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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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薄桃色のつぼみに触れる夕方

帰り道、街路樹の下で立ち止まった。桜の枝先に、小さな蕾が並んでいる。ニュースの地図ではただの点だったものが、ここでは具体的な粒として存在している。指先で触れるにはまだ硬く、けれど冬の無機質な硬さとは違う、内部に水分を抱えた硬さ。


蕾は閉じているのに、色だけはすでに春を漏らしている。薄桃色の皮膚が、外界に向けて「準備中」と小さく表示されているようだ。人間も、何かを始める前に、まず色だけ変わるのかもしれない。決意よりも先に、表情や声色や姿勢が微妙に変わる。


子どもの頃、桜の蕾をむしって叱られた記憶がある。花になる前のものを摘むのは残酷だと。あのときはなぜ叱られたのか理解できなかった。ただ、小さくて硬い粒を潰すのが面白かっただけだった。今ならわかる。蕾は未来そのものだからだ。潰すという行為は、まだ来ていない時間を壊す行為でもある。


夕方の光が蕾に当たり、影が枝に落ちる。蕾の影は花の影よりも小さく、まだ輪郭も曖昧だ。未来の影は、いつも現在よりも不鮮明だ。それでも確かに存在し、枝に刻まれている。


通り過ぎる人は、まだ桜を見上げない。花見の群衆はまだ発生していない。今の桜は、誰にも見られない準備期間の顔をしている。準備期間は、成果よりも長く、しかし記録されにくい。人生の大部分は、実は蕾の時間なのだと思う。


風が吹くと、枝が揺れ、蕾同士が触れ合う。硬い粒がぶつかる音はほとんど聞こえないが、確かに存在している。未来同士が接触する音。人は気づかないが、時間はすでに動いている。


薄桃色のつぼみとは、季節のドラフト版。私は今日、そのまだ公開されていない春の草稿に指先で触れながら、自分の中に溜め込んだ未公開の計画や感情が、どれほどの蕾をつけているのかを、静かに数えていた。

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