第二話:図書館の記憶
半ば崩れた石壁、裂けた屋根。
かつて知の殿堂と呼ばれた図書館は、灰に沈んだ巨人の屍のようだった。
重い扉を押し開ける。錆びた蝶番が軋み、粉塵がぱらぱらと落ちた。
内部は暗く湿り、腐った紙と石の冷気が鼻を刺す。
散乱した本は灰にまみれて判読できず、倒れた書架が迷路のように重なっている。
地下への階段。吹き上がる冷たい風。
降りるほど空気は重く、音は遠のく。
奥へ進むと、古びた端末がいくつも並んでいた。ほとんど壊れていたが、ひとつだけかすかに光を宿している。
スイッチを入れる。長い沈黙ののち、画面がちらつき、映像が浮かぶ。
──庭で遊ぶ子供たち。太陽、水しぶき、笑い声。
──無人の交差点。夜の街角。サイレンのような音。駆け抜ける影。途切れる画面。
──家族の食卓。「明日、乗るんだな」と呟く父。笑顔を作るが目の奥を濡らす母。無邪気に手を振る子供。
──駅のホーム。無言の列。重い足取り。
「安心してください、これは人類の未来です」とアナウンス。
俯いた顔、閉じる扉。小さな泣き声。映像は唐突に途切れた。
暗い画面の前でケンは立ち尽くす。
断片は結論を語らない。だが確かに、そこには生があった。笑いがあり、涙があった。
机の引き出しに銀の懐中時計を見つける。
細やかな彫刻。蓋を開くと止まった針と、色褪せた家族の写真。
無名の、しかし確かに生きていた人々の証。
ケンは時計を懐にしまい、静かに言った。
「……俺は、この目で確かめる。」