性格クソ悪な親友が婚約者にも手を出し始めたのでキレて縁を切ったら、彼女の悪行がバレ始めてどうやら地獄を見ているようです。婚約破棄?ご愁傷様です。
「ねぇ、エイラ。この間フィーナさんが貴方のことを、地味で一緒にお話ししてても退屈だっておっしゃっていたわよ」
――なるほど。恐らく、フィーナさんは私のことを堅実で話すことがなくても、一緒にいられるタイプだと思ってくれている……ということですわね。
「ねぇ、エイラ。ソフィーさんが先週の夜会でのドレスがあまりに古めかしくて、今時こんなの何処に売っているのかと気にしていらっしゃったわよ」
――なるほど。恐らく、ソフィーさんは私がクラッシックなドレスを着ていたので、受け継いだ品なのかどうかを知りたかったのですわね。
「ねぇ、エイラ。最近、あなたが厚化粧だとマーガレットさんがおっしゃっていたわよ」
――なるほど。恐らく、マーガレットさんは私が新しいリップに変えたことに気付いてくださったのでしょう。
「みんな、ひどいわよねぇ。私は全然そんなふうに思わないけれどね」
言葉の最後にアダが必ず付け加える言葉。
「へぇ、そうなんだ〜」
――いつも通りアダの言葉を流すが、非常に疲れる。
アダとは物心ついた頃からの幼馴染で、いつも仲良く遊んでいたのだが、ある時からこのような物言いをするようになった。
誰かさんが私のことをこう言っていた、誰かくんが私のことをああ言っていた……しかも、これらの言葉は彼女の中で驚くほど歪曲していた。
ある時、アダから聞かされて申し訳なく思った相手に謝罪をすると、相手の方が酷く驚かれて「そんなふうに言った覚えは無い」とその時に、アダに伝えた本来の言葉を教えて貰った。
すると、他の方々も彼女から聞いた言葉と全く違うことを言っていたと聞かされたのだ。
それ以来、本来言ってくれていたであろう言葉を自分なりに訂正するようになった。
きっと、アダには皆さんの言葉が〝そういうふう〟に聞こえてしまっているのだと思っている。
悪気なく彼女なりの誠意で伝えてくれているのだと信じていた。
――今日、この日までは。
今日は婚約者であるハインツ様と、お食事の予定があった。最近、街に出来たばかりの人気のお店で、とても楽しみにしていたのだが、私用で少し遅れるかもしれないと彼に伝えに行こうとしていた時、アダに声を掛けられる。
「エイラ。急いでるみたいだけれど、どうしたの?」
「アダ。ええ、実はね……」
事情を話すとアダがにこりと笑う。
「それなら私が伝えておいてあげるわ」
「いいの?」
「もちろんよ。ハインツ様だったら、お隣のクラスですしね」
「ありがとう!」
アダの手を取って感謝を伝える。
――放課後。
私用を済ませてから、急いでお店まで行くと、中に入る前に身だしなみを整えてから扉を開ける。
「お待たせしました、ハインツさ――、」
そこにはハインツ様と、何故かアダがいた。
おめかししたアダが、私が座るはずだった席に座ってハインツ様と楽しそうに談笑している。
「あ、エイラ。こっちよ」
私に気付いたアダに声を掛けられ、肩が揺れる。
アダはそのまま席に座り、私は急遽用意してもらったサイド席に座る。
「なぜここに、アダが?」
「あなたが遅れることをお伝えした時に、お店のことを聞いたの。それで私も行ってみたいって言ったら、私の分もお席を用意してくれたのよ。ねぇ、ハインツ様」
「ああ。君の友人だからな、少し無理を言って席を用意してもらった」
「嬉しい、ありがとうございます。ほら、エイラもお礼を言って?」
「え? あ、ありがとうございます?」
なぜ私がお礼を? 友達だから? いえ、でもおかしくない?
