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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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封印の部屋



そのアパートは、見た目こそ古びてはいたが、家賃が破格に安いことで有名だった。

大学に通うために上京した「涼」は、当然のようにその物件に飛びついた。


部屋番号は「202」。

ただひとつ気になるのは、入居の際に大家が妙に念を押してきたことだった。


「絶対に隣の『203号室』のドアには、触らないでください。いいですね?」


涼は聞き返した。

「……え? 203って、空き部屋じゃないんですか?」


大家は笑わなかった。ただ「うん」とだけ言って、目を逸らした。


数日が過ぎた。


深夜2時、決まって聞こえてくる「コン、コン、コン」というノック音。

最初は上の階かと思ったが、耳を澄ませると、それは壁一枚隔てた隣から聞こえている。


「……いや、空き部屋のはずだろ」


確かめようとしたが、例の言葉が頭をよぎる。「ドアには、触るな」


ある夜。

涼はとうとう我慢できず、意を決して203号室の前に立った。


ドアの郵便受けから、何かが覗いていた。

黒く、乾いた指のようなものが、ゆっくりと上下に動いている。


思わず後ずさった涼に、ドアの向こうから、女の声が聞こえた。


「……ねえ……開けて……もう、出てもいいでしょ……」


涼は逃げるようにアパートを出た。

朝になって戻ると、203号室のドアはなぜか消えていた。


壁には、こう書かれたメモが貼られていた。


「封印を破った者は、“代わり”となる。」


涼の部屋番号の札は、いつの間にか「203」に変わっていた。


……さて、あなたの隣の部屋の番号、覚えていますか?



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