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誕生日プレゼント

「悪いな翠。ちょっと和泉を借りるぜ」


俺は妹の翠に一言断りを入れて、和泉を部屋に連行することにした。翠から和泉をこの家に誘ったのだろうから、許可取っておかないとな。


「すぐ返すから」

「あ、別にいいよ?私勉強するから、いくらでもどうぞ。バイバイ和泉」


ばさり、とフラれる和泉くん。和泉はこの世の終わりのような顔をした。


「え?いや、すぐ返………」と俺。

「大丈夫。ごゆっくりどうぞ」と翠。

「え!?待っ……っ、す、翠ちゃ〜ん!??」と和泉。


あっさりとしている翠の去っていく後ろ姿に、和泉が膝から崩れ落ちた。手を伸ばすが、既に翠は自室へと引っ込んでいた。


おお、うーん…可哀想なことをしてしまった。

翠はめちゃくちゃ恥ずかしがり屋なのである。和泉とイチャコラしているところを俺に見られたのが、相当に恥ずかしかったようだ。


いや、リビングでしてたから、帰宅したばっかのこっちも遭遇不可避だったんだよ……


和泉は翠に軽くフラれて、床と仲良しになっていた。両手をついたまま、俯いている。その背中が悲しそうだった。


ご、……ごめんな和泉。

………。

に、睨まないで。

お願いだから、碧兄ちゃんを睨まないでくれ…。


和泉は、拳を床に振り下ろす。チクショー!とでも言いたげな様子であった。


「やっと!やっと!2時間かけてあのクールな翠ちゃんを甘い雰囲気まで、持っていったのに……!今からイチャイチャしようって時だったのにぃ…!!」

「に、2時間………!?」


おう、甘やかし導入に2時間掛かるのかぁ……、す、すごいな和泉くんよ……。その忍耐強さ、碧兄ちゃん尊敬しちゃうぜ。


和泉くんは、拳をコンコンコンコンコン!!と振り下ろした。翠の去った方向を見る目が、マジだ。

俺は、その圧に少し後ずさった。

ヒヤリと、汗が首筋を伝う。


「…はは、いいよね。お姉ちゃんは碧兄ちゃんにす〜っぐに甘えてくれるもんね?四六時中甘えてくれるもんねぇ?まあ、いいんだけどね?僕は、あのクールな翠ちゃんのことも大好きだからね。でも、たまにはこっちとしては、甘えられたいじゃん?あのクールな翠ちゃんをデレさせた時の高揚感……ははは」

「い、和泉。俺が悪かった。悪かったから、落ち着いてくれ……!」

「翠ちゃん、翠ちゃん……どうして僕を捨てて行ってしまったんだ……さっきまであんなに僕を見てくれてたのに……翠、翠……」

「お、落ち着け……っ!大丈夫だから!?捨てられてないから!?和泉くん、戻ってこーい!」


俺は必死に和泉の呼びかけ、いつもの和泉に戻そうとする。ははは……とハイライトのない目で笑っていたが、しばらくすると、和泉は正気を取り戻した。

自分でぶつけた拳を痛そうにしている。


ここで断っておくが、和泉は若干、ヤンのデレが入っている。

溺愛し合っている都さんも遼介さんも、そんな要素はないのだが、子供の和泉はこれまた違った方向に愛が重たい。


翠が知っているのかは、知らんが……。

まあ俺の妹だから、多少の重い愛は受け入れてくれるだろう。


ていうか、来海に彼氏が発覚した日に電話寄越した時の『もし浮気したら婚姻届書かせる、監禁する』って言ってたのは、来海の彼氏の思考回路ではなく、和泉くんの思考回路ではなかろうか?


絶対浮気するんじゃないぞ、翠……。お兄ちゃんは、責任取らないからな……。


ん?あれ?てことは、来海の彼氏って、もしかしてまともな人なんじゃ…?俺がずっと処されると思って怯えてたのは、必要なかった…?


