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ポニーテールを結び直したくない理由

学校の廊下を進む。教室まで、あと少し。

絶世の美少女こと来海ちゃんと並んでいると、視線を感じてしまって非常に居心地が悪い。


近しい人間は俺のことを温かく………いや、何かよく呆れられてるような………とにかく見守ってくれてるのだが、俺と関わりのない生徒なら、あの有名な文豪のごとく『刺す』と言ってくるかもしれない。我ながら、この美少女幼馴染と容姿の釣り合わない男だとは思った。

まあまあ、気にしても仕方ないので、気にしないことにしている。


「じゃあ、碧くんまたね!」

「おお、またな」


クラスが違うので途中で来海と別れ、俺は自分の教室に入った。


………。


そこで、いよいよ俺は我慢がきかなくなり、教室内に颯の姿を認めて、すさささ!と急いで近寄る。

がしっと、颯の両肩に手を置いた。


はあぁ〜と俺は溜め息を吐く。

颯は頰をひくつかせる。


「いや、な、何さ…?」

「誰か俺の堕落を止めてくれ……」

「はあ、宮野さんとのことなら、碧はずっと前から堕落してたと思うよ」

「颯よ、もうそれはいいのだ」

「いいんだ」


来海にどっぷり浸かってしまってるのは、もう出会ったときから定められし運命である。


「颯、違くて。倫理に反する堕落を今日の俺は嘆いているのだよ……」

「うん。今度は何したのさ?」


聞いてくれるなんて、流石優しい。


「都さん……あ、来海の母親なんだけどな、今日は朝から来海の家にお邪魔してたんだ。そして、そう、都さんに、来海が寝坊してたから俺が寝室に起こしに行くように言われて……」


ざわざわざわ……!!!!!


何だか急に教室がざわつき始めた。爆発的な囁きが伝播しまくっている。


皆、今朝は話に花が咲きまくってるらしい。奇遇だ、俺もテンション上がってむしろおかしくなってるぞ。


「は?ちょっと待って?既におかしいよね??」

「まあ、それは前からしてたことだし。抵抗感あるとかじゃなくて」

「いや、おかしいよね?僕が正しいよね…?」

「寝室に入ると、来海が俺の好みどストライクの服を着て、寝ていた………具体的な名称は伏せておくが、まあとにかく美少女の最大魅力が俺を襲ってきたんだ……!」

「………は、はあ……」

「俺は一瞬間違いそうになったが、何とか持ち直した。しかし、そんな状況になってしまったこと自体を反省しなければならない…!」


来海の更生はもう諦めた。だが、俺の方は少々距離感を改めなければいけない。

なのに、来海の甘い誘導と俺のガバガバ耐性により、俺は着々と断罪ルートに入っているーーーーーー。

しかも、それへの有効な対策が、まるでない。


今日学んだ気付きは1つ。


「ひとまず寝室に入るのは、やめようと思う…」

「………そ、そう……」

「ご清聴ありがとう颯くん。おかげで落ち着いてきたぞ」

「イエ……」


ぼそりと颯が呟く。

「………聞いた僕が馬鹿だった……これはただの惚気だ……高濃度惚気だ………」

「ん?何か言ったか」


教室は相変わらずそわそわ浮き足だっている。まるで恋のニュースでも舞い込んできたような落ち着きのなさである。


「何かニュースでもあった?」

「碧のせいだと思うよ」

「俺はいつも通りだぞ?」

「いつも通りだからだよ」

「ちょっと意味が分からない」

「そのうち分かったらいいね」


最後は爽やかな笑顔の颯くんに捨てられた、大倉碧くんなのでした。

捨てないで。


******


さてさて。

午前の授業が終わり、俺は、颯と他の友人と昼を囲んでいた。

すると、うちの教室の中から、廊下に女子の集団がぞろぞろと歩いているのが見えた。体育館用のシューズ袋とハンドバッグを持っているので、4時間目が体育だったのだろう。他クラスの彼女たちは教室に戻っている最中だった。


その中に来海と親友の桜井さんも居る。

俺は、颯にこっそりと声を掛けた。


「颯ー。桜井さんだぞー」

「……ねえ、ニヤニヤするのやめてくれる…?」

「颯、恥ずかしがらなくていいんだ。俺も来海ちゃん見たいから、2人で仲良くあの2人を見とこうぜ」

「流石だ。…堂々っぷりが違うよこの人……」


颯はやや居心地が悪そうにしながらも、ちらりと桜井さんを見ている。

イケメンのくせに控えめだなんて、ますます推せるじゃねぇか。俺がその爽やかフェイスだったら、もうちょい自信持つけどな。その謙虚さが颯の良いところでもある。


この前約束したし、来海の件で桜井さんと繋がりのある俺が、場を用意できればいいんだが…。

部外者の俺が介入していいかはかりかねて、まだ実現には至っていない。颯の方は良さそうだが、桜井さんの意向を伺わねば話は始まらない。


俺はそんなことを考えながら、向こうからバレない程度に来海の姿を盗み見ていた。

体育後とは思えない、さっぱりとした雰囲気。

しかし、身だしなみに気を使っている来海には珍しく、少し乱れた髪をそのままにしている。恐らく体育で帽子をつけたり外したりしたのだろうか、ゴムの位置が朝より下がっていた。


