来海の喜ぶ姿を想像して、この指輪を選んだ。


だけど、もう、渡せない。


「……考え直したんだ。これは、俺にはもう渡せない」

「意味が全然分からない…ちょっとさ、お姉ちゃんを、諦めるとか、言わないよね……?」

「まさか。この先もずっと好きだぞ」

「じゃあ、何で渡すのやめるの?」

「……そりゃあ、…渡せない……だろ」


和泉は不可解そうな顔をする。俺が曖昧に濁すからだろう。

そのうち合点が行ったのか、和泉は、「ああ…」としみじみとした感じで呟いた。

はあ、と溜め息。


「……僕の知ってる碧兄ちゃんはーーーーー、よく暴走して、たまに強引で、だけどお姉ちゃんへの愛に誰よりも真っ直ぐで……そんな一途な碧兄ちゃんだから、僕は尊敬してるんだよ…、こんなこと言うの恥ずかしいけどね!」

「和泉……」

「今更重いとか気にしないでよ。絶対に大丈夫だから、碧兄ちゃん。お姉ちゃんなら、泣いて喜んじゃうよ?」


和泉は、微笑む。母親譲りの綺麗な顔が、ややあと笑った。


「………それは、とてもいいな……」

「でしょ?」


そんな未来が、羨ましかった。


しみじみと呟いた俺に、同意を得られたと思ったのか、和泉は喜色をあらわにした。

俺は和泉から指輪の入った箱を受け取り、それを棚に戻す。


見えないように、奥に隠した。


これがあるから、ずっと苦しかった。

一生、一緒に居るつもりで買った証が、一方的なものだったと知って……俺は、この箱が自分の部屋にあるのが……たまらなくなって。


でも…捨てきれなくて。


親友に頭いかれてんのかだなんて言われるほど暴走してたのは、ひとえに真実を知った反動だったのだと思う。自分が描いていた少し先の未来が、突然消えて、全部急に、自分の想いが重荷みたいに思えて……



これは、もう………。


『ーーーーもしそうだよ、って言ったらどうする?』


ムカつく大嫌いな幼馴染の男の声が、俺の脳内に響いた。



いいんだ。


これは、もう、要らない。




******


「お邪魔しました。翠ちゃん、また明日ね!」

「はいはい。早く帰ったら」

「はは、つれないなあ」


中学生組は、玄関で恒例の塩のイチャつきをしていた。俺の妹は、俺にしろ、和泉にしろ、1対1でないとなかなか塩対応を崩してくれないのである。


まあ、そういうところが、和泉は好きらしいが。

俺は割と常にデレられたいタイプなので、ギャップがたまらないという和泉の主張はいまいちよく分からないでいる。

まあ、翠のことは可愛い妹だし大事な家族だと思ってるけどな。ギャップ云々は、いまいち分からない。



しかし、いつだったか、和泉の父親である遼介さんがその主張に激しく同意してたのは、やっぱり親子だった。都さんのギャップは、撫子笑顔が邪魔して全然想像つかないんだが、実際は、遼介さんが骨抜きなだけはあるのだろう。うん、どんな感じなんだ……。

とにかく、血は争えないという話だ。



和泉が帰った後、俺と翠は夕食を作っていた。

母親は海外を飛び回っていて、父親も仕事で忙しい人であるため、俺と翠はこうやって2人で家事を分担している。

朝は各自で用意するが、夜はどちらか、もしくは2人で今日みたいにやったりする。


キッチンに並んで立っていると、翠が「ねえねえ」と俺を肘で小突いた。手がパン粉まみれで塞がっているので、肘だったんだろうが、俺の腕ではなく腹に刺さった。

目測を誤るでない、妹よ。


「………ね、お兄ちゃんさ……最近、来海ちゃんうちに呼ばないんだね」


どきり、とした。突然、何を言い出すのかと思ったら、なかなか答えるのが心苦しい質問だった。

俺は、苦笑した。


「………今、忙しいみたいだから、来海」

「ほんと?」

「………ああ」


嘘ではない。強豪の私立と近いうちに練習試合を組んだとかで、ここのところの放課後は来海は毎日袴姿だ。……予定表は…明後日が、休みになってたが、部屋に呼ぶことは…ないな。



「………あのね、お兄ちゃん。和泉と話してるのね、私も聞いててね………。……私もね、実は尊敬してるんだよーーーーー」

「うん」

「ーーーーーお兄ちゃんの頭おかしいとこ」


………。

何だって?


「………………待て待て翠?頭おかしいとこを尊敬してるのもおかしいが、俺を頭おかしいだなんて言うのもおかしいぞ?」

「…だって、頭おかしいもん。来海ちゃんが絡むと、お兄ちゃんはIQが幼児レベルだし……」

「………分かった、分かった、妹よ。お前が俺のことをどんな風に見てるのかは、よーく分かった」


俺は、肩をすとんと落とした。

…仕方ないんだ。昔に一度ブレーキをぶっ壊してしまったばかりに、来海を前にするとだいぶアホになってしまう。


俺は、パン粉をまぶしたジャガイモの塊を、フライパンの油の中に落とす。じゅうぅぅ…と油が、跳ねた。

パチ、パチ、と油がステップを踏む。


「……憧れちゃうよ。……だって、私は、お兄ちゃんみたいに…そんなに真っ直ぐで居られない………」


ぼそりと、翠が何かを呟いた。


しかし、パチッ!!とフライパンの中からひときわ大きい破裂音がして、その声はかき消される。

俺は顔をフライパンから離した。


「うわ、油跳ねた………あれごめん、翠さ、今何か言った?」

「…………ううん。何でもない」

「そうか?…油そっち飛んでない?大丈夫か?」

「うん、大丈夫」


翠は、小さくこくんと頷いた。



「………来海ちゃんのこと離しちゃ駄目だよ、お兄ちゃん」


それから、俺にそんなことを囁いた。


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