間話 引きこもりの僕(前編)
「うぇい、田中じゃん。久しぶり〜」
「学校来ないで何してんの。ぷっ、てか、ダサぁっ。アンタその格好はないわー。何、ジャージ?」
……迂闊だった。
そうだ、今日はよく考えたら祝日じゃないか。引きこもりだったので、僕はすっかり忘れていた。
普通の平日だと思って、コンビニに来たら嫌な奴らに会ってしまった。
よれたスウェット姿の僕と違い、バチバチに服装と髪を決めている男女。コンビニの前に自転車を止めて、グループでたむろしていたようだ。
僕がコンビニに入った時には、居なかったのに。
会計を済ませて出たら、この惨状だ。
僕が何も言えずに萎縮していると、その様子がまた面白かったのか、どっと笑いが起こる。
コイツらは、僕がきちんと学校に通えていた時から、こんな奴らだ。
「……引きこもりなのに、コンビニ行けるん?元気じゃん!無断欠席やめなよ〜、ずる〜い」
「あははっ、サト。田中は"心の病気"なんだよ多分。だって、身の程知らずにもミクに告白できるんだよ?鏡見れば分かるジャン??病気でしょ」
「おいおいー、お前らー。あんまり言ってやるなよー、田中がかわいそーだろ。なっ、田中!」
ずるいずる〜いと口をとがらせる女1。
当たり前みたいに人の容姿を侮辱する女2。
それを諌めるフリをして一番声が上擦っている男1。
それに同調して笑う、その他の烏合の衆。
うるさい……うるさい……
人を笑い者にして、何が楽しいんだよ。
もう十分だろ、いい加減飽きろよ。
心の中ではこんなにコイツらをいくらでも罵倒できるのに、現実の僕は無力だった。
どうせ声を上げたところで、まともに取り合ってもらえない。必死に反論するこっちを見て、さらに笑い者にするだけ。
また集団に対しての自分の無力さを痛感させられるだけだ。
ふざけんなよ………
僕が俯いていると、肩に手を回された。
アイツらのうちの誰かかと思って、急いでふりほどこうとしたが、見上げた時に僕の視界に映った顔が違った。
横顔だけど、綺麗なフェイスラインだと一目で分かった。整った鼻梁に、シャープな顎。睫毛は女子より長い。芸術品みたいな顔だ。
男だけど、綺麗な人だった。初めて見るようなタイプだったので、一瞬ドキリとする。
その男が、僕の方を向いた。
何故か笑いかけられて、しかしそれが嫌味のなく爽やかな笑顔だったので、僕は戸惑った。
「ちょいちょい。田中に何か用?俺これから田中と家でゲームする予定だからさ、話終わったんなら俺が田中貰っていい?」
僕はびっくりして、その男を見上げた。そのいきなり現れた謎の男は、僕の戸惑いも特に気にせず飄々としていた。
ど、どういうことだ?
戸惑ったのは、あのうるさい奴らも一緒だったらしい。いきなり登場した"田中の知り合い"に、ぽかんとしていた。
それは僕が人付き合いが決して上手いタイプではなく、友達も居ない人間だと奴らが知っていたからでもあると思うが……
彼の容姿が雑多なこの場には似つかわしくない綺麗さがあったからだろう。
返事がないことを、その謎の男は了承と受け取ったらしい。僕の肩に手を回したまま、歩き出し始める。
「じゃ、田中貰うわ。じゃあな。こんな天気が良いんだから、コンビニの前じゃなくて公園でピクニックするのがおすすめだぞー」
にこっと笑って、ひらひらと手を振る。
何だこの爽やかの塊みたいな。
その笑顔にやられたらしい女1が、足を踏み出して身をちょっと乗り出した。慌てて鞄からスマホを取り出していた。必死すぎる。
「あ、あの、田中の知り合い……ですか?良かったら、連絡先交換しません?お話したいかも……」
「あー……ごめん。スマホ、親友に取られてるから。今人質なんだよな。つまり、すまん」
「……は、はぁ?」
女1だけでなく、それは僕も訳が分からなかったが、謎の男さんはその自覚がないらしい。特に補足説明はなく、じゃあどうもと手を振って歩き出そうとした。
「ま、待ってよ!連絡先交換しよって、言ってるじゃん!」
「すまん、俺もわけがわからないんだ。どうして俺の手元には今スマホがないんだろうな……?いつの間にかアイツにポケットから抜き取られてたんだ……」
「どういうこと!?」
「というわけでマジでスマホが手元にないんだ。ごめんな、嘘じゃないぞ。俺と連絡先を交換するには、アイツを探し出さなくちゃならん。でも俺はアイツから逃げてる最中なんで!」
「だから、どういうこと!?」
女1はぎゃーぎゃー喚いていたが、謎の男さんはなんのその。
天然なのか、わざとなのかよく分からない煙に巻いた会話だった。
「じゃ、すまん!俺と田中は今からスーパーの卵の特売セールに行ってから、一緒に最高の煮卵を作るから!それをラーメンに乗せるんだ、どう?」
「ちょっと美味しそう!」
「てなわけで、セール行ってくる!主婦には負けない!じゃーなー少年少女!行くぞ、田中ーっ!」
どういうこと!?
