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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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勉強ばかりして、書けなくなった

書けない。机の上にはノートと参考書、付箋に蛍光ペン、手帳には綿密なスケジュール。でも、書けない。頭の中には構成の理論、プロットの型、読者心理の導線図まで詰まっているのに。なのに、どうして文章にできないの?


たぶん、私は「勉強しすぎた」のだと思う。たくさん読んで、講座にも通って、一流の書き方を身につけた気になって。でもそれって、いざ自分の手で書こうとしたとき、恐ろしいくらいの違和感になる。「え、これ、素人じゃん?」って、自分で自分の文章にひいてしまう。勉強してきた分だけ、自分の未熟さが許せなくなっている。


「あんなに勉強したのに、こんなに下手なわけがない」なんて、冷静に考えれば意味不明な自信。でも、それを疑うことができなくて、書く手が止まる。だって、もし本当に下手だったら、今まで私が注いだ時間は、努力は、何だったの?


この感覚、頭の良い人に多い気がする。分析できる分だけ、自分の至らなさに早く気づいてしまう。でも、分析と実践は違う。頭の中に完成した世界があるほど、最初の一文があまりにも稚拙で、それを許せない。


予定が全部こなせないのも、同じような罠だと思う。タスク管理が下手なんじゃない。現実の時間より、予定が多すぎるだけ。でも、「これくらいならできるはず」と信じて疑わない。未来の私なら、今日の私より賢くて、体力もあって、無駄も出さずに動ける。そんな、理想の自分にスケジュールを組んでしまう。


そして、できなかった自分にガッカリする。また何も達成できなかったって、自己嫌悪のスパイラル。


知識も計画も、私を助けるはずだったのに、今は私を縛っている気がする。書くために勉強したのに、勉強のせいで書けなくなってるなんて、本末転倒だ。


たぶん今、私が必要なのは、下手でもいいから書いてみる勇気だ。そして、理想の自分じゃなく、今の私の時間と体力でできる範囲を、ちゃんと見つめること。


それが、書けなくなった私が、もう一度書き始めるための、小さな第一歩なのだと思う。

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