当日編②
「ーーーー宮野さんに、ちょっと前に彼氏が出来たっていう噂があるんだ」
「は………?」
友人の言葉に、俺は呆然とした。
"幼馴染に、彼氏が居るかもしれない"
俺は、告白をオッケーしてもらえるかどうかは悩んでも、そんなことは考えたことない。
その可能性を頭に浮かべたことが、一度もなかった。
あり得ないだろ……。
だって、来海は……、あんなに恋人みたいな甘い時間を俺に与えておいて?
いつも暇さえあれば、俺の部屋に入り浸ってるのに?
彼氏が居る?
冗談じゃない。
「まさか、そんな訳ない……」
「…ううん、やっぱりそうだよね。宮野さんにもし彼氏が居たとしたら、碧以外考えにくいし。だけど、碧はまだ彼氏じゃないと……まったく、誰がこんなデマ流したんだか」
颯はうんうんと頷いて、俺の肩を叩く。
「ごめんね。変なこと、聞かせて。噂してた子には、僕から訂正しておくよ」
「………ああ…」
「…告白、上手く行くといいね。まあ、絶対結末はハッピーだと僕は予想してるんだけど!」
「…………そう、だな」
昨日までの来海の行動を振り返ってみても、あれは彼氏が居るような女子が出来る行動ではない。
たとい彼氏が居たとして、自分の膝に、彼氏以外の男の頭を乗せるのか?
否。
来海はそんな子じゃない。
俺は、自分を納得させようとする。
だが、その不安を完全に取り払うことは、出来なかった。
******
その日は悶々とした気持ちで授業を受けた。
部活から帰宅しても、俺はまだその噂の衝撃を忘れられていなかった。
いかん、噂に完全に振り回されてる。
多分、真実ではない……のに。
だけど、確信がある訳でもないんだよな……。
んー、ああ……。
……くそー、分かった。
俺のなけなしの勇気により、来海の親友に事の真相を確かめようじゃないか。
ここで来海本人に確かめようとしなかったのは、俺のショック耐久性の問題である。
来海本人の口から噂を肯定されようもんなら、多分俺は再起不能になってしまう。
少なくとも、寝込む。
幸い、俺のスマホには来海の親友の連絡先が入っている。
来海が絶対的な信頼を置いて、自分以外の同級生の女子で唯一、俺に許した連絡先である。
ちなみに俺のスマホに入ってる女性陣は、来海に、来海の親友、俺の妹に、母親くらいだ。
パスワードも教えてるので(教えさせられた)、定期的に俺のスマホを来海は操作して巡回している。
もしこのメンツ以外に加えられた女子の連絡先があった日には、来海に「分からせ」られる。
ただ、甘〜い仕置きである。
正直言えば、アレはご褒美なんだけどな。
まあ、よく分かってらっしゃる。
甘やかされるたびに、俺の脳は完全に来海に乗っ取られ、来海なしで生きられなくさせてくるのだ。
それにより、他の女子が入り込む余地を排除してくる来海ちゃんである。
……という話を、一度、来海の弟にしたところ。
来海の弟は顔を引き攣らせ、自分の部屋に居た来海にお説教しに行っていた。
『碧兄ちゃんに何してるのさ、お姉ちゃん!』
と抗議してくれたのだが。
来海が『やめないとダメ?』とこちらを子犬のような目で見たので、俺は反射的に『ダメじゃないです。よろしいです』と答えていた。
和泉はぎょっとした顔で、
『いや、駄目でしょ碧兄ちゃん!お姉ちゃんを甘やかすな!』
して、その後は2人仲良く、来海の弟に叱られた。
大丈夫いいんだ、和泉。
『他の女の子とやり取りしないで』なんて、俺からすれば、
「可愛いなー、もーこのヤロー」案件である。
世間一般的には、ちょーっと重たいのかもしれないが、俺が許す。
俺は、その厳しい精査を見事クリアした来海の親友に、メッセージを入れた。
『変なこと訊くけど、来海って、彼氏居る?』
大丈夫、俺は絶対にこれには否定が返ってくると自負がある。
あれだけイチャコラ一緒に過ごせば、何となーく察する。
そう、恐らく俺たちは両想いなりーーーーー
割とすぐに返信が来た。
『ええ。変なこと訊かないでちょうだい』
…………。
………………。
……………ノーぉぉぉぉぉっっ!!!!!!????
