序話:追放
列車の車輪は重々しい響きを残し、やがて止まった。
金属が軋む音と共に扉がゆっくりと開く。
冷たい風が吹き込み、灰混じりの空気が車内へと流れ込んだ。
中は静かだった。
誰も声をかけない。
ただ兵士の視線が、無言のままケンの背を押している。
その視線に抗う気はなかった。ケンは一歩、外へ足を踏み出す。
足元の大地は乾ききり、踏むたびに灰が細かい粉となって舞い上がる。
列車の影が後方へ伸び、鎖のように彼を繋ぎ止めようとしているかのようだった。
だが振り返れば、その鎖は容赦なく切り離される。扉は閉じ、鉄の巨体は唸りをあげて動き出した。
ケンはしばらく立ち尽くし、その姿を見送った。
黒い煙は灰雲に溶け、やがて何も見えなくなる。音も遠ざかり、残されたのは灰の風と沈黙だけ。
「……三十日か。」
低く呟いた声は風にかき消された。
与えられた猶予。だがそれが本当に猶予なのか、誰も知らない。
三十日を生き延びて戻ってきた者の話を、ケンは一度も聞いたことがなかった。
灰の大地、止まった時間。ここは「死んだ世界」だと評議会は言った。
ならば、なぜ呼吸ができる? なぜ風が吹き、灰が揺れる?
ケンは足を前へ運んだ。孤独が待つことは分かっていた。
だが恐怖はなかった。彼の瞳の奥には、静かな炎が確かに燃えていた。