「エイラは、お優しい婚約者がいて羨ましいわ」
「アダにも素敵な婚約者の方がいらっしゃるじゃない」
「そうかしら? 私はハインツ様の方が素敵だと思うわ」
アダの婚約者のベルトルト様は、とても美しい容姿をしているが、何というか……近寄り難い方だ。アダとあまり上手くいっていないことは、何となく感じてはいた。
「そういえば、そのワンピース」
「え?」
今着ているワンピースは、以前ハインツ様にプレゼントしてもらったものだ。落ち着いた色合いで、ふわりとしたシルエットがとても気に入っている。
「地味な色で、こんなのが私に似合うのかしらって言っていた物よね?」
「……は?」
「シルエットも、もっとスッキリした物の方が自分には似合うと言っていたじゃない」
……何を言っているの、この子? 私はそんなこと一言も言った覚えはない。
ハインツ様の方へと振り返ると、不機嫌そうに目を逸らされてしまった。
「――っ、そんなことを言った覚えはありませんわ!!」
思わず大きな声を出してしまう。
「きゃっ、なに、急に大声を出して……恐いですわ、ハインツ様……」
そう言って、ハインツ様の側に行き身を寄せるアダ。
「落ち着け、エイラ。アダが恐がっているじゃないか」
「で、ですが……」
「それと、そのワンピース気に入ってくれていると思っていたのだが……残念だ」
――くらりと目眩がする。
なぜ、こんな状況になっているの? 綺麗に身なりを整えて、いただいたお気に入りのワンピースを着て……ハインツ様と二人でお食事をするはずだったのに……。
ふと、アダの方を見ると目が合う。
その瞬間、アダがニヤリと口元を歪めた。
――あ、わざとだ。
今までのこと全部、何もかもわざとだったんだ。
ずっとアダには悪気がないと思っていた。
悪気なくやっていることなんだと思い込んでいた。
だって私たちは、幼馴染でずっと一緒に過ごしてきた親友なんだもの。
けれど、そう思っていたのは私だけだったようだ。
――彼女の行いには、悪意があったのだ。
私は気分が優れないからと、食事を辞退して屋敷に帰ることにした。
これまでのことを振り返る。
あの人が、この人が、その人が、エイラのこと良くないふうに言ってたよ。私はそうは思わないけどね。
わざわざ言わなくてもいい言葉だ。アダが言わなければ知ることすらなかった言葉。
伝えられた言葉も歪曲していて、何度も相手との間に誤解が生まれた。
それで、一度大問題になったことがあった。皆がアダを責め立てたが、私は彼女のクセでわざとではなのだと庇い立てた。一番の被害者である私が庇ったことで、何とかその場は収められたのだが、一部の子たちとの仲に亀裂が入ってしまった。
それでも、友達の……アダのためなのだから仕方ないと思っていたのに……。
「バカみたいですわね、私」
でもそれももう、お終いだ。私は今日限り彼女に見切りを付ける。
ワンピースの裾を握りしめながら、そう誓った。
◇
「おはよう、エイラ。体調の方はもういいの? そうそう、昨日あのあとハインツ様と盛り上がっちゃって、今度一緒に観劇に行くことになったの……あ、ごめんなさいね婚約者であるあなたのことを差し置いて二人きりでなんて。でも誤解しないで、私は友人として行くだけだから。でも今度、私にもお洋服をプレゼントさせて欲しいって言われちゃったわ。どういう意味なのかしら? エイラには、分か……」
私はペラペラと一人喋り続けるアダを無視して、自分の教室へと向かう。
「え、エイラ?」
私の後を追いかけてくるアダ。
「どうしたの? やっぱりまだ調子が悪い?」
私はアダの方へと振り返ると、ため息を吐く。
「私に話し掛けないで」
「……え?」
「もう貴方とは口も聞きたくないし、顔も見たくない。昨日のアレは何? ハインツ様にいただいたワンピースのこと、私はあんなふうに言った覚えはないわ」
「そ、それは……」
「今までのことも、そう。私は貴方に悪意がないのだと思っていた……いえ、信じたかった。けれど、違ったわ。全て悪意があって誰かの言葉を歪曲させて伝えて来ていたのね」
