第五話:評議会の影
曇天は一日中、鉛のように重く垂れ込めていた。
灰雲の切れ間から光が差すことはなく、街全体が薄闇に沈む。
ケンは瓦礫の中を黙々と歩き続けた。息は荒く、肺に入る空気は冷たすぎて痛む。
背筋に冷たいものが走る。風が止んでいるのに、肌を針で刺される感覚。
本能が告げる──見られている。
耳を澄ます。低い機械の羽音が空気を震わせている。
灰雲の隙間に黒い影。無人偵察機。噂でしか知らなかった存在が、確かにそこにいた。
丸いセンサーが赤く光り、冷たく大地を舐め回す。
ケンは影に身を潜めたが、遅かった。赤い光点が足元を走る。
轟音。地面が爆ぜ、灰が煙のように舞い上がる。
壁が焼け、石が崩れ、世界が震えた。
威嚇──のはずでも、十分に致命的だ。
再び光が走り、石壁が溶けて崩れ落ちる。
ケンは廃墟の狭間に身を滑り込ませるが、赤い光点は逃げ場を狭めてくる。
「……監視だけじゃないのか。」
理解が胸を刺す。評議会は彼を戻す気など最初からない。
「三十日を生き延びれば戻れる」──その言葉は虚構。彼を生かして返せば、虚構が崩れるからだ。
偵察機は旋回を終え、灰雲に溶けた。
音が消えても、監視の眼に射抜かれた感覚は消えない。
夜。崩れた建物の影で、ケンは懐中時計を見つめる。
止まった針、無名の家族の笑顔。
「……戻す気なんて、なかったんだな。」
声は静かだが、決意に変わっていた。
列車に戻る意味はない。彼は証人として、この世界を最後まで見届ける。
灰の夜風の中、瞳には揺らがぬ炎が灯っていた。