謎の男さんはキラキラの笑顔で僕の手を引っ張って行き、アイツらに手を振った。
それにつられたのか、アイツらは絶対にキャラではないのに、手を振り返していた。
なに、この人?
そんな調子で謎の男さんは僕の手を引いて、あの場から連れ出してくれた。
コンビニから離れた市街地まで来ると、その謎の男さんははあと息を吐いた。
「ごめんな。急に割り込んで、びっくりしたろ」
「そ、そっすね……」
「何か絡まれてるぽかったから、抜け出したけど良かった?」
「あ、ありがとうございます……助かりました……」
無視して歩き出せばよかったのに、僕はあの場から動けなくなっていた。それを助けてくれたという点で、僕は彼に大変感謝していた。
「……あ、自己紹介まだだったな。俺は大倉碧。中3です。同い年くらいだよな?それで……今、わけあって親友から逃げてるとこです」
「ど、ども。田中翔です。僕も中3……って、逃げてる?」
僕が首を傾げると、大倉さんは思い出したように、はっ!と顔を覆った。
嘆くように、俺にぽつりと呟く。
「ああ。現在、しつこい親友から逃げてるんだ……このまま逃げ切らなければ、アイツに夜のクルージングに連れ込まれる……何が悲しくて俺はアイツと夜を明かさなきゃいけないんだよ!早く俺の他に信頼できる友達作れよ!その友情のベクトルが重すぎて、俺1人じゃ受け止めきれねぇわ!」
「………は、はあ」
よく分からないが、大倉さんはその親友から逃走中(?)らしい。
果たしてどんな人なんだろうか。スマホを抜き取っている時点で、だいぶやばい人だとは思うけど。
「……そーいうわけで、この辺を案内してくれる人を探してたんだ……どっか隠れるのに最適な場所とか、知らないか?」
「隠れる場所……」
だとしたら、人選ミスだ。僕はコンビニに行く以外は引きこもりなので、ちょうどいい店も何も知らない。
この辺は山奥とかじゃないし。
僕が返事にもたついていると、大倉さんが顎に手をあてた。少し考えこんだのち、顔を上げた。
「………翔、時間はあるか?」
「え?ま、まあ、あるっすけど……大倉さん、どうするつもり?」
「碧でいい。……翔に頼みがある」
「頼み?」
大倉さん……いや、碧くんは、パチンと両手を合わせて、僕に軽く頭を下げた。
「俺と一緒にあのクソイケメンから逃げて欲しい!」
「ど、どういうことですか!?」
「実はこの街に来るのは、初めてでな。だから、知り合いも何も居ない。つまり俺の親友は"2人組"が歩いてても気に留めないと思うんだ。無意識に捜索の対象から外すだろうから」
「な、なるほど……?」
碧くんの必死さが言葉の端から伝わってきた。僕の住む街、ここ鳥栖市は県内じゃそれなりに広い市街地だ。逃げようと思えばそう簡単には見つからないと思うけど……。
「いや、アイツなら見つける。上空をドローンが飛んでたらアイツのだと思ってくれ。しくった。ここ調べたらDID地区じゃないし、重要文化財もないから、ギリ飛ばせるんだわ……」
「碧くんの親友って、何者!?」
「フレンド・コンプレックスな御曹司」
「とにかくすごい…?」
「財力が半端ない」
「な、なるほど」
御曹司か……多分、僕には縁のない世界だ。
碧くんの家もすごいとこなのかな…?
「いや、うちは普通だ。叔父さんは病院経営してるけど、うちは違うし」
「碧くんって、読心者か何かなの…?」
「はは」
特に否定されなかった。
「じゃあ、付き合わせて悪いけど。今日はよろしく」
「えっ、あ、う、ううん……!」
碧くんに微笑まれ、僕はぎこちなく頷き返した。
引きこもりが、いつの間にかとんでもない役回り任せられてるんですけど!?
「翔は昼済ませた?」
「いや、まだ……」
「俺もまだだから、何か食べに行かないか?もちろん奢らせてもらいます」
「そ、そんな悪いよ……」
「いいって、いいって。……あの親友との2人きりのクルージングパーティー回避できるのに比べたら……俺が外泊なんてしたら来海が寂しくて泣くだろ……」
ボソリと呟いた碧くんの目には、何故か虚無感がこもっていた。
なんかよく分からないけど、大変なんだな……?
