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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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夕暮れのコンビニに漂う苺の匂い

コンビニの自動ドアが開いた瞬間、甘い匂いが流れ出てきた。苺フェアのポップ、ピンク色の包装、限定という文字。春は花ではなく、まず商品としてやってくる季節だ。


棚に並んだ苺スイーツは、どれも過剰に赤い。自然の苺よりも、苺らしさを強調した赤。人間が「春だ」と認識するために必要な彩度にまで増幅された人工の季節感。苺は果物というより、春のUIアイコンだ。


子どもの頃、苺は特別な果物だった。冬の終わりから春にかけてだけ食べられる贅沢品で、砂糖と牛乳をかける行為は小さな儀式だった。今は一年中売っているのに、なぜか春の象徴であることだけは変わらない。流通は季節を裏切っても、記号は季節に忠実だ。


レジ前で苺ミルクを手に取る。透明なボトルの中に、ピンク色の層が沈殿している。振れば均一になるが、振らなければ分離したまま。季節感も同じだ。混ぜれば「春」になるが、放置すれば、現実と演出に分離する。


店内の蛍光灯の下で、苺の写真が光る。屋外の夕焼けよりも強い赤。自然光よりも人工光のほうが季節を主張する時代。人は桜より先に、パッケージの花を見る。


外に出ると、空はすでに薄紫に変わっている。街路樹の蕾はまだ固いのに、口の中だけが春になる。季節は、空よりも先に消費される。


苺ミルクを一口飲む。甘さが喉を通り、体温に溶ける。苺の香料は、春という概念を液体にしたものだ。花粉や風よりも、確実に「春」を感じさせる化学的合図。


夕暮れのコンビニに漂う苺の匂いとは、季節が自然よりも先に商品化される瞬間の香り。私は今日、その人工の春を飲み込みながら、本物の春が追いついてくるのを、少しだけ遅延再生で待っていた。

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