あのポニーテールを結んだのは、俺である。上出来とか言ったのに、駄目だった。綺麗に結べたと思ったら運動すれば崩れてしまう、見かけの綺麗さだったのだ。

幼馴染技能検定三級への道は、遠い。


「あら?来海。髪は結び直さなくていいの?櫛と鏡無いなら、私貸すわよ?」

桜井さんがそう言ってるのが聞こえた。

来海は体操服の入ったバッグを胸の前に抱えて、首を横に振る。


「ううん、いいの。ちょっと乱れてる程度だし。今日は崩したくないの」

「崩したくない?どうして?」


桜井さんが首を傾げる。俺も首を傾げる。

来海はきりっ!とした顔で、言った。


「……唯ちゃん。だって、だって、碧くんが久しぶりに結んでくれたんだよ…!こんな機会、次はいつ来るか分からないの……今日はこのままで過ごすの……!」

「………………、そ、そ、そう……」

「うふふん〜。……あー…朝写真撮っておけば良かったなあ………綺麗なときに写真に収めておいたかった…!今朝は急いでたから、うっかりしてたよ……」

「………………ええ……」


桜井さんはぎこちなく頷く。

俺も危うくずっこけるかと思った。何かすごく大事に思ってくれてるらしい。俺が結んだ髪に、果たしてそんな価値あるか……?


嬉しい反面、疑問を抱えながら、俺は箸を休めた。

そういう理由であれば仕方がないので、もう一回出動しよう。

「………来海」

「あ、碧くん!」


声を掛けてみると、来海が廊下側の窓ぎわに居た俺の元に駆け寄った。桜井さんもついてくる。


「来海、櫛貸してくれ。崩れたの俺のせいだし、リベンジさせて」

「……!あ、碧くん…!そんな!いいの?2回目、いいの…?」


来海の目がキラキラ増しになった。だから何でそんな可愛いんだ?大人び始めた美少女が、宝物見つけた子供みたいに無邪気に瞳を輝かせてるのも、これはこれでぐっと来る。お菓子あげて、全力でよしよししたい。


かと思うが、子供のあどけない可愛さを持ちながら、やはり大人び始めた美少女なのであって。


来海に、きゅ〜っ!!と胸の前に抱かれているバックが俺は羨ましい。

気持ちよさそうな山に押しつぶされてる。いやあ、そこ代わって欲し……


い、いや、何でもないヨ……!


きらきらきら。

「2回目、いいの……?」

「ん?いや全然いいけど。……あ。でもやっぱり自分で結ぶ?」


よく考えたら、つい出しゃばってしまった。来海が自分で結ぶ方が綺麗に出来るだろうから、いらんお世話だったかもしれない。

来海は、ずいっと前のめりになる。おお、また胸の前のバックが押しつぶされている。世はリトルエロスにより平和だなあ……。


「む、結んで欲しいっ…!!」

「はーい」


来海にくるっと、背を向けさせる。俺は席を立って、廊下と教室を隔てる窓越しに、その髪に櫛を通した。

今朝と違わぬサラサラキューティクルである。

朝よりは低めの位置でまとめて、ゴムを通した。


うん。低めだし、今度は大丈夫じゃないか?


「出来たよ」

「わあ、碧くん、ありがとう!」

「どういたしまして」

「ま、また今度も結んでね…!」

「上手く出来ないかもだぞ?」

「もう、碧くんは自分に厳しいんだから。いいのー!これがいいのー!」

「さようで」


また結んで欲しいなんて、甘えたがりな来海ちゃんである。甘えられるのが好きな俺と相性抜群だぜ。

まあ、お安いご用だ。


来海の隣で待っていた桜井さんは、呆れたような表情を浮かべていた。溜め息を吐かれる。


「……ほんと、貴方たちって……ナチュラルに学校でやっちゃうんだもの……びっくりよ…」


……?

は、はあ……、……?


来海と桜井さんにバイバイをし、廊下に向けていた視線を振り返って教室に戻すと、クラスメイトたちがこっちを見ていた。


え、な、何だ……?!


クラスメイトたちは、生温かい目か、興奮か、はたまたどんよりした空気か。反応はバラバラだった。


困惑しつつ、自分の席に戻ると、颯や他の友人たちも似たような反応だった。

むしろ、非難がましい。


「あんな窓越しに髪結ぶシチュエーション、誰が思いつく……?」

「しかもナチュラルにやってんだもんな、大倉…」

「……碧は、いつになったら自覚を持つんだろうね」


颯が最後にそう言って、友人たちは一様に、やれやれと肩をすくめてきた。


………げ、解せぬ。

何だって言うんだ、一体………?


俺は、鶏の照り焼きを口に放り込んだ。





そして、来海の彼氏を見つけ出す、運命の土曜日は目前に迫っていたーーーーーーーー。




次回、合コン回の後編スタートです。

いよいよ来海が参加した合コンの真実を探しに行く碧ーーーー。

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