弟まで略奪愛推しなのか…!?
「碧くん?」
来海に名前を呼ばれてはっとすると、いつの間にか俺は猫から人間に戻っていた。
……ん?何を言ってるんだ俺は。
いや、確か…分からせタイムが発動して、猫耳つけされられ、にゃんにゃん言わせられ。
………おや、そっからの記憶がない……
多分甘えてる自分を無意識的に受け入れられずに、記憶が消えた説。
もしくは気持ち良すぎて意識飛んだ説。
ああ、たまにあるよね。
俺が寝起きのようにぼうっとしていると、来海が申し訳なさそうな表情を浮かべた。
来海の白い両手が、俺の右手をきゅうっと握った。
「……碧くん、ごめんなさい!やりすぎたの…」
「…ん?何のことだ」
「え、お、覚えてないの?!私結構好き勝手やったよ!?」
「んー………?」
頑張って頭を働かせる。
ああ、ちょっと思い出してきたか…?
「来海、俺に頬擦りしてたか…?」
「ああ……っ、一番ヤバいのを覚えられてるよぉ…!き、嫌わないでね……?」
「馬鹿言うな。来海の頬擦りとか、ご褒美だわ」
「碧くん!!!」
きゅーっと、指を掴まれる。可愛い。
そうだ、確か……
頬擦りされながら、もしやこれってキスより顔近いんじゃないか?と思った記憶がぼんやりある。
来海の純粋な頬擦りなんて、可愛いくらいである。
猫になっても、俺の煩悩は残っていた。
決して言うまい。
「あ、碧くんうちでご飯食べて行く?碧くんに無理させちゃったし、お詫びに碧くんの好きなものつくる!」
「……ま、マジ……?」
「まじまじ!」
可愛いすぎだろ。魔法使い美少女の呪文か。
…….って!!
………っ、いや、とことん俺、浮気相手ルート抜け出せなくなってるよね!?
こ、これは、マズいぞ。
浮気相手ルートにだいぶどっぷり浸かってるのは、もう諦めるとしても、俺は罪を重ねすぎなのでは?
開きなおりすぎてるだろ俺。
バレたら来海の彼氏に俺は処され、来海はお外に出れなくなるのに……。
しかし、手料理チャンスを逃すわけにはいかん。
俺は正当な理由を考えた。
「2人きりじゃなかったら、セーフかぁ…?」
「……?碧くん、何の話?」
「まあ、和泉もいるし、いいか……」
「…何の話??」
来海の両親は仕事でいないが、来海の弟は居る。
2人きりじゃない!!
浮気じゃない!!
2人きりじゃなければセーフ理論で行こう。
土下座の練習だけ、完璧にしておくのだ。
来海が俺の指を掴んだまま、部屋を出て、2人で階下に向かう。
キッチンへと進んだ。
「何が食べたいっ?碧くんは〜」
「んー、まずは、宮野家の冷蔵庫を見たい。そこにある食材から考える」
「そこで食べたいもの言わないのが、最高に碧くんだあ!」
勝手知ったるお家なので、冷蔵庫も来海と一緒に拝見。
母親の都さんが管理しているのだが、綺麗に食材が小分けされてあった。おっとりしているが、几帳面なお人である。
トマト缶が目に入った。
「んー、鶏のトマト煮かなぁ」
「あ、碧くんが好きな料理ね!任せて!」
「…え、本当に俺のリクエストでいいの?和泉は?」
「和泉と碧くんだったら、碧くん優先かなぁ〜」
「おおう、俺すごいわ……弟に勝ってしまった……」
弟より優遇してもらえる幼馴染って…?
彼氏はまるで存在しないみたいな感じで、今日も放課後を幼馴染と過ごしているし。
来海ちゃんの中で幼馴染の俺、どんだけ株高いの?
「いや、一応和泉にも聞こうぜ…?」
「いや、いいよ碧兄ちゃん!僕何でも食べられるし」
背後から現れたのは、将来の義弟、和泉である。
ちなみにこの義弟というのは、うちの妹と和泉のゴールインを想定しているのであって、俺が来海と結婚する世界線を想定しているおこがましい呼び名ではないのだ。
わざわざそう呼んでるのは、決して後者の願掛けのつもりじゃないぞ。
決して、な。
「良い奴だな、和泉……」
俺との協定は破ったくせに。
だいぶまだ恨んでるぞ。
お互いの恋路のため協力し合おうって、言っただろうが!
何で来海に彼氏出来てんだ、まったく。
俺がやるせなく思っていると、和泉が俺の肩に手を置いた。
「……それはそうと、碧兄ちゃん。ちょっと、話があるんだけど。いい?」
「……え?ああ」
暇なので来海の手伝いをしようかと思ったのだが、和泉に男同士の話し合いに誘われてしまった。グッバイ、俺と来海の共同作業……また会おう。
「来海、任せて悪いな。ちょっと、行ってくるよ」
「うん、任せて!碧くんの舌を満足させるの、作るからね!」
可愛いかよ。
俺は和泉に誘われ、奥の和室へとついていく。
和泉は障子を閉めて、俺の前に正座をする。
畳なので、俺も自然と正座していた。
あ、何かおごそかな感じ…?
「碧兄ちゃん……」
「ん、おおう…?」
「僕は今日見てしまいました。碧兄ちゃんが、猫になってお姉ちゃんになされるがままになっている姿を……」
「…….……」
おーまいがーしゅ…
み、見られていた、だと…!?アレを!?
