間話 引きこもりの僕(中編)
「あー、俺に聞いておいて、翔はどうなんだよ」
「……僕?」
「おう」
碧くんはなんてことないように尋ねたけど、僕の風貌で察して欲しい。「彼女は居ないけど世界一可愛い幼馴染が居る」ような碧くんと違い、それを口にするのは大変惨めだった。
「はは、生まれてこの方全然縁がないや……前に告白したけど、フラれたし……」
「おおう…」
「うん、つらいし、地獄。その告白した相手が悪かったのかさ……裏で言いふらしててさ……僕こんなんだから、いい笑い者になっちゃって。おかげで引きこもりの完成」
「うわー、最低だなその女」
「まあ、僕も身のほど知らずだったというか……ちょっと優しくされて、恥ずかしいことにさ舞い上がってたんだよね……裏で笑われてるとも知らずに……」
あはは、と僕が力なく笑うと、碧くんは眉を顰めた。自嘲するしかない僕に、むっ、と碧くんが少し怒ったような表情をする。
「翔は、絶対悪くないからな?……ムカつく。そういうさ人を笑い者にすることでしか自分の虚栄心満たせない奴ら、全員処刑モノ。俺がボコしたいくらい。俺、手を貸そうか?復讐する?」
「……あ、ありがとう……?それは、え、遠慮しとこうかな…?…」
「いいのか?そういうゴミみたいな奴らは自分が同じ痛み味わわせないと分かんないからな……」
「ん、ぅん」
碧くんは納得できない様子で、「本当にいいのか?」と僕に何度も尋ねてきた。
僕は復讐など大それたことは考えていなかったため、こくこくと頷いた。
碧くんは不満そうだった。
おかげで僕は、ポロリと本音が出てしまった。
「………引きこもりは、卒業したいと思ってるよ……」
「卒業?」
「う、ぅん」
「……また学校行けるようになりたいってことか…?」
「ん」
「そう……」
碧くんはどうしてか微妙な顔をしていた。ここで大半の人間なら僕のやる気を担ぎ上げて、応援しそうなものなのに、碧くんは寧ろ不賛成そうな素振りだ。
「………あ、碧くん?」
「いや……何でもない。そうだな、俺は翔のやりたい方向を応援するよ」
碧くんがにこりと笑顔を浮かべたので、それ以上僕が踏み込むことはなかった。
さっきのは、僕の気のせいだったのだろうか。
「….…どうやったら、引きこもり卒業出来るかな……」
「……復讐?」
「その方向性はナシで、普通に!」
碧くんが綺麗な顔に似合わず、物騒なことを口にするので、僕は慌てて否定した。
碧くんは残っていたポテトをもぐもぐと食べながら、首を傾げた。僕もジュゴゴっとストローを吸い上げた。
「まずは、何が原因で引きこもりなのかを明らかにするのは?それを対処すれば、卒業できるのでは?」
「な、なるほど〜….」
さっきまで復讐を企てていたとは思えない、現実的な提案をしてくる碧くん。
僕は、頷く。
「翔は、自分で何だと思ってる?」
「……えっと、コミュニケーションかな…外に出るのは、出れるんだ……人と会話するのが、怖いというか。失敗しかしたことない……」
言葉がつっかえるし、頭の回転が遅く、かと言ってユーモアラスもない。つまらないのだ。僕と会話して何の生産性もないため、それを相手がどう思っているかが僕にひしひしと伝わってくる気がして、怖くなる。
元々その傾向はあったけど、告白の一件で周りから人格を否定する言葉を浴びせられ、それがついに引きこもりに発展したかたちだ。
碧くんは、首を傾げた。
「今、してるくね?」
「それは……碧くんが、そういう人だから…?」
「そういう人…?」
「誰とでも会話できるというか、碧くんが合わせに来てくれてる感じ……?」
