第四話:地上の友
灰の風が路地を吹き抜け、瓦礫の間で渦を巻く。
ケンは狭い道を進んでいた。風と自分の足音しかない──そのはずだった。
カラン……と石の転がる音。ケンは反射的に立ち止まる。
背筋を冷たいものが走る。生き物の気配を感じたのは、あの鳥以来だ。
「……誰だ。」
応えはない。だが瓦礫の影が微かに揺れ、やがて人影が現れた。
痩せた体、長く伸びた髪。灰に覆われ、顔は影に沈む。
ケンは拳を握り、警戒を強める。
「人間……なのか。」
影はしばらく沈黙したのち、掠れた声で言った。
「……ああ。お前と同じだ。」
その声には、確かな人の温度があった。
だがケンの心は揺れる。戻った者などいない。評議会は地上が死んだと言い切ってきた。
ならば目の前の存在は幻か。
「名前は……?」
「リオ。」
影は一歩前へ。痩せた顔はやつれていたが、瞳は澄んでいた。
恐怖でも諦めでもない、静かな意志が宿っている。
「どうやって……生きてきた。」
「生きるというより、残されていただけだ。」
リオは乾いた笑みを浮かべる。
「だが、大地はまだ死んじゃいない。少なくとも、俺はこうして立っている。」
孤独に慣れたと思っていた。
だが言葉を交わす相手が現れると、胸の奥に眠っていた渇きが疼く。
リオは遠くを見つめ、静かに言った。
「評議会は恐れている。地上が再び人を抱くと知られれば、支配は終わるからだ。」
断片的だが、十分だった。図書館の映像と重なり、虚構の輪郭が鮮明になる。
ケンは懐の懐中時計を取り出し、砕けたガラス越しに家族の写真を見る。
「……地上は生きている。そういうことか。」
リオはうなずいた。それ以上、言葉はなかった。
夜明け前、リオは立ち上がる。
「お前は俺とは違う道を歩むだろう。だが忘れるな。地上はまだ生きている。」
ケンは見送った。灰に溶ける背中。
「……生きている。」胸に刻み、再び歩き出した。