「………それで?碧兄ちゃんは、僕に何の用?」

まだかすかに非難がましい目を向けながら、和泉が俺に尋ねた。

ああ、と俺は頷く。


「来海の誕生日のことでちょっと訊きたいことが」

「お姉ちゃんの誕生日?」

「ああ。和泉はプレゼント何にしたのかなと」


3日後が、来海の生誕祭。来海がこの世に生まれてきてくれた感謝にむせび泣く日である。


和泉は、軽く思い出して言った。

「僕は去年と同じで図書カードだよ。お姉ちゃんもそれでいいって言ってたし」


本好きの来海にとって図書カードは、嬉しいプレゼントである。外れることが絶対にない安全地帯だ。和泉の堅実さが表れている。


「そうか……ありがとう。参考にさせてもらう」


せっかくのプレゼントだし、他とかぶらないようにしようと思い和泉に訊いたのだが、和泉は不思議そうに首を傾けた。


「どうかしたか?」

「いや……碧兄ちゃんの性格なら、毎年、お姉ちゃんの誕生日の1ヶ月前には準備し終えてるから……今年はまだ用意してないんだって、驚いて……」


よく分かってるな、和泉は。


「…ん?でも、そんなことあるのかな…?碧兄ちゃんに限ってそんなことあり得る…?…もしかして…元々用意してたプレゼントがあったけど、諸事情で渡せなくなって、新しいプレゼントを準備しようとしている……とか?」


す、鋭い……!


完全に図星を突かれてしまった。

和泉は俺の態度で察したらしく、にやっと笑った。和泉には珍しい、ニヒルな笑みである。


「へぇ、そう。碧兄ちゃんがお姉ちゃんに渡すのを躊躇うプレゼント、ねぇー?何だろう?何だろう?」

「さては和泉、怒ってる……?」

「ははは、まさかぁ」


目がちっとも笑っていなかった。獲物を見つけた捕食者の目だ。

いや、絶対怒ってるですやん……


もう二度と中学生組のイチャコラを邪魔しないようにしよう…と俺は密かに決意した。


「じゃっ!隙あり〜!!」

「うぉ、っ!??」


和泉が俺を通り抜け、廊下を走っていく。そんな和泉の向かう先はーーーーー俺の部屋!!

ま、マズい!!

コイツっ、俺の部屋を漁る気でいやがるなっ!?

プレゼントを見つけ出す気だぁ!??


やっぱ、さっきの件、めちゃくちゃ怒ってんじゃねえか!!


俺が止めるより早く、和泉が俺の部屋の扉に手を掛ける。バーン!!と禁断の扉が、解放されたーー!


「とぅわ!!こちとら分かってんだよ、碧兄ちゃん!碧兄ちゃんが大事なものを隠すときは決まって、ここだぁ!??」

「そんなピンポイントで!??」


しかも当たってるっ!??

和泉は、俺の部屋に置かれた5段式の棚の2段目に手を伸ばす。そして、カモフラージュの雑誌を脇にどかし、棚の一番奥へと手を突っ込んだ。

ガサゴソして取り出されたのはーーーー、


「よぉし、見つけたっ!」

「っ、お、おい…」


ーーーー手のひらに乗るくらいの、小さな黒い箱。


目的のものを見事に一発で見つけ出して興奮していた和泉だが、やがて、自分の手のひらに乗っているものを見て、小さく目を見開く。

ぱっ、と俺の方を勢いよく振り返った。


ああ、くそ…何で見つけちゃうんだよ。


「あ、碧兄ちゃん……もしかして、これって……」

「…………」

「これって、………お姉ちゃんへの、指輪…?」


分かってしまったらしい。指輪じゃなくて、他のアクセサリーかもしれないとは思わなかったか、和泉くんよ。


来海に彼氏が居ると知る前。

俺は来海の誕生日に、告白するつもりでいた。


そして、来海の理想の告白とやらを全力でやってやるつもりだった。


夕日の沈む頃、デートの最後。

後ろから抱きしめられながら、耳打ちで告白。


そしてーーーーーー、


一生の約束代わりが欲しいと。


少女漫画の世界に憧れた来海は、俺にちょくちょくそう言ってきた。


それを叶えようとして、俺は。


でも、もう渡すつもりはない。


「…………重いだろ」

「碧兄ちゃん……でも………」


和泉は、俺の目を真っ直ぐと射貫いて告げた。


「お姉ちゃんなら、喜んでくれるよ」



俺は何と返したらいいのか分からなかった。





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