終話:三十日目の夜明け
偵察機は旋回を続けていたが、突如として動きを止めた。
赤いセンサーが一瞬明滅し、次いで沈黙する。
金属の体は力を失い、灰雲の向こうへ崩れ落ちていった。
ケンは荒い息のままそれを見送る。
直感で分かった。これは機械の故障ではない。
制御が断たれたのだ。評議会の中枢に、何かが起きた。
空が微かに震え、灰雲がわずかに裂ける。
細い光の筋が降り、瓦礫の一角を照らした。
偶然の晴れ間ではない。いままで抑えつけられていたものが、抑制を失って滲み出たような光だった。
光は廃墟の壁を撫で、錆を赤銅色に浮かび上がらせる。
街全体が長い沈黙からわずかに目を覚ましたように見える。
ケンは膝をつき、砕けた懐中時計を掌に広げた。
粉々のガラスの下で、色褪せた家族の笑顔が淡く揺れている。
世界はまだ灰に覆われている。だが確かに変わった。
評議会の影は崩れ、地上は自らの息を取り戻し始めている。
「……変わったみたいだな。」
静かな呟きが漏れる。瞳には確かな炎。
遠く、灰の路地にリオの影があった。光を背に受け、淡々と歩み去っていく。
言葉は交わさない。だが互いに理解していた。
地上は死んでいない。
生きる者たちが、ここにいる。
ケンは立ち上がり、砕けた時計を懐に戻す。
淡い光が差す方角へ、一歩を踏み出した。
三十日の旅の果てに訪れたのは、派手な奇跡ではない。
けれど確かに、評議会の支配は終わり、世界は変わった。
小さく、しかし決して消えない変化として。