選んでほしい
合コンに突如として現れた絶世の美少女に盛り上がってしまった、部屋を何とか抜け出して。
と言いつつ、俺はまだ守下に確かめたいことがあったのでその場に残りたかったんだが、来海王女に連れ出されてしまった。
来海は力は控えめながら、きちんと俺の腕をホールドし、どんどんもと居た部屋からは遠ざかって行った。
ずりずりと、半ば引き摺られる。
俺、歩けるて。来海ちゃん。
後払いだった会計だけ済ませて、2人で店を出る。
夜道をぽつぽつと歩く。月が地上にかすかな光を送っている夜の世界。
まるでこの世界に、2人きりのようだと錯覚させられる。
そんな静けさの中を俺たちは、2人。
「碧くん。…どうして今日はあそこに居たの」
ぽつり、と隣を歩く来海が、俺に尋ねる。
責めているというより、溢れた純粋な疑問。
それは、俺がそんなことをするはずがないという彼女の信頼ゆえというのが伝わってきて、それがまた俺を高揚させる。
我ながら単純だな、としみじみ思った。
「……知り合いに、事前に聞いてた話と違ってて。…ごめん、そんなことするつもりじゃなかった」
恋人じゃないから、謝る必要がないなんてわけじゃない。
好きな人がいながら不誠実なことをしたくない。
それを誤解されたくない。
好きな人だから、俺は自分の行動を素直に謝った。
来海はそっと俯く。
「……ううん…碧くんのことは、誰よりも信頼してる。ちょっと、私が心配になっただけ。…ごめんね、私きちんと帰りを待てずに迎えに行っちゃって。迷惑だったよね……」
俺は首を横に振る。
お互い様だ。
そして、お互い、きっと相手のその行動に愛を感じてる。
俺たちはきっとそう。
少なくとも俺は、そうなのだ。来海が俺にはたらきかける全てに、嬉しくなってしまう単純な男だった。
俺は、小さく笑った。
「ううん。よきですので、今後もそれを継続してください」
「ふふ。碧くんは、またそんなこと言って。際限がなくなっちゃうから駄目だよ」
来海もくすくす、と笑う。
ふと、来海の顔が翳った。
俺の名前を呼ぶ。
「ーーーーー碧くん」
「ん?」
「…あのね、ごめんなさい、実は私黙ってたの。先月、私も今日の碧くんと同じような状況になって、ああいう場に参加したの」
あ、反省モードの来海ちゃんである。しゅんとしてらっしゃる。
もし今の来海がウサギだったら、耳がぺたんとしおれた可愛いウサギになってることだろう。
あー。
何かジェラってないなー、あれ?怒ってないなー、とは思ったけど。
そういうことか。
自分も今日の俺と同じことを前にしたので、俺に何も言えなかったのだろう。
「ああ……うん、知ってた」
「え、知ってたの!?」
来海はぎょっと目を丸くした。
「うん、桜井さんに吐かせた。ていうか今日のやつもその件で行った。何か来海が帰り際に男といい雰囲気だったとか言ってた奴が出て来たから、真相を確かめに…しかも、その相手が守下でーーーーーって、ああいや何でもない……重いな俺…」
言ってて、気まずくなった。
仮にも幼馴染の段階では、これはちょっと重いかもしれないと。
…そういえば。
突然来海が登場してあの場が騒ぎになったせいで、忘れてたけど!!
守下と来海は、結局先月の合コンの帰り際に一体何話してたんだよーーーー!?
来海の彼氏説は、守下本人によって否定されたし。
分からぬ……。
俺は答えを求めるように、来海を見た。
ぶんぶんぶん!と来海が高速で首を横に振る。
「……碧くん!別に重くないからそれは気にしないで。って、それより!それは多分、偽情報だと思う……一ミリもいい雰囲気になってたはずないよ!?だって、碧くんの連絡先で、私と守下くん揉めてたのに…!」
「……マジか。サードンめ……」
これが情報操作ってやつか。どうやら俺はサードンに踊らされてたらしい。
憎い。サードンはやはり我が敵であった。
まあ、こんな俺の様子すら、笑ってそうだけどなあの男は。何て奴ぅ!
俺は、はたと気付く。
「………ん?いや、ちょっと待て。今何と言った来海ちゃん」
「ん?だから、碧くんの連絡先で、守下くんと一悶着あったの」
「何ですと!?」
いや、どういう意味!?
来海は、口をとんがらせた。頰を膨らましても、可愛い。
「あのね。あの日は……高校入ったあたりから、私が碧くんのスマホに入ってる守下くんの連絡先をブロックしてたから、……それを解除しろーって守下くんが私に詰め寄ってきたの!」
「いや待て待て待て。ツッコミどころが多すぎるから!?え?何、ブロックしてたぁ!?守下の連絡先を!?」
そういえば中学のときは割と来てた守下からの連絡が、ぱたりと途絶えたなとは思ってたけども!
ブロックしてた、だと…?!
来海の頰は、もう一段階膨らむ。むくむく。
「だって、だって、何か危険な匂いがするの。守下くん、絶対碧くん狙いだわ…!中学の頃から、碧くんに陶酔してるのよ…!守下くんは…!」
来海はいかにも本気の目で、そう告げた。
は、
はいぃ〜?!!
