一緒に登校は、久しぶりにて。
何とか来海の支度を間に合わせ、俺たちは宮野家を後にした。最寄り駅へと向かい、朝の通勤通学ラッシュの電車に乗りこむ。
隣に立つ来海は、ご機嫌だ。ポニーテールの毛先がくるん、と揺れた。
「碧くんと一緒に学校行くの、久しぶりだ…!遅刻寸前だったけど、今日はいい日。ふふん〜」
…喜んでる理由、可愛いすぎないか?
こんなありふれた男との登校でご機嫌になる美少女さんて。俺がご機嫌になるのは当然だけど、なのよ。
確かに、放課後に互いの家を行き来するレベルで仲は良い俺と来海だが、朝に一緒に登校するのは、高校入ってからはめっきりなくなっていた。
中学時代の最後の方は事情があって俺が毎朝来海の家を訪ねていたが、高校ではその必要がなくなってしまった。
来海も俺も部活の朝練だったり、起床時間の違いだったりで、家の前で会えば一緒に行くぐらいのゆるさだ。あとは、今日みたいに俺が宮野家にお呼ばれするコースもあったが、そう回数は多くない。
だから、来海との朝の登校は久しぶりだ。
朝から煩悩まみれにさせられたせいもあり、俺の方はテンションが上がりすぎてしまってるが、どうどう。
安心安全の幼馴染で謳ってるので、それはこっそりしまう。
来海はにこにこと笑う。
「それにしても……。起きたら、碧くんがうちに居たんだもの!私、びっくりしちゃった!碧くん、うちに何か用があったの?」
「あー、…都さんから朝食のお誘いがあってな…」
「お母さんが…?」
キラッと、純粋な目で問いかけてくる来海。
のぉ、や、やめてくれ…。
非常に後ろめたかった。ネグリジェにまんまと釣られたなど、口が裂けても言えまい。違うんだ……ちゃんと俺は新・幼馴染モーニング作戦により、紳士をまっとうしたとも……。反射的にトラップに引っかかって都さんに返事をしてしまっただけで、俺は修正しようとしたんだってばよ……!
ちらっと、刺激的な朝の光景がよぎる。
…かっ、駄目だ、思い出すな!俺のロマンが詰まった朝の幼馴染のあの姿を思い出してはならぬ……っ!思い出したが最後、俺は煩悩の奴隷と化してしまう!
「………あっ」
来海が小さく発して、それからちょっと俯く。
耳がほんのり紅く染まり、ちらり、とだけ横目に俺を見る。
ちらちら……。
おいおい待て。気付くな来海ちゃん。気付くでない。気付いたとしても、俺に尋ねてはならぬのだ…!
「あ、碧くん……その……」
「………な、何だい来海ちゃんめ」
「私のベッドの上に碧くんのスマホがあったってことは、その……っ、………碧くん、その、見た……?」
「………っ、な、さて、何のことやら…」
俺は目線を明後日に向ける。学習塾の広告が目に入った。肯定と受け取ったらしい。視界の端に映った来海は、ぽぽぽっと顔を染め上げていく。
「……っ、わ、わざとじゃないもん…!碧くんが前にお嬢様ちっくロマンがあって好きって言ってたから、あの服、選んだわけじゃないよ…!」
「がっつり俺のセリフ覚えちゃってるじゃねーか!?来海よ、意図してだったのか…!?」
「違うもん…!碧くんに見せるのはもうちょっと先のつもりだったのにぃ……!!」
「可愛すぎるかよ!」
「……考えたら、めっちゃ恥ずかしいよぉ!大人の魅力が足りないのに、アレに手を出しちゃったのがいたたまれない……」
「違うじゃん、そうじゃないだろ!?あんな俺の好みどストライクの組み合わせを実行したことを反省すべきだよな?」
「ほんと!?碧くんが褒めてくれたから、じゃあいいや!」
「だから良くないって言ってますやん!俺を煩悩で殺す気か来海は!」
「ええ…!そ、そんな……!最上級のお褒めをいただいて……えへへ」
何でだ…!猛省しろ、この幼馴染は。
そして手を出さなかった俺の倫理観と理性に感謝するべきだぞ!
言っとくけど、一歩間違えれば今朝は、お前の彼氏による、破滅のカウントダウン始まりそうになってたからな!?
そんな俺の心配とはよそに、来海のご機嫌の具合が、さらにグレードアップした。
頰が緩んでいる。
「ふふ、恥ずかしいけど、お母さんには感謝しなきゃ……」
「その心は?」
「碧くんと一緒に登校したいって、前にお母さんにポロリした甲斐がありました」
「………」
ああ……。
都さんが今朝俺を朝食の席に誘った理由が判明した。
都さんは自分の子供たちが大好きなのだ。当然、来海にも和泉にも、可能なお願いは実行してあげる人だ。
俺は額に手を当てる。
だからこの幼馴染は、俺をキュン死させるつもりかって。
何だそのいじらしいの可愛すぎるポロリは。
いや、俺のこと好きかよ。うん、まあ好きなんだろうけど、これで彼氏居るんだから、俺は訳が分からないのです。
「碧くん。また近いうちに、一緒学校行きたい!」
「………お、おうよ……」
……次の約束が出来てしまった。
新・幼馴染モーニング作戦で断罪回避ルート入ったと思ったら、これである。また俺は断罪ルートである。
しかし、俺が断れるはずもなく。
俺は甘さと恐怖に包まれながら。
来海はご機嫌で。
電車を降りて、俺たちは学校へ向かうのだった。