「そう?」
碧くんは、分かんないかも、と誤魔化すけど、多分僕の見たてのほうが正しいと思う。
碧くんは地頭の良い人なんだと思う。その頭の回転の速さで提供される会話。
コミュ強?てやつ。
「碧くんみたいな人のほうが稀だから……僕にわざわざ合わせに来てくれる人なんて、そうそう居ないよ」
「そんなことないと思うけどな?」
「そんなことあるよ……」
「うむ…….」
碧くんは、最後のポテトを摘んで口に放る。
パコっと箱を潰して、他のゴミと一緒に袋に入れて、碧くんは立ち上がった。
「コミュニケーションの成功体験が必要というわけか。なら簡単だ。遊びに行こうぜ翔!」
「え、どういうこと…?」
「まー、まー、気にせず。ほら、行くぞ?」
「ええ!」
僕の手を引っ張って、碧くんはずんずんと行ってしまう。食べ終わったゴミを公園に備え付けられていた可燃物のゴミ箱に放り込んで、碧くんは意気揚々と人通りの多い表に出た。
「どっか適当に入ろ。この辺分かんないから、ルーレットみたいなもんだよな」
「僕も分かんない………」
碧くんはちょっと歩くと、「ちょうど良い」と赤塗りの建物へと入った。
自動ドアが開いて、音楽……いや、ゲーム音が耳に届いた。明らかに僕と同年代の、何なら同じ中学らしいグループがちらほら見えた。
今の僕とは対極の世界。……ゲーセンだ。
「無理無理無理!」
「かと、思ってたら無理じゃなかった!」
「無理だから!」
「人が怖いわけじゃなくて、コミュニケーションの問題って、言ってたろ?大丈夫、本当に無理だったら、すぐ店内出させるから」
「で、でも……」
「ふつーに遊ぼうって。何も考えずに、たまには娯楽に没頭してみるのも悪くないぞ?」
「なら……」
碧くんに説得され、僕は勇気を出して店内へと入る。
う、何かこっち見てる気がする……同級生……?
いや、違う、気のせいか……過敏になってちゃ、駄目だな。
クレーンゲームの列を抜けて、対戦型のゲームのほうへと歩いて行く。
「何やる?バスケでもする?」
「絶対碧くんが勝つやつじゃん……!」
「いや、それは偏見でっせ?」
「よく言うよ、高身長細マッチョ!服の上からでも分かるからね……!」
「仕方ないだろ。俺の最愛の幼馴染は、少女漫画の男基準なんだから。知ってるか?少女漫画の世界には、腹筋割れてる男しか居ないんだ……地味だと思ってた眼鏡くんは、総じて脱いだら凄いんだぜ…?」
「それは知らないけど!」
惨めな結果になりそうだったので、バスケは却下させてもらい、代わりに太鼓の音ゲー。
しかし、僕が甘かった。
幼少期にピアノを習っていた僕がまったく歯が立たないレベルで、碧くんはとんでもないスコアを叩き出していた。バスケの方がマシだったな、コレぇ!
「ねえ、接待してよ!」
「男の真剣勝負だ、悪いな翔」
「ぐぬぬぬ。もっかい!」
「お、いいぞー。次は一番難しいやつで対戦しようぜ!」
2度、3度、と碧くんに勝負を挑み続けるが、碧くんはまったくミスをしない。憎たらしい。
その爽やかな笑顔が、もはや憎たらしい。
「神様は不平等だ……っ!」
「いや……言っとくけど、俺音痴だから。音を聞き取るのは出来ても、再現できないんだよな」
「嘘つけっ!」
「いや、本当だって。いつかカラオケ行こ」
僕は、目をみはった。
当たり前みたいに、次の約束をしてくれたことに、何より驚いていたのだ。
「ん?どうした」
「えっ、ぁいや、何でもない……」
僕は碧くんから、目を逸らした。
何となく、碧くんの顔を見れなかった。何でだろ。……あまりにも光属性すぎたからかな?