あんま俺も覚えてないけど!!
和泉よ。最高級に気まずい告白、やめてくれ…っ!!
俺の、俺の年上としての尊厳が……!!
俺が動揺していると、和泉がぐっと前のめりになった。俺の背筋が、思わず伸びる。
てっきり前みたいに「お姉ちゃんを甘やかしすぎ!」とお叱りが入るのかと思っていたが、和泉は真面目と不安を半分にして混ぜた、神妙な顔をしていた。
「碧兄ちゃん……」
「は、はい……」
「あんなお姉ちゃんだけど、見た目はいいし、まあまあ器用だから……ちょっと…いや、だいぶ重たいけど……あの、ちゃんとお嫁にもらってあげてね……」
何だ、その話か。
毎回同じ確認されるんだよな……俺を信用してないのか、姉を信用してないのか、どっちだ。
俺が来海に愛想を尽かすことなど、あり得ない。心配症だな、和泉は。
「大丈夫だよね?まさか、意志は変わってないよね碧兄ちゃん」
「……うーん、そうだなあ……」
答えづらい質問するなよー!!!
大失恋中の俺に、ホットすぎる題目だ。
いつもなら即答で肯定を返していたところだが、ちょっと言葉に迷う。
俺はもう来海に彼氏が居たことを知ってしまったのだ。
この世の地獄を濃縮した苦しみの心で申し上げると、略奪が有りかどうかで、俺の答えはだいぶ変わる。
言葉に詰まった俺に、和泉がおいおい嘘だろみたいな表情する。
口をかぱっと開け、みるみる青ざめていく。
俺は、お茶を濁した。
「まあ、何とも言えんな……。どう転ぶか、全く予想がつかないしーーーー」
「ああああ碧兄ちゃん!!!!!何てこと言うんだよ!!!」
「え?」
「た、た、た、大変だ…どどどどうしよう……翠ちゃん、お父さん、お母さん、助けて!!碧兄ちゃんが、あの碧兄ちゃんが……お姉ちゃんとの将来を考え直した……っ!!!!」
「うん、まあな……」
正直、俺は来海とお付き合いをし、結婚して、幸せな家庭を築く想像しか、これまでしたことなかったし、それが実現すると信じて疑わなかった。
だが、そこで来海の彼氏の登場である。
俺の描いていた未来予想図は、完全に揺らぎ始めていた。
まあ、俺としては、以前と変わらず来海のことは、来海さえ望めば、全力で受け入れるつもりでーーーー
ふらふらと、和泉が立ち上がる。
どうした、正座辛かったか?
「碧兄ちゃん……」
「ん?」
「今すぐお姉ちゃんとの婚姻届を書こう!!!」
すー…あれ、和泉は常識人枠の、はずだったんだけどなあ…?
「……?ちょっと、何言ってるんだ?」
どうしたよ、和泉くん。
「いや、碧兄ちゃんのせいだよ!!?何心変わりしてんのさ!!?このままじゃ、お姉ちゃんを貰ってくれる人が居ない!!!」
「いや、俺の他に居るだろうが……」
「居るかもしれないけど、絶対無理だから!!お姉ちゃん、碧兄ちゃん以外無理だから!!」
来海の彼氏は?和泉の中で無視されてるの?
ということは…?
「………ん?もしかして、和泉も俺の方を推してくれてるのか…?」
都さんパターン!!
ポッと出のヒーローより、幼馴染の俺をお前も推してくれるっていうのか……!?
碧兄ちゃん、嬉しいぞ!!
「いや、ちょっと何言ってるのか分からないけど、僕はずっとお姉ちゃんと最終的に結ばれるのは、碧兄ちゃんって思ってるから!」
「…マジ……!?」
「まじまじ!!でも、今心変わりして、とんでもない状況になってるよね、碧兄ちゃんは!!?本当どうしてくれるのさ!」
うう……そうなんだよ……
絶対両想いだと思ったのに、心変わりしやがって来海め……。
「だから、今すぐお姉ちゃんを碧兄ちゃんに貰って欲しいんだよ!!気が変わらないうちにね!!」
「?いや、気は変えなきゃいかんだろ。変わらなかったら俺が死ぬわ」
「だから、さっきから何言ってるか分かんないよ碧兄ちゃん!!」
ちっちっち。
和泉よ。
確かにさっきから、俺も会話が噛み合ってないような気がするが……一番大事なことは、伝わってるぞ!
「大丈夫、分かってる……和泉は俺に、頑張って、来海を奪えって言ってるんだろ……?」
そう、来海の彼氏から!
俺は分かってるようんうんと頷くが、和泉は微妙な顔をした。
何でだよ!
「別に頑張らなくていいと思うけど…それ以上碧兄ちゃんが頑張ったらお姉ちゃんのキャパがオーバーしちゃうって……、まあ、伝わってるのかなあ?奪う…?お姉ちゃんの心を奪うって意味なら、合ってるか…」
つまり、和泉は母親の都さんと一緒で略奪愛推しだと……!
何てことだ……!!
幼馴染がゆえにサポーターが彼氏じゃなく、こっちサイドばかりだ……!
我ながら強すぎる!
ああ。
俺の「略奪、ダメ、絶対」の信条が、崩壊の危機にあったーーーーー