「違うわ!」
「どこが? なにがどう違うの? 貴方、昨日ハインツ様の後ろに隠れた時に、自分がどんな顔をしていたのか知っている? 見せてあげたかったわ、あの醜い顔を」
「ひどい……なぜ、そんなことを言うの?」
「酷いのはどちらかしら? これまでのことを振り返ってみなさいよ」
「……ひどい、ひどいわ……私はあなたのためを思って……ぐす……っ」
「私のため? 自分のためでしょう? 履き違えないでちょうだい」
「……ぐすっ、ひっく……」
私たちが言い争っていると周囲が慌ただしくなる。
「どうしたんだ?」
「アダさん、泣いているぞ」
「ひどい……ひどいわ、エイラ……私たち親友ではないの?」
「昨日まではそうだったかもしれないわね。でも、今日からは違うわ。二度と私に話し掛けないでちょうだい」
「――っ、うわぁぁぁん! ひどいわぁ!」
アダが蹲り大声で泣き叫ぶ。
「エイラさん、今のは幾らなんでも……」
「さすがに可哀想だろ」
「謝りなよ」
「アダさん、大丈夫?」
「皆様は何の事情も存じませんわよね? これは私とアダの問題です。口を挟まないください」
「何だよ、その言い方!」
「いい加減にしろよ、アダさんに謝れ!」
「お前のせいで、こんなに泣いてるんだぞ!」
「ちゃんと詫びろよ! 最低だぞ!」
昔からこうだ。何か気に入らないことがあると泣いて可哀想ぶって悲劇のヒロインを気取る。
そして周囲を味方に付けて私を悪者にするのだ。女性相手だと通じないが、男性相手だとこのように上手くいく。
どうしたものかと考えていると、凛とした品の良い声が皆の耳に届く。
「なんの騒ぎだ」
――ベルトルト様!?
アダの婚約者であるベルトルト様が現れ、更に周囲がザワつく。
「ベルトルト君、いいところに! エイラさんがアダさんを虐めていたんだ」
「こんなに泣いて可哀想に。よっぽと酷いことを言われたんだろうな」
「君からも、その女に謝るように言ってくれ!」
ベルトルト様は私を見たあと、アダに視線をやりため息を吐く。
「――またやっているのか、君は。こんな場所で泣き喚くなんて、はしたないな」
彼の言葉に一同が黙り込む。
「君は、いつもそうだ。言葉をねじ曲げて何事も自分の都合の良いように運びたがる。誰かを踏み台にして、自分は味方だという顔をしておきながら陰で一人、北叟笑んでいるような嫌な人間だ。――君には、ほとほと愛想が尽きたよ。今夜にでも両親と話して君との婚約破棄の話を進めておこう」
言い終わると、ベルトルト様は私の方を見る。
「君も大変だったな、エイラ嬢」
そう言って去って行ってしまった。
「……なんか……」
「……なあ……」
「……気が削がれたな……」
群がっていた生徒たちも私たちを残して去って行って行ってしまう。
アダの方を見ると泣き止んで呆然としていた。
「……なんで? 婚約破棄? 私、が? なんで? なんで? なんで!? ねえ、なんでよ!!」
アダが叫ぶ。
私は、ため息を吐いてから口を開く。
「自分のせいなのではなくて? 私にだけではなく、ベルトルト様にも同じ様なことをしていたの? 呆れた……貴方はこれまでの自分の行いのせいで友達も婚約者も失うはめになったのよ」
私はアダを一瞥すると、足早に教室へと向かった。
◇
その後、アダと一切関わることない生活を送っていた、ある日の放課後。
図書室に寄ろうと別棟に向かう途中で言い争っている声が聞こえてきたので、思わずそちらに振り返る。
そこには数人の男子生徒に囲まれたアダがいた。
「どういうつもりだ、アダ!」
「お前、俺だけだと言っていたクセに、他の男とも出掛けていたのか!?」
「はあ? お前、俺の手を握って私には貴方だけだって言ってたよな!?」
「ふざけんなよ! お前に幾ら使ったと思ってんだよ!」
「僕なんか新しいドレスを何枚も買わされたんですよ!」
「俺はバカ高い宝石を何十個も買わされたぞ!」
「騙しやがって、尻軽が!」
「……ち、違うの、みんな。……私、そんなつもりなくて……あっ、エイラ!」
アダが私に気付き声を掛けて来る。
