手料理
和泉がまさかの略奪愛推しだったとは……。
どうすりゃいいんだ俺は。
再び決意が揺らいでしまった和室での対談を終えると、既に夕食が出来上がっていた。
「おお……!」
テンション爆上がりである。
そう、来海の手料理ー!!
我が幼馴染の来海ちゃんは、美少女なだけでなく、料理の才まで与えられてるのだ!
しかも、俺のリクエストの鶏のトマト煮。
真面目に、今まで俺が食べてきた夕食でテッペン取れるわ……。
まだ食べてないが絶対美味しいし、好きな子が作ったっていうだけで最高ですよ。
食卓の席に俺と来海、和泉が、着く。
ちなみに俺の対面に来海が座っている。
自分でも上出来だと思ってるらしく、来海ちゃんはニコニコである。
「さあー、食べて食べてー、碧くん!」
「いただきまーす!」
俺は早速メインの鶏のトマト煮に箸を入れて、口に運ぶ。
こ、これは……
「うまぁぁ……来海ちゃん、天才?」
「よし、碧くんのお褒めの言葉来たー!!」
いや、本当に美味しい。
スープのようにさらっとしてるのではなく、トマトがごろっとした粘度の高いこのトマトソースぅ!
これよこれ。
我が家で出てくるのよりも俺好みとは、何事…?
「俺の好みすぎる……」
「うん!だって碧くんがお外で美味しいって言ってたトマトソース、全部スマホでメモってるもん!こういうゴロってしたの、好きだよねー!私、知ってるよ〜」
「マジ〜?」
「まじまじ!」
「最高だ」
俺は、ほくほく顔である。来海ちゃんのそういうとこが好きよ。
何故か来海の隣に座っている和泉は、引き攣った顔をしている。
「すげえ、碧兄ちゃん……これを、最高といえる包容力って……」
おや、まだまだだなあ、和泉は。
そんなんじゃ、うちの妹は渡せないぞー?
俺が食べる姿を眺めていた来海が、あっ、と思い出したように口を小さく開く。
「……そういえば碧くん。ポスト見たよ。ボールペンありがとうね」
「……んっぐ!!あ、あああ」
危うく鶏の皮を喉に詰まらせるところだった。
今その話するの?
「ボールペン?」と和泉。
ほらー、和泉が食いついちゃうだろー。
和泉が話の要領を得ていないふうに、訊く。
「何、碧兄ちゃん。お姉ちゃんにプレゼント?」
「いや、違う。昨日、来海が俺の部屋に忘れて行って……」
キスをするしないで揉めたことは黙っておこう……。
来海が頷く。
「そう。私が碧くんの部屋に忘れてたから、碧くんが今日の朝にポストに入れておいてくれたの」
「何でわざわざポストに?」
和泉は不思議そうな表情をした。
ごもっとも…。
平日だったし、学校で渡せばいいだけの話だった。
それを俺が宮野家のポストに投函したのが、引っかかったのだろう。
「ん……?確かに……」
来海までもが、弟の促しにより、不思議そうな顔をした。頭に疑問符を浮かべている。
馬鹿ヤロー!和泉ー!
来海ちゃん、気付いてなかったぽかったのに!!
来海は聡い子である。
特に俺に関することは、もうとにかく一度気付いてしまえば、全部分かってしまう子だ……。
あう。
来海の目がすぅーと細くなっちまったぜ…!
「………ねえ、碧くん……」
「はい……」
「もしかして今朝、私が碧くんに教室に会いに行かなかったら、もう私と会わないつもりだった?」
「….……そ、そんなことは」
そんなことはあるが、口が裂けても言えない。
俺の当初の計画では、その予定だったとは言えまい。
浮気相手ルート回避のために、自然とフェードアウトしようと思っていたとは……い、言えない。
相手は、キスされそうになって許容しちゃう来海ちゃんだぞ!
何で俺以外を選んだか未だに分からない程度には、なかなかに俺のこと好きだぞこの子は!多分!多分な!今はもう自信がちょっとない!
もー、と来海の目がジト目になった。
「……碧くん。隠しても無駄。バレバレだよ…?」
「う、うう……和泉の馬鹿……」
「何で僕っ!?」
俺がしくしく泣いてると、和泉が不服そうに抗議した。いや、和泉くんのせいだよ。
俺を王手まで追い込んだ来海は、ここで急に大幅な表情転換。
悲しみに暮れる美少女にチェンジした。また泣きそうである。
あ。多分、こっちが本音だぁ……!
「碧くん……私との関係、まさか切るつもりだった…?」
「い、いや……!」
「碧くん、私のこと、本気で捨てちゃうつもりだったんだ……どうして…急に……」
「違う。違うから…」
もう、それは諦めたって……。
お互い離れられないって、知ってるから。
一緒に、沈んでやるよ。
「……本当に?もうそんなこと考えない?」
「うん」
「証明して」
「ん?」
「証明してほしいのです。碧くんが私を捨てないと、分からせてください!」
「ど、どうやって……?」
おい、何か風向き変わってきたぞー?
強気なくせに、顔を耳まで真っ赤にして、来海は言い放った!
「碧くんが思う、わ、私の良いところを10個言ってください…!あと、今日の朝のときの体勢で!耳打ちしてください!」
「……あー、うわー、お姉ちゃん、めっちゃ面倒くさいこと言い出したー」
和泉は、やれやれという顔をした。
俺を労るような目を向けてくる。
俺はふらふら立ち上がった。
「ふざけるな….…!」
「え、あ、ごごご、ごめんね!碧くんっ!ちょ、調子に乗りました!嘘、いいよ、ごめんね……」
「流石の碧兄ちゃんも、手に負えなかったかあ…」
ーーーーー。
「10個じゃ足りねえよ!!100個にしろ!!絞れねえよ!!」
「「え?」」
******
「あ……、うう……」
「はあー、こうやって後ろから見たときの、顔の輪郭…!小さいな、可愛い……華奢……とにかくさ、前から見えても後ろから見えても大優勝って、どういうことだろうな?前から見えたら可愛いお顔があるし、後ろから見たらラインが綺麗すぎて、目覚める……まあ、何がとは言わんが。ああ、この首のカーブがたまらん…」
「へぁ…っ、あ、あう」
「あ、そう。美味しかったよ、手料理。本当に俺好み。知ってるよ、スマホに俺専用の調味料メモあるよな?そういう健気で、いじらしいとこが、ぐっと来るわ……めちゃくちゃ細かいし。努力家なとこ、尊敬してるよ俺も」
「…………あ、ひゃ、っ、み、耳……も、もう、やめ」
「おいおい何言ってんだ?まだ38個残ってるぞ?」
「わた、私、10個って、言ったも……ん!!」
「じゃあ、やめるか?」
「あ、や、つ、続けて、くだひゃい……」
来海のリクエスト通り、横抱きのように来海を膝の上に乗せて、耳打ちで褒めてくる碧。
来海は全身真っ赤だ。
へにゃりと脱力し、耳打ちされる度に震えていた。
その様子を見せられることになった和泉は、感嘆した。
格が違う…!!
分からせタイムで来海が主導権を握っていた時と比べると、明らかに格が違う。
猫になってた碧に大丈夫かと思っていた和泉だが、これはそんなレベルではない。
「……………すげー、お姉ちゃんを完全にノックアウトさせてる…」
来海は、愛が重たい。
しかし、碧の愛はそれ以上だった。
うんうんうん。
やはり姉には碧しかいないと、和泉は改めて分からせられたのだった。