第六話:帰還か孤独か
三十日目の朝が来た。
灰雲は変わらず空を覆い、世界は鈍色に閉じ込められている。
だがケンの胸の奥は、不思議な静けさで満ちていた。
瓦礫の上に立ち、遠くを見渡す。
列車は見えない。轟音も匂いも届かない。
戻るべき道はどこにもない。
「……俺は戻らない。」
それは誓いではなく、すでに確定した事実のように響いた。
孤独は恐怖ではなく、芯となって彼を支える。
空が低く唸る。灰雲をかき分け、黒い影が再び現れた。
無人偵察機。赤い眼が彼を捕らえ、迷いなく砲口を向ける。
ケンは動かない。胸の奥の時計の重みを確かめ、静かに息を吐く。
「……来い。」
機械音が鋭さを増し、砲口が閃光を帯びる。空気が張り詰め、熱が集束する。
直撃は避けられない──死が目の前に迫る。
――カンッ。
甲高い金属音。砲口がわずかに逸れた。
放たれた閃光は正面を外れ、弾道は軌道を変えてケンの胸をかすめる。
衝撃。懐の奥で硬いものが砕け散った。
よろめきながら懐に手を入れると、粉々になった懐中時計が指に触れた。
割れたガラスの下に、色褪せた家族の笑顔。
ケンはその写真をしばらく見つめた。過去は砕けても、その欠片がいま自分を守った。
顔を上げると、灰の中にリオが立っていた。
「……死に急ぐな。生きろ。」
ケンは砕けた時計を握り、静かにうなずく。胸の奥に再び灯る炎は、大きくはない。だが消えない灯火だった。
偵察機は旋回し、再び砲撃に移ろうとする。
その瞬間──世界が変わり始めた。