「こっち、4人プレーか……。すいませーん。俺おごるんで、一回一緒しません?」
「コミュ強だな!」
碧くんは、適当にその辺に居た同年代くらいの男2人組に声をかけていた。
僕はぎょっとした。
彼らは僕と同じ中学の……何なら同級生。顔を見たことがある。
ちょっと、碧くん……。
「いいっすよー」
「どうもー」
了承を貰えたらしく、碧くんはご機嫌だ。チーム分けをしようと碧くんが提案して、僕とその2人組はちょっと戸惑う。
チーム分けなんて、するまでもないと思うけど……
碧くんが「やりましょ!」と言うので、グーとパーに分かれる。
見事に、僕はその2人組のうちの1人とペアになった。
「ど、ども……」
「どうも……」
気まずい。
ちらりと見ると碧くんは既にペアの男と、画面を操作して対戦する車の種類を選んでいた。
うぇいうぇい、と会話が弾んでいる。
………お、お願いだから、そのコミュ力分けてくれないかな。
ゲーミングチェアのような椅子に座り、チーム同士で隣に並ぶ。お金を入れて、ゲームはスタートした。
大まかに言えば、カーチェイス。犯人側と警察側に分かれて、車が破損し2台とも先に全滅したチームのほうが負け。
一方が囮になって、もう一方が逃げ回るもよし。チームメイトを助けるために体当たり等の介入をしてもよしだ。
僕たちのチームは、犯人側だった。
与えられた最初の30秒間のうちにアクセル全開で警察側から逃げ、やがて激しいカーチェイスが始まった。
「お、みっけ」
僕の右隣の碧くんがくくっと楽しそうな声を出したかと思うと、僕の左隣で悲鳴が上がった。
「早すぎだろっ!?スピードおかしいって!」
ああ。この人も、さっきまでの僕みたいに碧くんにボコボコにされてしまうのか……。可哀想だ。
すると今度は碧くんの隣、つまり碧くんのチームメイトの方から嬉しそうな声が上がった。
「あ、俺も見つけた春樹!碧、挟み撃ちしよーぜ」
「おっけおっけ〜。可哀想にな、春樹。お前はもう散り行く運命だ……!」
「ずるいって!」
「春樹」と呼ばれた僕の左隣の男が、さらに悲鳴を上げた。共有画面を見ると、警察車両2台に挟み撃ちされている黒塗りの車が目に入った。
絶体絶命のピンチだ。
僕はこのまま逃げ切るのが正解なのか……?
いや、このままみすみす「春樹くん」の車を大破させてしまえば、2対1になる。僕の技量じゃ、碧くん1人相手するのも怪しい。
僕はアクセルを踏み、廃墟からエンジンを吹かせて空を飛んだ。その地上には、3台の車。
「上から失礼しまぁーす!」
「うえ!?」
「俺の仲間来たー!」
「あははっ、翔最高。おもろい」
碧くんはつぼに入ったのか、くくっと笑いながら画面に突っ伏している。
その隙を狙って、僕は碧くんの警察車両に思いっきりぶつかりに行った。
碧くんの警察車両が、空を舞った。バンッと!空中で大爆発。一台撃破だ。
「あ、やらかした」
「おぉーい!碧!?」
「すまーん。後は頑張ってくれ、将司」
「1人でできるか!」
碧くんはおかしそうに笑っていて、チームメイトの「将司くん」にごめんごめんと手を合わせていた。
息を吹き返した犯人側チーム。
僕の左肩をそっと叩いたのは、春樹くんだった。
僕が驚いて振り返ると、春樹くんはニカッと笑っていた。
「さんきゅな、翔。このまま行こうぜ!」
「……う、うん!」
僕は笑顔で頷いた。
ハンドルを握る手が、震えていた。たかだかゲームの対戦の1つなのかもしれないけれど、信じられないくらいに、僕は高揚感に包まれていた。
春樹くんと2人で残りの警察車両を追い詰め、2対1なので、難なく撃破。犯人側チームの勝利。
将司くんの悔しそうな悲鳴が上がった。
春樹くんは友達の将司くんの顔を見て笑い転げた後、僕に拳を突き出した。
「翔、いぇーい」
「い、いぇーい……!」
コツン、と拳がぶつかって、僕は泣きそうになった。
でもそれ以上に、満面の笑みを浮かべていた。
やった。
碧くんは、ハンドル部分に腕と頭を乗っけて、僕のほうを見ていた。
僕と目が合うと微笑んで、「良かったな」と小さく口パクをした。
………やっぱり、碧くんが眩しくて見れなかった。