周りの男子生徒たちの視線が一気にこちらに向けられた。
「た、助けて、エイラ! みんな、誤解しているの。あなたなら分かるわよね? 私たち親友ですもの……ね?」
「誰が? 誰と? あなたが、その方たちを騙していたのでしょう? 自業自得じゃない。私には関係ないわ」
アダの顔色が絶望に染まる。
「アダ……お前、エイラさんの婚約者にも手を出したんだってな?」
「恥ずかしげもなく助けてだなんて、よく言えたもんだな」
「親友って……その親友の婚約者に手を出すってヤバすぎるだろ」
「エイラさん可哀想に。見捨てられて当然だろ」
「――っ、ひどいわ……みんな、ひどい……私ばかり責めて……ひっく……ぐす……」
「……この期に及んで泣き落としかよ」
「呆れるわ」
「――ていうかさ、ハインツもバカだろ。婚約者がいるのに他の女に絆されてさ」
「あいつも大概だよな」
「仮にこの女に騙されてたとしても、婚約者の方を信じるだろ普通」
この騒ぎに気付いた他の生徒達も集まってくる。
「何がありましたの?」
「ご覧になって、またアダさんですわ。少し前にも騒ぎを起こしていましたわよね?」
「今度はいろんな男性に、言い寄っていたみたいですわよ」
「……まあ。わたくし、幼等部の頃からご一緒なのですが……あの方、言葉を捻じ曲げる悪癖がありますのよ。男癖も悪かったなんて……」
「言葉を捻じ曲げ……? なんですの、それ?」
「言った言葉を悪意のある言葉に変換して伝える癖があるらしいんですの。一度大問題になりましたのよ」
「まあ、恐ろしい……関わりたくないですわ」
「ち、違……っ! 私はっ! エイラ、違うって言ってよ! お願いだから! ねぇ、エイラ! 助けてってばぁぁ!!」
私は、その言葉を無視して図書室へと足を進めた。
「待ってよ、エイラ! エイラぁぁ!!」
「もうやめろよ、みっともない」
「ていうか、お前に騙し取られた金はちゃんと返してもらうからな!」
「お前の悪行も学園中に広めてやるから、覚悟しとけよ!」
泣き叫ぶアダの声が廊下中に強烈に響き渡った。
――それからしばらくして、アダは学園に来なくなった。
何人もの男子生徒に言い寄り金品を要求したことが問題となり退学となったようだ。
想像以上の額だったらしく、家の方も返金のための資金繰りが大変らしい。
それと、ベルトルト様との婚約も正式に破棄されたと聞いた。ご両親と共にベルトルト様に謝罪に行った際に、彼女は相も変わらず他人のせいにしていたらしい。
私は悪くない信じて欲しいと縋ったようだが、一蹴されたようだ。
後から知ったことだが、さすがのベルトルト様も呆れていた。
ハインツ様も以前と違い、アダとのことで随分と評判を落としてしまった。
一度二人で話し合いをした時に、婚約者である私よりもアダのいうことを信じるハインツ様のことを信用できないとお伝えすると、丁寧に謝罪をしてくれて、私はそれを受け入れた。
――けれども、気不味い雰囲気が続いてしまい、互いにこのままでは良くないと婚約を破棄する運びとなりました。
いろんな意味で身軽になった私が、一人で美術館を訪れた際に、ベルトルト様と遭遇しまして……。
あちらもお一人のようでしたので、折角だからと一緒に見て回ることになりました。最初は取っ付きにくい方かと思っていましたが、お話ししてみると思いのほか柔和で話しやすいお方で、その後も一緒にカフェに行ったり観劇に行ったりとお友達として仲良くさせていただいております。
◇
気持ちの良い朝、クラスメイトが声を掛けてくださる。
「おはようございます、エイラさん。昨日のお話なのですが……」
他愛ない会話。けれども、伝わる素直な言葉と感情。
「ふふっエイラさんとのお喋りは、とても楽しいです」
「私もですわ」
「ご機嫌よう、皆さま。あら、エイラさん。素敵なヘアアクセサリーですわね。どちらのお品ですの?」
「皆さん、おはようございます。まあ、エイラさんの今日のリップ、とてもよくお似合いですわ」
皆さんが伝えてくれる悪意のない真っ直ぐな言葉が嬉しくて、私は溢れんばかりの笑みを浮かべるのであった。
◇おわり◇