俺はスマホを操作して、コンマ0.8秒で彼女に電話していた。メッセージなんて、まどろっこしい!!
今すぐ真相を吐かせる!!
コール2回目で、彼女は出た。
親友、桜井唯の登場である。
『…ちょ、ちょっと、何よ!今すぐ電話切りなさい!バレたら私が来海に怒られるじゃない馬鹿!』
知るか。
桜井さんが怒られることはないだろう。
多分来海のその負の感情の行き先は俺で、またあの甘〜い仕置きをされるだろうが、うんまあ悪くない…
って、いや、そうじゃない。
「そんな悠長なこと言ってられる状況にないんだよ!おい、あのメッセージはどういう意味だ!?」
『はあ…?彼氏居るって訊かれたから、そうよって返しただけでしょ。あ、そうそう!そういえば伝えるの忘れてたわ!』
『来海と、おめでとう。来海の方から告白されたんですって?もー、待たせすぎよ、大倉くん』
「は………?」
スマホを持つ手が震える。
そのうち肩まで伝播し、俺は気付いたら呟いていた。
弱々しく。
「……告白、されてない」
『はあ?でも、来海は告白したって……。え、ちょっと待って、どういうこと?』
俺が聞きたいよ……!!
「その彼氏、俺だって言ってたか?」
『……….』
電話の向こう側に、沈黙が訪れた。
沈黙は肯定を意味するって知らないか?桜井さんよ。
『貴方が、来海の告白を、告白だと思ってない可能性は……?貴方が知らない間に返事をして、それであの子だけ恋人になったと思ってる…とか』
桜井さんは、俺が来海の彼氏である説をまだ信じてくれていた。
しかし、その説には圧倒的矛盾がある。
「俺が気付かないと思うか?来海に告白っぽいことをされて、認識出来てないと、本当に思うのか」
『………』
沈黙=肯定の方程式、再び。
そう、それは俺の信念とか、流儀に反する。
俺は来海の言葉にも行動にも、慎重な注意を払い、全力で脳裏に焼き付けてる。
だから、来海とすれ違ったことなんてほとんどないに等しい。
その俺が、告白を見落とすなんて、ある訳がないのだ………。
『そ、そんな。来海に彼氏が出来たって言われて、私ずっと貴方だと……』
「……だったら、どんなに良かったか」
『ま、待って!まだ私はあの説を推すわ。来海は、バレンタインに告白したって言ってた。相手の箱の底に、メッセージカードを入れて、そこには告白の言葉が書いてあって、それで告白したって』
「………っ」
断言できる。
それは、俺じゃない。
俺は棚に飾ってあるソレを、手に取った。
確かにバレンタインに俺と来海は会ったし、チョコだって貰った。
だけど……。
俺は、毎年来海がくれたバレンタインの包装は、綺麗にして保存してある。チョコが直接入っていた袋は、衛生的に泣く泣くお別れしているが、包装は別だ。
ソレの蓋を開ける。
中には、青が多めの、色とりどりの箱が入ってある。
全部に、1つひとつ思い出が詰まっている。
これをふと取り出して、思い出に浸るのが楽しい。
愛が重たいのは、来海ではなく、俺の方なのだ。
今年のバレンタインの箱を、手に取る。
やっぱり、何も入ってない。
貰った時にも、確認していたから、そうだとは思ったけど。
「ないよ。来海からの告白は、………俺にはない。俺じゃない………」
『………そ、そんな、嘘……』
「………」
何で?
真実を知って、俺が思ったのはそんなことだった。
両想いだなんて、思っていた自分が馬鹿みたいだ。
散々、俺のこと好きにさせておいて。
なのに。
その相手は、俺じゃない。