俺は仰天した。
「いや!?そんなわけないだろうがぁ!?守下が可哀想だから、やめてあげなさい来海ちゃん〜!」
「嫌だぁ…」
「来海ー」
「嫌だー」
来海の意思は固かった。何でや。
大体、そんなわけないだろ。確かにやたら俺の好きなものとか幼少期のエピソードとか、根掘り葉掘り聞いてくるな守下と過去に思わなくもなかった覚えがあるが、単純な興味の範疇じゃないか来海。
俺は、来海の膨らんだ両頰を片手でつまむ。
ほっぺた、もちもち。
むーっと俺の方を上目遣いしてくる。天使か。
「来海……」
「……っ!?」
俺は、スッとスマホを取り出す。
来海ちゃんは、話の流れから俺が何をしようとしたかを察したらしい。
こっちに手を伸ばしてくるが、俺はかわした。
「さて、俺は少々怒ってます。先月の合コンの件を、俺に黙っていたのは、何故ですか」
「…!あ、いや…、そのぉ、守下くんのこと、碧くんが下手に思い出したらいけないなぁとか、碧くんにバレたら怒られちゃうなあとか…………思って……っ、…!うう、ごめんなさい…!!」
別に彼氏ではないので俺に謝る必要はないのだが、まあ長年の染みついた習慣である。
別に俺もさほど怒ってないが、何故そんな風に言ったかといえば、そうした方がやりやすいので。
「罰として、守下の連絡先はブロック解除しておきます」
「そ、そんなぁーーー!!!!」
俺はぷしゅぅっ〜…と、来海の両頬に溜まっていた空気を抜き、スマホを操作して、守下の連絡先を復活させた。
これでよしと。
守下はいい奴なので、高校は離れたが、俺も友人として仲良くしておきたいのである。
「そんな……」
「はい、来海ちゃん帰りましょー」
「碧くん……」
ーーーーご機嫌ななめになってしまった来海ちゃんは、俺を恨めしげに見て。
自分の左手の人差し指で、俺の右手に触れた。
ちょんちょん、と叩くように。
まるで、合図だ。
俺は、迷った。
前の俺なら、何の迷いもなくその手を握り返した。
最近の俺なら、きっとその望まれた手の合図を誤魔化した。
今日の俺はーーーーーー
少し、欠けていた勇気を出した。
「……俺だけなら、いいよ」
キザで、こっ恥ずかしいことを、咄嗟に口に出してしまったものだ。
赤くなってないことを祈る。
来海は、ぱちぱちと大きな二重の目を瞬かせた。
それからーーーーーー
「うん。碧くんだけ……」
繋がれた2人の手。
昔から何度もしてきたのに、今更。
俺たちを、躊躇わせ、照れ臭くさせ、何より温かくするもの。
ああ、今夜は月が綺麗だーーーーー。
だけど、君の隣に居られる奇跡の方が、もっと綺麗だった。
もう、大丈夫。
もう俺は、きっと気付いてた。
今日の一件を経て、よく分かった。
この幼馴染に。
たった今、俺を選んでくれた、
この幼馴染に。
彼氏なんて、本当はきっと居ないのだとーーーーー。
やっぱり、5日後の来海の誕生日。
当初の計画通り、例の理想の告白とやら、してみようかな、なんてーーーーーー
いや、そりゃあそうよ。
おかしいと思ってたのよ。
両想いに決まってるじゃないか、こんなの。
良かった良かった。
彼氏など、存在しなかったのだ。
俺は、すっかり有頂天になっていた。
******
月曜日。
「ねえ、来海ちゃん!最近、彼氏とはどう?!」
「うん、順調だよ!ちょっと進展遅いなあって気はするんだけどね……うん、順調、かな?」
バタバタバタッーーーー!!!!!
呆然とした俺の手から、教材が落ちた。
床にぶちまけてしまい、廊下を歩いていた周りの生徒たちが驚いて、慌てて俺の代わりに拾ってくれる。
すみませぬ、ありがとうございます…
しかし、それどころではない。
教師に頼まれて教材を運んでいた俺は、たまたま通りかかった来海のクラスで、とんでもない会話を耳にしてしまった。
いや、何でっ!???
嘘だろっっ!?
彼氏居ないんだと思ったら、やっぱり居るのかよぉぉぉーーーー!!!!??
******
ロサンゼルス郡、ベルエア。
婚約者の男を迎えに来たプラチナブロンドの女は、部屋に残された一通の手紙を見て、男が部屋にいない現在の状況をすぐに察した。
手紙を読むと、少し早い春休みを取って故郷に帰る旨が書かれてあった。
あのクソ男にしてみては、手紙の内容は仕置きレベルだが、手紙を残してるだけマシである。
「へぇ…いい度胸ね」
綺麗に着飾ったドレスのスカートをくるりと回転させて、女は部屋を出た。
白塗りの長い廊下をカツカツと歩く。
「セバスチャン」
「はい、お嬢様」
「ちょっとワタシ、しばらく家を空けることにするわ。飛行機を押さえて、準備をして頂戴」
「一体、どちらに?」
女は、妖艶に微笑む。
「決まってましてよ?あのクソ婚約者を迎えに行って差し上げませんとーーーーーー日本へ」
その瞳は、闇の中で月の光をたたえていた。
次の間話で第一章は、閉幕。
次回から新章スタートでございます。