「よし、まあそれは置いといて。その辺、入ろうぜー」
「あ………」
「ん?」
僕が上手く説明できずに中途半端に口を開いていると、碧くんが首を傾げた。
平日だが昼間ということもあり、賑わっているファストフード店の入り口。僕の中学の同級生らしきグループもちらほら。僕は、視線を逸らした。
ああ、こんな人生イージーモードみたいな、爽やかな殿上人に、こっちの気持ちなんて分かるわけないだろ。何困らせてんだ僕………
「………あ、ジャンクなの気分じゃないか?」
「違うん、だけど……」
「ん、おっけ。A〜Eのうち好きなアルファベットを選んで」
「え、え?……B…?」
「Bね。じゃあ、買ってくるからちょっと待っててくれるか?その辺さっき公園あったよな?そこで食べよ!やっぱりこの快晴にはピクニックだわ」
「え、え、?」
僕が戸惑っている間に、碧くんは店の中に消えてしまった。人混みを避けて店内の外に立っていると、5分後くらいに碧くんは戻ってきた。
手には商品らしいビニール袋を提げており、僕に「行こうぜ」と促して、2人で歩き出す。
近くの公園の中に入ると、子供たちが広場で遊んでいたが、それを抜けて碧くんは比較的静かな場所に行った。ちょうど誰も居なかったので、僕はほっと息を吐いた。初めて落ち着けた気がする。
ベンチに腰を下ろして、碧くんは袋から商品を取り出した。
「ほい翔、Bセット。……チキンバーガー?」
「そういうこと!?」
「あれ、分かってなかったのか。じゃあ悪いことしたな。こっちにする?ちなみにこっちは激辛スパイシーチキンバーガーです」
「えっ、と……どっちでも……」
「じゃあ、チキンバーガーをあげよう」
「あ、ありがとう……」
僕は碧くんからバーガーの包みを受け取り、おずおずとそれにかぶりついた。ジュワリと肉汁のあるチキンと酸味のきいたソースがマッチしていた。
……美味しい。
「久しぶりに食べた……」
「お?そうなのか」
「うん………」
引きこもってから本当にコンビニしか行ったことなかったから。親も僕が引きこもりになって、こんなの買い与えないし。
「………あの、碧くん、ありがとう……」
「え?何が」
「僕が躊躇ってたから、店で食べるのやめたんでしょ……だから」
碧くんは気遣ってくれたのだろう。
碧くんはいかにも辛そうな真っ赤なソースも顔色1つ変えずに口に含んで、ごくっと飲み込んだ。
「あー、まあ一理あるけど、普通に天気いいから。俺も別にそんなに人混み得意じゃないし」
「……い、意外」
「ん、よく言われる。翔も苦手?」
「うん……前はそこまでなかったけど」
「そっか」
碧くんは相槌を打って、もう一度辛そうなバーガーにかぶりついた。
正反対の明るい人間なのに、碧くんはどこか親しみを感じさせる存在だった。
なんだか、不思議だ。
「………碧くんって、彼女とか居るの?」
「…んぐっ、けほっ、けほっ」
碧くんが急にむせた。
バーガーが喉に詰まりかけたようで、胸を叩いていた。碧くんはそれを飲み物で流し込み、はあ、と息を吐いた。
「び、びっくりしたなおい……びっくりしたぞ……ど、どうした急に……」
「いや、気になって……ご、ごめん。わけわかんないよね……!よく言われる、距離感おかしいって…」
な、何を言ってるのだろうか僕は。初対面の人にいきなり恋人の有無を尋ねるのは、どう考えても僕がおかしかった。
ああ、失敗した……やだな……。
「いやー、まあ別いいけどさ?じゃ、ちなみにどっちだと思う?」
僕の失敗を、戸惑いつつも碧くんは笑い飛ばし、僕に笑顔で尋ねた。その笑顔が自然なものだったので、自分の失敗を流してもらえたみたいで、僕はとても心が軽くなった。
「えっと……居る、と思う」
「ほう」
「え、答えは……?」
「居ないな」
「居ないの!?イケメンなのに!?」
「なに、その偏見。あー……まあ、彼女は居ないけど、世界一可愛い幼馴染は居るぞ?」
「なに、それ。ラノベじゃん……」
「ラノベ?」
爽やかな殿上人にラノベは分からなかったらしい。
何でもない、と僕は首を振った。
「碧くんは、その幼馴染さんのことが好き、とか…?」
「うん、まあ好きだぞそりゃあ。何なら初恋だから」
「この年で!?じゃあ、ずっと好きなの!?」
「何かグイグイ来るな……?」
「ご、ごめん」
「いや、別いいけど」
碧くんは苦笑しながらも、温かい目をしていた。
それに感謝しつつ、僕は質問を続けた。
「告白とか、しないの……?」
碧くんは目を見開いた。
ぱちぱちと、長い睫毛を上下させて、碧くんを虚を突かれたような顔をしていた。
「あ、碧くん……?」
「ああいや、ごめん。最近は他人にそんなはっきり聞かれたこと、無かったから。驚いたんだ……告白、ね」
碧くんは、少し考え込むように顔を俯いた。
芸術品のようなフェイスラインが、ちょっと歪んだ。
「………どうだろ。まだ分かんない」
碧くんは、唸った。
「彼女にしたいとかは、思わないんだ……?」
「それは、思ってるけど……」
「なら、告白は……?」
「………それは、分かんない。俺に縛りつけていいのか、覚悟が決まらない……」
「覚悟………」
碧くんの中では、告白がすごく意味の重たいモノらしい。僕にはあまり理解のできない感覚だったのだけど、碧くんの真剣な表情を見ていると、そんなことは言えなかった。
翔って誰だ?新キャラ?と思われた方へ。
彼は第二章の『人海戦術』にて登場しております。
……いや、誰が覚えてるよ。




